言い訳したくなる割には食ってしまうのです爆盛バーレルとやらを。かつてペヤングの超超超超超超大盛やきそばとかいう凶暴なやつはスルーしたんですが、今回、カロリー数がわりと低かった(前述ペヤング比)ので、つい。
例によって860gものお湯を注いで湯切りして、それのどこが焼きそばなんだよと思いながらも、具材の少ない麺主体ですすらされるのは凶悪だなあと、味わいよりそっちですよやっぱり。
ここしばらく出かけていなかったファミリーレストランで昼食をとろうとしたら、あいつらが第九弾として干支になっているではありませんか。
第九弾は子、丑、寅、卯、辰、巳まで。しかし干支ですからこの六種類は「前編」だと。これ揃えられなかったら立ち直れないほどがっくりきそう。
とりあえず二度のトライでだぶらずにスタート。残るは寅と巳ですが、例によって確立はぐんと狭まってます。このパターンは意外に無かったことで、幸先が良いかも。
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結果的には2個だぶりましたが捕獲開始から2週間、4度目のトライでコンプリートというのは過去最短最速、損失最小限の戦果です。
ただしシリーズとしてはまだ「前半戦終了」に過ぎません。後半戦でどれだけ沼に落ちていくのか想像したくはありません。
インターネット上のニュースで、009舞台挨拶の記事にて「オレンジのマフラー」という表現がありまして。往時の石(ノ)森章太郎さんはそれほど深く考えずに黄色で塗っていたはずなんですが、今だとオレンジ色に見えるんですね。異論はありません。そもそも「赤いマフラー」(当時の映画版)は、009としてはさほど似合っていないし、一人だけ白い防護服もまた然りですから。意外にも「オレーンジのマフラーなびーかせーてー」か「オレンジのーマフラー」で、あれ歌えるという・・・
例によって長い前置きになりました。先日、サイボーグ009の舞台を観に行ったという和邇お嬢ねーちゃんから、プログラムパンフレットやトートバッグやクリアファイルが送られてきまして、ほーほーどれどれと内容を読みますと、
といっても009ですからだいたいのストーリーは想像できる直撃世代のじじぃです。むしろ「水曜どうでしょう」のクリアファイルがなぜ入っているのかが謎で混乱しかけましたが、舞台会場で入手した009の舞台/原作を表裏に描いたカードが折れ曲がらないようにとのお嬢の配慮だったと、あとから気がつきました。009誕生60年は、舞台劇という新しい素材によっても若い人たちに平和への願いをアピールしています。
夏も近づく八十八夜~が茶摘みの歌であることから、全く意識していませんでしたがこの八十八夜は立春から数えて88日めを示しています。「八十八夜の別れ霜」という言葉があって、霜が降りなくなる時期であると云い、さあ茶摘みだぜとつながっていくのですが、これがことしで言うと5月1日。ところが〇〇から88日めという日取りがもう一つ。5月13日の「メイストームデー」がそれにあたります。〇〇とはバレンタインデーのことです。
「メイストームデー」は、温帯低気圧の急速な発達により大風が吹く気象現象メイストームに端を発したもので、1954年5月9日から10日にかけて北日本近海でこれが起こり、漁船の集団遭難をもたらした災害が由来だそうです。北海道の沖合では風速毎秒15から- 30mという暴風が、春の嵐となって甚大な被害を与えています。
それではこの日は気象災害に備えようという警鐘の意味があるのかと思ったら、バレンタインデーから88日過ぎたので、ぼちぼち別れ話を切り出してもいいんじゃないの? ってなことになっているのだとか。ここに冒頭の「八十八夜の別れ霜」が強引に刷り込まれているわけですが、だれだよそんな不謹慎デー作っちゃったのは。
この話で思い出しましたが12日の昼も寒くはないけれど風が強く、麓ではところによりにわか雨も降ったのが日曜日の空模様でした。さらに未明から翌朝にかけて各地で嵐が吹き荒れたような豪雨だったので、メイストームの方は本当にあるんだなあと実感しました。つくばーど基地に関しては山麓の森の中で風も雨もたいしたことはなく、在宅仕事という巣ごもりでだらだらとしていたのは秘密です。
蛙始鳴。蛙が鳴き始めるとならわすのは日本の故事で、暦の源流の一つである中国では螻蟈(ろうこく)。つまりケラをあてがっています。里では田植えが行われているので、ケラよりはカエルの印象が強いと言えば強いですが、水をひかれた水田ではケラもまた代掻きで掘り起こされた土の中から呼び覚まされて水面に浮かんでいるのを見かけます。日が暮れるとそこかしこに「ジー」という共鳴が聞こえてくるのはケラの声。言われてみればカエルより早いかも。
こうして季節は「立夏」を迎え、今日5月5日から夏への扉が開き始めます。天狗の森ではまだ山桜を楽しめますが、多くのソメイヨシノは新緑に移り変わっています。まーそれにしても暑い陽気でした。
昨年のこと、米作りは仕舞うかもしれないと話していたつくばの三高伝治さんからも「どうにか今年の田植えが済んだよ」と嬉しい連絡。さっそく秋の収穫に確保していただく米の話をしに行ってきました。
と書いておかないとカテゴリーを変えられないのです。可能な限り同一カテゴリーの記事を並べないようにしている弊害です。О阪の記憶とはほぼ関係ない話になっています。なんせО阪の街に行ったのが2007年ですよ。どんだけ疎遠なんだ。その後通過して神戸だとか姫路だとか広島だとか福岡だとか熊本には行っているのに、O阪は素通りしているばかりです。まあまだいい、北海道なんて2003年以来足を運んでいません。
いきなり蛇足な書き出しですが、小松左京さんが「物体О」を執筆したのが1964年。物語では196-年となっていますが舞台は4月28日だったと思います。その日、高さ200キロ、直径1000キロもの「異様な物体」が落ちてきて、関東なんか直撃で壊滅するほどの騒ぎになり、この「物体О」はほぼ日本を囲ってしまうのです。駅弁食いながら新幹線で移動するどころか、あらゆる通信までもが「О」によって遮断されてしまったからです。
O・・・大阪をはじめとする各地の人々は混乱の中にあってインフラの回復を試み、また「О」と名付けた物体の解析に必死になりますがそう簡単にどかせるものじゃない。日本は政治も経済も機能停止に陥り、分かってきたことと言えば「О」の組成は銀でできているらしいということくらい。どうすんだこの事態!といよいよ切羽詰まってきたところで、物体の出現からだいたい10か月後、「О」は忽然と消えてしまうのでした。
後に「首都消失」を書きあげた小松さんは、「物体О」のプロットに時代に応じた科学考証を加え、途絶した国土の外側に視点を変えてダイナミックな小説に仕立てましたが、「物体О」の短編の尺では、あっと驚くショートショート的なオチがスパイスを効かせており、そこに傑作の評価がついてきます。
全く存じませんでしたが松江の方に「日本シジミ研究所」というのがあって、主にシジミなどの調査研究や漁業者向けのコンサルティングを行っているそうなんですが、この研究所が17年前、「し(4)じみ(23)」の語呂合わせをもとに4月23日を「シジミの日」として制定しています。さすがは宍道湖のお膝元です。お膝元と言えば茨城の涸沼も汽水湖でヤマトシジミが名産品。昔は行商の人が定期的に干物やら海産物やらと一緒に売りに来ていました。
シジミの味噌汁は独特の風味で食卓に上がるとちょっと嬉しかったんですが、なんせ貝殻の処分が面倒で、子供は後日これを細かく砕いて庭に撒くという作業を命じられました。それ以前に産地直送は良いけれど下地作りで釘を入れて貝を開かせ砂抜きをするなどの工程が煩わしかったか、近年食卓ではお目にかからなくなりました。最近は行きつけのお店で定食についてくるやつをいただくのが楽しみです。貝柱を貝殻から剥がすのは、僕の方が雫さんよりうまいぜ。
先日のこと、帰省してきた霙が「珈琲ハウスるぽ、閉業しちゃいましたね」と教えてくれて
知らなかった! いつのことだよと聞いたら3月30日で店じまいされたようだと。
昔から通っていたわけではなく、先代らすかるをロストしていて、雫さんのサニーで出かけて行ったのが最初。2005年の夏です。それ以降の常連とまでにはならないペースでの訪問でした。自分で書いたブログの数の倍以上は行っていたけど。
リンク記事にもあるようにドラマやアニメの舞台になって有名でしたが、我が家では「オリエンタルな味と香りのカレーの店」のイメージが強かった(るぽのメニューにはカレーライスはありませんでしたが)。
昭和の雰囲気が色濃く漂う味のある店内と、ワッフルが美味しいところでした。うーん、残念。学園都市のなかやまも昨年閉店してしまったし、飯田の蔵前も何年か前に無くなっていたし、どんどん馴染みの喫茶店が消えていきます。