Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

マイクロ蓮田さん

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和邇お嬢まなさんが改造に着手。昨日の新帝国ワニのミニ蓮田さんとは別物です。

マスキングされていない部分を黒塗りするわけですが、車体サイドのストライプが難しいだろうと思っていたら、ストライプの中の斜めスリットばかりか「HUSTLER」のロゴ部分もオレンジのまま貫くようになっています。

感心しちゃうぜおぢさんは。

それで思い出しましたが、4月14日って日本では「オレンジデー」で、韓国では「ブラックデー」と、かなり真逆な年中行事日(韓国にもオレンジデーはあって、これは11月14日)となっているようです。

手先は器用(な人)ですよ 和邇さんの手記031

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新帝国ワニの総帥、Dr.ワニである!

昨年度、ミノレンジャーを完膚なきまでに叩きのめし、茨城県征服の足がかりを築いた我が帝国の次なる一手は、茨城県民唯一のお国自慢ネタでもある霞ヶ浦で、凶暴なワニを養殖してやろうというものぢゃ。 養殖のために必要な施設は、既に湖畔に建設済の水の科学館とやらを接収させてもらった。しかもご丁寧に中途半端な高さの監視塔まで建てておいてくれてアリガトウ(*- -)(*_ _)ペコリ。
ワニの養殖には大量の餌が必要となる。 で、対岸の江戸崎小学校から、活きのいい新一年生を副校長の皆川先生もろとも拉致した。 このあとも、近隣の幼稚園や小学校から旨そうな園児学童を次々と拐って、ワニさんたちのご飯にしてくれるわ。 仮面ライゾーよ、地団駄踏んで悔しがるがよい。 うひゃひゃひゃひゃ(爆)

なんだそうですが、新帝国の手先の人は実直に作戦を遂行し、わかる人ならわかる器用さでアングルを決めたミニ蓮田さんを撮影されています。まあそれはそれとして、新帝国の陰謀がどうなったかというところが問題。まずここの課題はこのようにEレイドに出ています。

それに対して、こういうオチでした

Rice to meet you!

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いよいよ売り出されました「かきもっち」「たがねもっち」。いや実際にはかきモッチ、たがねモッチとして以前から売られていたのですが、今年度からラベルがつけられ商品アピールに力を入れております。

このラベルデザインが、霙の提案。長年、つくばーどに遊びに来ていただき遊んでくださった皆様のご指導の賜物です。

というわけでこれはEレイドに加えねばならないし、そのうち買い出しトライアルでもやっちゃおうかねとか、馬鹿親は親ばかなことしか考えておりません。

雨音と火の粉の輪舞

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まさかM‐レイドの目的地につくばーど基地を設定し、焚火にやって来る奴が現れるなどと誰が想像するかってぇの。

でも、来ちゃうんだから恐れ入ります。

そりゃあ付き合いますとも。雨降ってきたってそんなの余興なのだよ。

 

しかしだ、なーにが「いおりとお出かけ中♪」だこのやろーっ! なんで連れてこねんだっ

馬鹿めと言ってやれぃ

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 それを知ってて作らせる親も親なんですが(そう言っておきながらparallelのページなんか僕自身がやっているし)、たぶん娘らの力作をご覧になった人は、かなり少ないでしょう。

今年のエイプリル・フールは日曜日だったのだ。

 日曜日は最も閲覧者が少ないんだい(笑)

ただ、戌年にこのネーミングを持ってきたあたり、若手を褒めております。このサイト、案外一日限定だったのはもったいないな。昨日はまた様々な企業がノリノリな企画を繰り出しておりましたが、鳩一万羽を採用したピザハットが遂にピザを全国配送に踏み切るという「ピザハト」が秀逸でした。

つくばーど基地では、最も近くにある別のピザ屋が配達時間圏外なんだもん。

 

しかし昨年、洗濯王ガオアライガーで「やられたー」と思っていた日本アニメーションとサンライズが、まさか今年もやってくるとは思いませんでしたよ。「洗伝サムライラスカルーパー」って、昨年ほどのインパクトは無いんだけれど、鎧伝サムライトルーパーの放送三十年記念らしいです。スマートフォン用ゲーム配信をもくろんでいました。いやそれは危なかった。オリジナルで云う鎧ギアを「洗ギア」と呼んでいますが、これ装備したぬいぐるみなんか発売されたらもう・・・

そこはかとなく不安になって日本アニメーションのあらいぐまラスカルサイトに行ってみたら、あちらでは左図のようなことをやっていました。よしよし、版元では洗ギアという商品企画には気づいていなかったようだぜ。散財の危機は免れましたよ。

 

 

つくばーど壊滅す!

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齢三十年のうち二十九年も乗ったんだからきっと飽きもしますよ。このままほっといたら思考硬化も始まるかもしれません。それを考えたら、泥沼に落ちた父の業を救い出さずにはいられません。

HUSTLER Kindship Yard は、オーナーズクラブというわけではありませんが、いずれ絶滅していくでありましょう稀代のあの車たちのスピリットを継承して、行き当たりばったりの楽しさを探求していこうと思います。

嵐田の娘ら一同

 

 

 

 

 

とりあえず今日のところは・・・ね

 

つくばーどinらいとにんぐ新潟Ⅱ

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大まかな話はこちら

三名乗車(家内が卒業式のために先乗りしていたので)を維持しつつ荷物満載・・・といっても布団とカーペットと旅行用キャリーケースと掃除機と諸々の小物程度ですが・・・というのは、ハスラーでは無理だったでしょう←先日の積載量で負けたのがほんとに口惜しいのよ。

これで新潟市内を訪ねることはあまりなくなってしまうねえと思いながらお伺いを立てたところ、義理堅くアスラーダさんが掲示板にメッセージを書き入れてくれて、おいたマンさんとふっじいさんご家族が見送りに来てくれました。ふっじいさんちも今年から双子ちゃんたちは小学生。霰、というより実際には霙の年齢になりますが、つくばーどで長岡を訪ねた2004年を思い出させるような、双子ちゃんがランドクルーザーに駆け寄っていく姿は、はっとさせられる瞬間でした。

 

光明丹と茜色

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光明丹というのは鉛丹(えんたん)色の別の呼び方で、酸化鉛のやや赤みを強くした鮮やかな橙色を言います。蓮田さんはパッションオレンジと呼ばれるハスラーの定番色ですが、光の当たり具合で橙というより丹に近く見えることもあります。しかしオジロの赤を茜色と言い切ってしまうのはどうかなと思うところがありながら、奈良時代の古色に照らし合わせると、だいたいそんな色合いです。

霰が卒論発表会に残った後、蓮田さんとオジロの写真撮影のために和邇さんと和邇お嬢姉に案内されて、みなとみらい地区の近所まで出かけたのですが、遂に2台の邂逅という場面に、競技かるたで和邇お嬢妹も不在。それぞれのオーナーがいないのに車の方はミーティングしている不思議な午後となりました。

夕刻、和邇さんご夫妻が手配してくださった中華料理店で貸し切りの晩餐となりましたが、なんと教授陣の飲み会に連れ去られて霰はまたもや不在。主役居ないのかよ状態でこちらの宴会は・・・お嬢妹が間に合ったので盛り上がり。ほぼ満腹となったところへ霰が戻ってきて、ようやく撤収間際にこの写真が撮れました。

つくばーど世代交代のときが、この瞬間から始まるような気がする・・・

赤は紅より出でて紅より赤し

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霰と霙がこの街にやって来ると、人呼んで「ヨコハマ買い出し小隊」とされていたのはもう10年以上前のことなんですが、その小隊が逗留していたのが当時新築されたばかりの「はまたに邸」でした。

「なになに? 買い出し小隊が来るならおにいさん迎えに出ちゃうよ」

というノリでこのような早朝のシーンから、日曜日は始まっていきます。

ラジアントレッドマイカとフェニックスレッドパールは、並べてみるとほぼ同じ。でもよくよく見ればエスクードはいくらか青が、ハスラーはやや黄色が強調された発色のようです。

はまたにさんと落ち合うのは昨年夏の「けしからん風景作戦」以来です。海岸通りはまだまだ冬の街路樹の景色ですが、幌のエスクードが走って来る姿は、これが四半世紀以上前の車だと思わせない存在感があります。そこまでのインパクトはまだないのだけれど、うちのオジロ以外のハスラーがこの街でもたくさん走っていて、これもまた天狗の森みたいな田舎と違ってどれもこれも映えるなあと感じされられます。

曰く、師匠であるかどうかはともかく、エスクードという素地から、より時代にマッチした優れた資質を持って生まれてきたことが、ハスラーには言えるのだろうと思うのです。

一緒に朝飯を食いながら、背が高くなったばかりか自走で横浜までやって来るようになった娘らを、はまたにさんは喜んでくれまして(昨年の夏には会っていなかったので)、霙と物々交換に及んでいたのですがそれはまたそのうちに、の話題。

僕は僕で「海岸ランナー」後編から今に至る続編書下ろしを提案し、快諾をいただきました。5月9日に公開する予定で書き始めます。

 

 

そこはサルベージですよ

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これはうちのクルマね

琢麻呂さんという方がM‐レイドに挑戦してくださり、なんと惜しくも規定距離をオーバーしてしまったそうで、ご自身のブログにのみその経過が紹介されていることを知りました。

何をどうこう論ずる以前に挑戦してくださったことが嬉しいし、こう言っては身もふたも無くなっちゃいますが、このブログ記事がもう面白くて楽しい。そして目的地に選ばれた港は、僕の想像する限りにおいて琢麻呂さんがお住いの街から確かに100キロの道のりです。

距離は越えてしまいましたが安全に留意され無理やり停止したりUターンしたりをせずに、後日また走ってくださるとまで意思表示されております。

これをサルベージしなくてどうするよ?

と、8日にかわねこさんを経由して連絡をお願いしたところです。

というわけでこの挑戦紀行は救済させていただきます。