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  ~懲りない傾向~

七十年めの二十五周年

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米沢市へ行ったはいいけど昼飯をどうしようか思案した末、仕事仲間から「それは絶対に米沢ラーメン!」と言われ、そうか米沢牛じゃないのかなんでだ山形の人の中華そば好き?などと思いながら助言の通りに食いましたよ。食ってしまってから写真撮っていないことに気が付きそっちの話題には展開できず。晩飯をどうしようかと(それしか思案しないのか俺)思い立ったのが持ち帰りできる駅弁です。聞けば新杵屋が米沢駅で駅弁を売りはじめてから、ことしは70年めにあたるとか。

松川屋にしようか新杵屋にしようかも多少迷っていたところだっただけに、そりゃいいタイミングだわと、東京駅でもおなじみの「牛肉どまん中」を買い求めたら、これがまた発売25周年だそうで、路線としては乗ったことないけれど山形新幹線の開業からもうそんなに経つんですねえとお店の人と雑談。ついでに明日の朝飯(またかよ)もってことで「牛三昧弁当栄太郎」も買い求めます。社長の名前を冠するだけに凝っています。

贅沢な買い出しになりましたが、実はこのとき車の中には山形市で買った食材も・・・←いつ食うんだ

栗名月

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別の呼び方をすれば「のちの名月」。いわゆる十五夜に対する十三夜のことで、本年は11月1日の夜から2日の明け方にかけてがその晩です。中秋の名月ほどの知名度はありませんが、そこだけで行う月見は片月見とされ縁起が良くないとか何とか、古代に観月をしたがった人々がうまいこと理屈をつけて十三夜という行事を生み出しました。

 

十五夜観月は大陸から伝わったものですが、十三夜は日本古来の行事だそうですから、大陸の人々よりも我々の祖先の方が月に親しみを覚えていたのかもしれません。

算数的な並びで言えば十五夜より後にわざわざ別の月齢で旧暦の九月十三日を指定し、しかも数の少ない十三で行うというところに異を唱える人もいるかもしれませんが、そこは中秋の名月に一歩譲るという奥ゆかしさもありますし、統計的に十三夜の方が曇りが少ないという話もあるようです。なにより秋が深まった方が供物も豊かになりますし。

栗名月とも呼ばれるように、十三夜の代表的な供物は栗だとか枝豆を備えます。実は僕の地元はここ数年、昔から生産されていながらブランドとしてはアピールしていなかった栗を地域の資源として売り出しているので、十三夜の行事は良い材料になるのです。栗だったら丹波あたりだろうと思っていたら叱られまして、知らないうちに栗の生産では日本一になっておりました。茨城県自体が全国の栗総生産量の25%くらいを担っているようです。

こりゃやっぱり十三夜は栗を備えて月見をしなけりゃいかんわ(その前に十五夜で月見していたのかどうかもあるんだけどね)

 

お菓子をやるからいたずらするな

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チャールズ・M・シュルツ氏による「PEANUTS」の誕生は1950年ですが、この漫画が翻訳版として日本で最初に出版されたのは1967年で、ことしは来日50周年にあたるのでした。かと思えば漫画に対してキャラクター商品としての日本登場は1968年。まるでウルトラセブンと同様の周年展開です。シュルツ氏は1947年に「Li’l Folks」という作品を発表しており、これが「PEANUTS」の前身とも言われていますから、ルーツをたどっても70年めの年回りになるようです。

ん? ハロウィンと何も関係ないじゃん。

関係ないんですけど霙がUSJで見つけてきた土産がいい塩梅にTRICKorTREATな図柄なもんで、便乗に便乗を重ねております。

一方、仕事先から戻ったら肉球柄なまんじゅうが置いてあったんですが、

「ハロウィンなので!」

と言う部下のセンスに、こいつの採用は誤ったか?と一瞬思ったのだわ。

 

どっちもどっちだわ

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わざわざ送って来たよ

「いぇーい!」 ←いまどきここから切り出す人がいるとは思わなかったね

と、僕が遠野へ向かって雨の中を移動している最中に家内からのメール着信があったのだけれど、まあ着信自体に気づいたのは河童店長が店じまいしたことを知った後のことです。

なんだよそのださださな題名は。と開けてみたらこういうことでした。

「仮面ライダービルドに、私のクルマと同じのが出た」

わざわざ画像まで添付してきて見聞せよという。

「これでエスクードだけにいい思いさせないもんねー」

過去にメタルヒーローやスーパー戦隊にエスクードが何度も出てきたことがあるため、密かに悔しかったらしいです。それだけに自分のクルマと同型が・・・ホイールキャップを見るとグレードは異なる気もしますが・・・出たことが相当嬉しかったようで。

しかし、どうせこの年式のこの車でしょ? ぶっ壊しても惜しくないってことで選ばれたんじゃないの? 放送見てないけど、賭けてもいいぜ。

絶対これ、ろくな目に遭ってないだろ(笑)

里山にて

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写真は3年ほど前の曲り家で、今は茅の葺き替えも済み内部修理も済んでいます。東日本大震災では遠野も地震の影響を受けましたが、この建物はびくともしなかった。もちろん屋敷自体は80年代に建てられたものだから古いわけではないものの、それでもざっくり築30年は過ぎています。まだ悟道の里山プロジェクトが始まったばかりの頃、ここを見せられ、真野さんは建築としての堅牢さだけでなく、日本という文化伝統を有形無形問わずに残していきたいのだなと感じました。

お寺の本堂では遠野八幡宮やら出羽三山から多くの宮司が訪れ、それこそ宗教宗派関係ないわという祭礼を開き、里山内では様々なジャンルのバンドが演奏を繰り広げ、遠野って地元のお祭りでにぎわうのは年に4回くらいだったよな? と思うくらいの人出です。言っちゃあなんですが、こんな日に選挙投票日なんかぶつけてきちゃってさ、と、何に意志表示し期日前投票すればよかったのかと首をかしげるほど、ここには共通の民意があります。

でも、真野さんの思いは政治だとか宗教だとかとはかけ離れたところにあって、だからこそ20を越えるというボランティア団体がこぞって協力に出て来られるのだなあと感じさせられます。

来年以降は、当面は農業体験やら健康増進教室などを定期的に開き、宿泊も可能になっていくそうですが、健康増進教室ってなんだそれ?

「ここを修繕している間、近所のお年寄りが野菜や漬物や煮物を持ってきてくれて、これが皆、山葡萄みたいな天然素材で味付けや漬け込みされている。その表れだと思うんですが、皆さん長寿で元気なんですよ」

それもひっくるめて伝統文化をつなぐ。真野さんは日ごろは廃プラスチックのリサイクルを手掛けていますが、リサイクルの六次化というのは、再利用や再生といったプロセスを地域社会に広め、廃棄物も暮らしの一部という連結を唱えているのだと、彼の考え方をとらえています。人や物をつないでいくものの考え方も、そのような経験が培ったのでしょう。真野さん、四十代半ば。オヂサン的な言葉を借りれば、バイタリティにあふれています。ただあの教室の料金は高く、内容を見ると、聞いた話とは異質で馴染めんなあ。

四年越しの思い

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リサイクルの六次産業化を掲げるJACの真野孝仁社長が、個人的な意志で「悟道の里山」という震災復興の情報発信地を作り上げました。岩手県遠野市の山林に点在する曲り家や庫裡や寺院を丸ごと取得し、東日本大震災や広島土砂災害、熊本地震などの復旧復興に奔走したボランティアの人々が持つ知見、ノウハウ、経験談を後世に伝える場所となり、寺院はもとの宗派から切り離して無宗教とすることで、あらゆる災害で亡くなった人々の供養参拝を自由にしてもらうのだそうです。

「私自身も津波で家や社屋を失いました。瓦礫処理にはボランティアでかかわり、沢山のボランティアの人々と知り合い、対話の機会を得たのです。彼らは皆、各地の活動で経験したことを語り継ぎたいと願っているんです。それならばそのような場所を作ろうと」

4年前から準備が始まっていました。里山を取得してから現地の土地の手入れや施設の修繕は、ほとんどが震災で知り合ったボランティアの面々が手伝ったそうです。真野さん自身もこれに加わり宮城と岩手を行き来していましたが、ちょうどそのあと少しして、一度ぶっ倒れて危ういことにもなっていました。

なぜ遠野なのかは、その里山がそこにあったからなのですが、遠野は震災時、沿岸と内陸をリレーする復旧復興の拠点となっていました。三陸沿岸はずっと過去にも大津波の被害を受けており、おそらくその時代にも、復興の橋頭堡になっていたことでしょう。そればかりではなく、遠野盆地は古来、沿岸と内陸の産業と文化をつなぐ場所でした。

「つなぐ、という思いが私の原動力。土地をつなぐこともあろうし、人同士をつなぐこともある。そういった願いを遠野からというより、東北から発信していきたい」

今日と明日、里山ではプレイベントとして開山祭が開かれます。まだいくつかの設備を整える必要があるそうで、一般の人々に公開し活用してもらうのは2018年春とのこと。僕は最初、JACが蔵王で開いているリサイクルパークの第2弾だと勘違いしていましたが、企業活動ではなく個人の思い(リサイクルパークの理念も真野さんの思いではあるけれど)がこれほどのエネルギーを持ち成し遂げてしまうのかと驚くばかりです。

月齢0.3の宵

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あなたはどこか浮世離れした所があり、人生をおおらかに、遊び心いっぱいで楽しもうとする人です。
それだけにがまんをするとか、努力を重ねる、地道にコツコツといったことは苦手なんです。
あなたにはスピード感もあり、自然体でいいんですが、
時にはひとつのことをジックリ根気よくやり抜くことや、
苦手意識の強かった人などとも理解し合えるような経験をしてくださいね。

それとあなたには、あなたの持っている温かい心を人に与えるという使命があります。
決して求めないでくださいね。

 

てなことを新月で月のないときに言われると、かなり萎えるわ。

10月20日生まれの人に。もちろん僕もです。

電流火花が身体を走る

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スイッチオンして電流火花が走ったらかなりまずいんじゃないかと(だから良心回路の起動に失敗しんだ←原作)わけのわからないことを書いていますが、先日、原稿作成中にお茶を持ってきてくれた霙が何かに蹴躓いて、湯飲み茶碗のお茶全部をこのパソコンに直撃させてしまいまして。

仙台で使っているノートも、東日本大震災時の余震の際にモノが倒れた連鎖でお茶をこぼし、キーボードがお釈迦になりました。

あっちのは外付けキーボードでしのいでおり持ち運びには耐えられなくなっています。同じことが基地でも起きようとは(焦)

こういうときにノートパソコンは(素人にとっては)運を天に任せるしかない気分で水気の抜き取りをやらざるを得ませんが、幸運にもキーボードは今回、故障に至りませんでした。その代わりにUSBのソケットが一か所応答しないというインフォメーション。外付けの機器はすべて正常に機能しているので、ひょっとしたらとSDカードのスロットにメディアを入れたら・・・うんともすんとも言いません。

うへー・・・ てことは撮影した写真をその場で読み込めない。

さすがに不可抗力ですから項垂れるしかないなあと電源を落として、その日は霙の同型機を借りて作業を続行しておりました。彼女のノートにはキーボードカバーが使われているという笑えない皮肉←笑ったけどさ。

翌週末、帰宅すると、新品のカードリーダーが置いてあり、これで勘弁してくれとの無言のメッセージ。事務所から持ち帰ってきた私物のカードリーダーはこの際無かったことにするかと数日ぶりにスイッチオンしたわけです。

 

SDカードのスロットがこの一週間の放置期間に機能回復していたことは、とりあえずまだ彼女には告げておりません。

魔法使いの弟子

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戦闘機のアフターバーナーとエキゾーストノズルを設計した技術者は、きっと魔法使いになりたかったに違いない。

ほんとかかどうかは、僕は知りませんですよ。

絶賛放送600回

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TOKYO FMなどJFN37局ネットで毎週日曜日の夕方に放送している『NISSAN あ、安部礼司~BEYOND THE AVERAGE~』 が、積もり積もって本日の放送で600回目を迎えるとか。2006年に始まりシーズン12の長寿。日曜夕方という時間帯は意外と外出していないことが多く、それこそ昔はケータイやパソコンで受信できる環境でもなく、車の中で聴くか、携帯ラジオを用意しないと聴き逃していましたが、出かけたときは信州でも東北でも移動中の愉しみで馴染んでいました。

いわゆるコメディドラマでありその時節のツボにはまる楽曲を流し、世相から切り取った物語や情報発信をしながら、提供が日産なので車の宣伝もするという番組の主役は、70年代生まれのサラリーマンと、その取り巻き。黎明期は受けだけを狙ったうさんくさい登場人物も出たり消えたりしていましたが、安部礼司くんが仕事と恋愛を通して紆余曲折しながらお嫁さんをもらい父親になり二人目の子供が生まれ後輩が結婚したりしているうちに、600回。

だいたい今頃の季節になると、来年は続くんだろうか? もう〇年になっちゃったしそろそろ最終回か? などと毎年不安材料として脳内浮上してくる懸念を打ち負かして続いている人気番組なので、きっと安部くんが定年を迎えるまでやり抜いてくれるのかもしれないと期待してますが、彼よりこっちの方が先に定年になるんだわという別の哀愁も、そのうち感じさせてくれるのでしょう。