昼休みに用事があって自宅へ。 丁度外回りから新月サンが戻ってきたので そのまま新月サンの営業車で帰ったら・・・ 玄関開けると同時に階段駆け上がる白い影。 寝室の押し入れに隠れたのはゆきでした。 でん・いちは全く動じず。はなはちょっとだけ 身構えるけど、逃げはせず。 あのさ。週に2~3回は聞く車の音なんだから そろそろ記憶して頂けませんかね?
いい加減覚えて下さい。
言っときますが僕はクルマを愛してなどいませんからね
先日SSC出版を訪ねた際の模様を二階堂さんが紹介してくれていますが、常々思う「〇〇愛・・・っていったい何なんだろう?」という、表現への疑問。そういう言い方が適当なのでしょうけれど、仮に僕がエスクードを熱愛していたら、こんな非道なこき使い方なんかするわけがないのです。ウェルナー・ロックスミス博士の言葉を、誤解を恐れずに使わせてもらうなら「軽々しく愛を口にするんじゃねえ」です。言葉足らずながら最も正確に伝えれば、意地で走った20年というところです。
それにはいろいろな過去の経験があって、言ってみれば怒りと衝動が原動力のようなものでした。そんなスタンスで車を愛でる奴なんかいるわけがないのです。
そういえば、例のAI検索回答に「1990年式のエスクード・ノマドが2022年に100万キロを走ったことで大きな話題になった。オーナーは和歌山県在住」という、いやそれはまいったほんとですか?という表記が出ました。つまり僕は井の中の蛙じゃん。でも、もはやどうだっていいやの話ではあります。スズキエスクードってけっこうすごいでしょ? とアピールできるならね。
尚、二階堂さん一つ間違えてます。オイル交換頻度は僕の場合5000キロごとです。
我が名はテオマチャ 014
総てのチャンネルではありませんがYouTubeのクロスビーインプレを眺めてきて、なんだろうね誰も彼もモータージャーナリスト風吹かしまくって鼻につくのばかり・・・ という中で、香川県の自動車販売会社クロカワモータースの社長の娘さんがやっているやつは、スズキから配信されている営業資料をギリギリのところでマル読みにならないよう、だけどご自身の意見は押し付けることもなく、時々素人なリアクションも楽しませてくれる。なかなか好感度ありです。
なんだかんだで一週間後。
昨夜遅くから今夜にかけて、スノームーンと呼ばれる二月の満月が出てきます。最近は東京への往路が99%高速道路なので月夜の一般道を長時間走ることがないのですが、どこかの街をこんな夜に走ることがあれば、ひょっとすると出会うかもしれないのが「満月珈琲店」。比較的高年齢向けの絵本というか、物語の添えられたイラスト集で、この店に出会うには自分の心が疲れ、寂しがっていないといけないらしい。
能天気に移動しているような僕では、このキッチンカーには巡り合えない設定ですが、そんな僕でもその昔は鬱気味の仕事行きたくないけど行かなくちゃならない時代を過ごしていて、潮来で東関道を降りて一般道をとぼとぼと帰宅する毎日でした。その頃一度だけ、沿道に一台、ピザを焼いているキッチンカーと遭遇したことがあります。店主は人間でした。当時キッチンカーって僕には珍しかったので立ち寄ってピザを買い求めました。あれも満月の夜だけの店だったのかなあ。
昨日の出来事は明日の糧
BLUEらすかるの残り距離が100キロになろうとする31日午後、こちらに手を振ってくれる人が沿道にいらして、なになにどなたっ? と思ったら、ニコニコしながらそこに立っていたのはAМGさんでした。写真は無いです。
そんな折、外房では1台のジムニーシエラが沿岸を駆け抜けておりました。青影さんです。
夜明け前に最初のポイントに到着させ、そこからSSレイド、SSSレイドの課題を攻略しながら、彼の地に仕掛けたCレイドまで探訪してくださいました。どんなに大変かというと、今回は12か所くらいを探し出して一個ずつ現地に赴き証明写真を撮り、その場所についてのリポートもメモしてくださるわけです。
この寒い中、ありがとうございます!
しかも今回、スタート場所がそこになるのは必然とはいえ、そこって2020年にBLUEらすかるが地球と月の往復を果たした日に振り出しとしたところにニアピン賞でもあるのです。あの海岸から走り始めたとき、まだ「行ける」という確信なんかありませんでした。でも今、あと100キロです。そして満月も巡ってきます。
立ち上がれN32A!っていきなり何を言ってるんだの始まりですが、BLUEらすかるの退役間近というこのタイミングで、福島のパジェケンさんから
「ТDB4Wを買いました。まだ手元に来ていなくて、これから車検再取得と整備です」
という連絡が入ったのであります。
うわわー、それはすごい! 彼はもともとТD54Wに乗っていましたが何年か前にエンジンブローして修理ができず、このままリタイアかと思われていたのです。その54Wは20年ほど前に乗り出されたもので、彼こそが「このエスクードなら100万キロ走れるでしょうか」と挑み始め、どこかの誰かを引っ張りやがった張本人なのです。
僕は20年前、あなたの年齢ならばそれはできる。いかにしてクルマのコンディションを維持していくか次第だと、助言しました。そのときの僕の年齢に、いま、パジェケンさんが届いてしまいました。でも僕はその年齢から今日まで、BLUEらすかるの走行距離を伸ばしてこられましたから、彼にもまだチャンスはあるのです。
もう一度やりなさいよ、と僕は言いませんが、彼は彼で「やっぱり三代目エスクードでないとだめなんですよねえ」とおっしゃる。それぞれのエスクード観があるなかで、不可能を可能にするなんて大言壮語ではなくて、有言実行するところには頭が下がります。





