そうです。12月30日夕刻、かわねこさんがやってきます。ということは、つくばーど忘年会の設営です。庭先と焚き木はこちらで用意します。テント設営したい人はご自由にどうぞ。
焚火忘年会は小晦日開催です
日時確定のつくばーどin土浦Ⅱ
予定表明となりますが、風花さんもクロさんも、先日のBレイドで「ほたて食堂にはぜひ行ってみたい」とそれぞれリクエストしており、あそこだったら我がエスクード・マラソンクラスの盟友であるitoさんも近くにいらっしゃるし、うまくすると飯食った後に近くの喫茶店に立ち寄ったらもう一人のエスクードユーザーさんもいるなあと。
そういうことなら、天ぷら定食を食いに行きましょうか。
告知 つくばーどin土浦Ⅱ
ただし現時点で日時未定(笑)
12月2日に開催が確定しました。
ひとまず風花さんとクロさんの日程のすり合わせがうまくいきました。itoさんにも声をかけてみましょう。まあ僕なんかは帰省していれば一人で食いに行っちゃえるんですが(こらこら)
暖簾にはひらがなが染められていますが、正しくは保立食堂。操業が明治2年と、実は近所の蕎麦屋の吾妻案総本店よりもちょっとだけ老舗です。
天ぷら定食も捨てがたいのですが、僕が十代の頃に食っていたのは天丼でした。そういや久しく頼んでいない。それぞれについてくるあら汁は、創業当時からの味を守り続けている(いやさすがに僕では半世紀も遡ることができませんが)とか。
土浦というのは、僕にとっては楽園の街です。風花さんは僕より何年か後に楽園の3年間を過ごしているのですが、いずれにせよ歳月が過ぎれば街の方が変わってしまいます。それを行きつけというのか?と言われそうですが、行きつけだった喫茶店が20軒はありました。今や3軒くらいしか残っていません。そんな寂れ方もまた趣があるというか、まだ、健気というより勝気にいてくれるのが嬉しいところでもあります。
では、とりあえず10時に食堂近所の「蔵」で集合。まずはコーヒーから。
予告する 和邇さんの手記040
最近鳴りを潜めている新帝国WANIですが、こちらもよせばいいのに御用聞きなんかしちゃいましたところ、
これからの計画としては、ミカン型の波動コアを爆装した2号で桶川・春日部・小美玉・岩間を強襲し、蓮田さんのコドモリバースシステムで増幅暴走させることによって、全人類を中二病にしてやるわい。
やはり、愛が必要なのだ。大いなる愛、がな。
という返信が雷撃の速度で戻ってきました。やっぱりだ。文面から察するに、宇宙戦艦ヤマト2002の新章が公開されたから、それ観に行って英気を養っているようです。
しかしこちらの調査によれば、「働かせ方」改革の渦中に陥れられたDr.ワニは戦闘員の有給消化の肩代わりで、自らは全く動けないといううわさもあり、この襲撃計画がいつ実行できるのかも定かではないと・・・
いや待て? こっちが不在の平日に奇襲をかけてくる気じゃないだろうな?
うーん、やりかねない。
さらには密かにお嬢たちを特訓して、単独遠出ができるまでにスキルアップを遂げさせているのかもしれない。
ぬぬぬ・・・ありえないことではない。
だけどどうせなら仙台まで来てもらって、作戦室から物資搬出するのを手伝ってほしいんだよなあ。来年の1月下旬でいいから。
実は前号がなぜか9日ではなく9月7日に発売されていましたが、スーパースージーは基本的には奇数月の9日に出る雑誌です。ということで本日あたり書店に出ているはずで、まあ主たる内容は四代目ジムニーのあれこれのオンパレードですけど、数少ないエスクードのページには那須高原でのミーティング風景を紹介しております。しかしこっちには四代目エスクードは出ておりません(笑)
もう一つ楽しみなのは、広島県で行われたJ‐ONE/GPに参戦して奮闘したチーム・ウエストウインと、彼らに協力してくださった人々のバックヤードドキュメンタリーがどのように記事化されるか(これについては後日)
こんなときに僕自身は明け方には岩手県の普代村にたどり着かねばならないので、書店に行ってる余裕がありません。昨日までに基地には最新号が届いているというのに、片道650キロくらい走らないと戻れないという・・・
で、戻る途中にTSUTAYA系列の書店(スーパースージーはこの系列に出荷している)に立ち寄って、一冊購入しました。うちの連載ページ以外にもエスクードの登場比率は高く、ざっと見渡して高橋さんの「九州J通信」とTDAリポート、福永辰巳さんの「イタリア通信」、徳島市のアウトクラスカーズが仕上げた四代目エスクードなど。エスクードの誕生三十周年としてはこの号が最後?(年度で言えばあと二回あるけれど)だし、まあまあここ数号は露出度高かったですね。
しかし、そういうのありなんですか? なのがイタリア通信におけるエスクード誕生物語と題した、片岡祐司さんと初代開発エピソード。読み比べれば一目瞭然ですが、我々が作った企画webに掲載してある片岡教授のリポートを表題ごとほぼ丸写し。たぶん元の原稿を片岡さんが提供したと思われますが、いみじくもデザインやる人が原稿ほぼ丸写しって、呆れちゃいます。うちも片岡さんも手弁当ですが、これ稿料出るんでしょ? ならばせめて構成くらい考えてもらいたいものです。
7日夕刻、BLUEらすかるが予定より7日遅れて710000キロに到達しました。
本来なら10月中に越えるはずだったんですが、Bレイドの時点で600キロも不足していたのと、この数日は遠出がありませんでした。こりゃまた年内に720000キロに行けるかどうかでやきもきしそうだなあ。しかし、これは無意味に7日間停滞していたわけではないことが判明。
7日の昼、遠く離れた沖縄の同じ車体色のテンロクショートが、330000キロを刻んでおりました。
おお、シンクロニシティ!
しかもですよ、大ざっぱに引き算すると、両車の距離差は「月と地球の距離」なんだわこれが。7日は月齢がリセットされ、新月(8日)に移り変わるタイミングでもありました。
第18回Bレイド開催
今回は道の駅たまつくりをスタートして、霞ケ浦をほぼ一周してくるルートを設営。チェックポイント(CP)10か所の問題を解きながら、約100キロをツーリングするBレイドです。出走はクロさん、新月さん夫妻、s.Doさんの3台。スタート時には、たけさんがJB64で応援に来てくれまして、ブービー賞用の品物を提供してくれました。が、モノの内容が内容だったので、最下位に罰ゲームとして進呈することとしました。
ほぼ一周というのは、ちゃんと一周走っているんですがほとんど湖畔を走れない道順だったためです。よって今回、湖畔を背景に進むエスクードの写真は1点も撮れていません。しかもCP1で全員、親切な施設の管理者にとらえられ、施設の案内と説明を受ける羽目になり行程が大幅に遅れ始めます。CP3に先回りした幹事は「まさかここの答えをネット検索していて、3をすっ飛ばされたんじゃないか?」とびびる始末。
当初はCP5で集合して昼食の予定でしたが、それだと絶対に規定時刻にゴールできない。急きょCP3を昼食場所に変更し、5ではタスクのみこなして、課題のマンホールカードを手に入れてもらいます。マンホールなれど、ようやく霞ケ浦らしいアイテムです。ここで、先回りしたはずの幹事の前を悠然と横切っていくクロさん、そのクロさんから新月夫妻が5を出発したらしいと連絡が入り、所定の駐車場が満車でクロさんとs.Doさんを誘導タスクの結果を確認してさらに先を急ぎます。
土浦市エリアでは霞ケ浦にゆかりのある問題をあと2か所設定し、ここから幹事のみゴール地点へ引き返し、エントラントには先へ進んでもらうのですが、やはりゴール時間を30分遅らせることにしました。ゴール地点でもまたまた「帰ってこない、タイムアウトか?」と焦る中、新月夫妻、クロさん、s.Doさんの着順でタイムアウト2分前に全員ゴール。問題の採点と着順加点の結果、s.Doさんの逆転優勝となりました。
天候にも恵まれ、その分各地でイベント混雑という想定外事態もありましたが、無事にお開きとなりました。参加された方々、お疲れ様でした。ところで、罰ゲームとして進呈されたものというのがこれ。湿布薬の味しかしないらしいとの話ですが、持ち帰っていただき、冷やしてからぐいっと飲んでいただくこととなりました。ちなみに優勝賞品は地元産の米二合、ブービー賞は蓮根サブレ。参加賞にツェッペリンカレーが配布されております。
十三夜の前日です。20日の昼からコムロさん主催の那珂川キャンプにお邪魔してきました。日付が変わるころには一足先に帰宅しましたが、そう言えば10月21日というのは、エジソンが白熱球を完成させた日です。発明されたのは1879年のことで、これにちなんで・・・なぜ後年の日本で「あかりの日」が制定されているかといえば、エジソンの白熱球に使われたフィラメントの材料が京都産の竹だったから。
那珂川サイトから見える街路灯は水銀灯、そこかしこに設営されたキャンプはホワイトガソリンのランタンと電池式のLEDライトの時代ですが、月齢12ともなれば月明りも強まっています。ランプの灯も楽しいし、月が雲魔に隠れている間の闇夜もまた楽しいひとときです。夕方警戒された雷雨もなく、嫌になるほどの寒さにもならず、持ち寄った食材でお腹も満たされました。




