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  ~懲りない傾向~

還暦どころか生誕125年

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「我が名はテオマチャ」掲載日と重なるので前倒しです。監修者としてウルトラマンの生みの親と言われる特技監督・円谷英二さんの誕生日(明日)は、戸籍の上では1901年7月10だそうですが、現在位に至る逸話や身内の方々、円谷プロダクション(往時)の見解によって1901年7月7日が定説となっています。ウルトラシリーズ60周年のバックボーンは、英二さん個人に絞れば125年の歴史の上に成り立っていて、初代ウルトラマンは2万年生きているようですけど番組年次では8歳も若い。

さらに生誕に遡ればウルトラの還暦どころか途方もない。偶然の巡り合わせで、英二さんが生まれたこの日、遠くイタリアの地で、後に映画監督となるヴィットリオ・デ・シーカ氏も誕生を迎えていました。ウルトラマンが放送された1966年には金塊強奪とその密輸の顛末を描いたコメディ映画「紳士泥棒 大ゴールデン作戦」(センスのない邦題だねえ。原題は主人公の名を取ったAfter the Fox)を送り出していますが、まあ「誰?それ」になってしまうので、有名なところで「ひまわり」を撮ることになる人物です。この「ひまわり」は、英二さんが亡くなった1970年の封切り。

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