じーっくり熱をいれたのでトロトロの米ナス。 実家の母が送ってくれたレンコンもあったので そちらは鶏肉と照り煮に。 久しぶりに〝料理〟してる気がする(爆)
ゲルマンの民は冬至の頃の祭典に永遠の命の象徴として、常緑針葉樹である樫の木を用いて崇拝していたそうですが、これを異教徒扱いしたキリスト教の神父の一人が「けしからんのよ」とかなんとか言いながら切り倒しちゃう。するとその根元から新たに樅木が生えてきたもんだから、これは奇跡でなくてなんとしよう!などと言いくるめてしまう。ジャックと豆の木じゃあるまいし、かなり胡散臭い話ですが、北欧の古宗教とキリスト教の混交はそんな感じで進んだのだと思われます。
クリスマスツリーの頭頂部に飾られる☆のオーナメントは、ベツレヘムで見られた超新星爆発をキリストの誕生に喩えてそうしたものですが、元々は「ユール」の祭りとしてオーディンが祀られていたことになる。ついでに言うとハロウィンの収穫祭の頃にも死者がぞろぞろと闊歩したように、冬至の時期にも悪霊やらなんやらが出てくる。生きとし生けるものとそうでないものみんなこぞりて大騒ぎをしてしまうはずのところに、混ざった側の力がゆるやかに、ただ一点を指し示していくように変化を促したのではないかと感じます。
そんな故事とは裏腹に、過去を振り返ると我が家では、祖父や親父が今くらいの時期になると裏山の何処からか樅木を切り出してきて、2mくらいのツリーを毎年立てて飾りつけをやらされたんです。そんなに都合よく裏山に樅木が群生していたとは、今だったら考えもしないので、僕の代でこれはやめてしまっています。しかし視点を変えると、常緑針葉樹だったらそれでOKという、祖父たちはクリスマス用ツリーの本質を知らず知らずに理解していたんだなあと膝を打ってしまいます。
「すずめの戸締り」を観てきた霰が配信ものの「天気の子」を茶の間で流しながら
「うーん、そうか。前作のグレーゾーンぎりぎりにはみ出たところを『すずめ~』は上手に回避しているなあ」
とか言うわけです。世界観は好みながら、ある一つの設定が僕は嫌いで、「天気の子」は低評価なのです。
そんな話をしたことがあったからの感想なのだろうと思い、どんなんだか知らないわけにもいかぬと、いわゆる新海誠作品を初めてスクリーンで観てしまいましたよ。意外ととられましょうが僕は「君の名は。」すら劇場では観ていないのです。
エンターテインメント性を高めてからの3作目として見ると、数を重ねるごとに物語がわかりやすくなっていると感じましたが、それ以前の5作と「君の名は。」が比較されたときのように、マニアックな部分が薄れているのも仕方がないかと思い、それとは引き換えに毎回扱われるカタストロフなところはずっと現実に寄せてきた。
内容として触れないことが観ていない人へのルールなのですが、僕は東北の8年間で、幼少期のヒロインのような小さな子たちを何人も見てきたので、「心が欠けていても生きていくことはできる」という新海監督のメッセージは功罪両方に突き刺さります。物語の細かいところを突っ込んでも無粋なだけなので、「そんな境遇でも生きていかなくてはならない。のではないの?」とだけ言いたいけれど、前作における主人公の扱いよりはずっと良かった。
夜更けに霰の部屋からドアをどんどんと叩く音で目が覚め、何事ぞと部屋の前に行ったら
点検すると繋がっているはずのラッチボトルの何処かが折れて、ラッチボルトがストライク側に引っかかったままドアの開閉ができなくなっているらしい。
時刻が時刻なのでドアの方は如何ともしがたく、霰を窓から脱出させて茶の間で夜明かしののち出勤してもらい、それにしたってこんな早朝では某商会に助けも求められんと僕も出勤。早めの帰宅にしてカナのこのピラニアⅡを購入です。
帰宅したらあわや、「ブリッジを壊していい!」(哀 戦士編)もしくは「ホワイトベースを壊してもだ!」(TV版)状態でドアをけ破ろうとしている家内(恐るべし辰年のB型)を押しとどめ、頭に来ているならこれを使えとピラニアⅡを手渡して20分。ラッチボルトの切断に成功しました。
やれやれ、破損状態を最小限で切り抜けましたが、なにしろもうすぐ築50年だからなあ。むしろその築年数を遡った建築技術の稚拙さに救われたかもしれません。今どきのドアだったら(こんな壊れ方しないだろうけどさ)カナのこすら挿し込めなかったかもしれない。
荒井さんでも松任谷さんでもどっちでもいいんですけど、ユーミンが歌業半世紀だとかで、もうほとんど毎日移動中のFM放送から彼女の楽曲が流れない日が無い。
といって50周年アルバムを買うほどかと言えば興味は薄いなあと、流行に乗り遅れてます。しかも引き合いに出しているのはセカンドアルバムだし(12月の雨が収録されているからです)
それでもすごいなあと感じるのは、家族の誰かの車に乗せてもらって、配信だったりCDだったり様々な楽曲を聴いているなかで、かのラジオ放送企画とは関係なく、なにかしらユーミンが入ってくるという事実。だって彼女がデビューした頃、僕は小学生ですよ。
ところが最近、彼女の実年齢をあらためて計算して愕然(失礼なやろーだなあ)。この歳になってみると、大した年齢差ではなかったという現実。僕と風花さんくらいしか離れていねーんだこれが。