Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

ちょっとやられました

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%e3%81%a1%e3%82%83%e3%81%90%e3%81%bd%e3%82%93岩手県滝沢市といえば「チャグチャグ馬コ」「スイカ」(これはちょっと誤解を招きそうですが)は知ってましたが、りんごも名産品らしく、それらを中心に街をアピールしているという「ちゃぐぽん」さんは、市の職員で営業係長だそうです。

最初はこの被り物というか頭の装飾がスイカだと気づくまで時間がかかりまして、なんちゅー色彩だとうろたえましたよ。さらにりんごに至っては、説明されるまで全くわかりませんでしたよ。

%e3%81%a1%e3%82%83%e3%81%90%e3%81%bd%e3%82%932係長、ことしの3月にこの名前が命名されたそうで、全国のゆるキャラとしてもまだニューフェイスな部類。2016年ゆるキャラグランプリでは初登場にして約1400のエントリー中総合556位。まあまあ善戦しています。

それにしてもこの子、頭の飾り物を取っ払ってもやっていけそうな器量よしです。二百何十位だったかの「みとちゃん」より良いんじゃないか?と、ちょっとやられました。

移動図書室

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%e5%9b%b3%e6%9b%b8%e5%ae%a4暖かい日の休みにはぷらすBLUEでせめて頭上だけでも開いて出かけますが、最近の喫茶店は禁煙店が増え、そのくせ郊外店が多くなったその手の店舗は特定の客層の「おしゃべりがうるさい」。といって基地に戻って縁側でごろごろしているのはなんだか爺くさいじゃねーかと、居所を見つけるのがけっこうたいへん。迂闊に駐車休憩していると、翌週末のその地域の不審者出没地図にマーキングされちゃう世の中。

つくばーど基地の近所の木陰は一時期、営業さんの隠れた休憩スポットだったらしいですが、今や×印ついてます。

それでいろいろと枷をはめられながら、郊外店でコーヒーをテイクアウトし、禁煙指定されていない運転席で煙草を吸いながら本を読んでいた方が縁側よりも明るく、眠くなればそのまま昼寝し、案外いいじゃありませんか。これがBLUEらすかるであれば折りたたみの椅子を積んでいるから車外で同じことが出来るわけですが、東北では時々、熊に背後から肩をたたかれる危険性があるのです。だから意外と落ち着かない。

茨城ではとりあえず夜になると猪が闊歩しますが、日中に遭遇する確率は低い。それよりも帰省しているときは幌エスクに乗りたいので、移動図書室と化しているのです。どこに移動して陣地設営しているかは、×印がつけられないようなところを選びます。どこよそれ? と問われても教えられませんです。

初回生産版ですけどね

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原作漫画を読んだことが無いのです。

なんで買っちゃったかな・・・

手に入れるなら第二版以降ものだよね(なんだその理屈は)

宇宙図書館を聴く前に

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NHKの「SONGS」に松任谷由美さんが出て、おとといリリースされた「宇宙図書館」とのタイアップか国際宇宙ステーションとの交信に始まり彼女の宇宙観を紹介しながら、1曲目に歌われたのが新譜ではなくて「VOYAGER~日付の無い墓標」。この曲は同名のアルバム(写真の右)がありながらそれには収録されていなくて、何年か後のベストもの(左)にようやく入れられるまでは、あの「さよならジュピター」のサントラ盤を持っていなければ聴くことができない楽曲でした。

それには理由があり、アルバム「VOYAGER」は83年リリース、~日付の無い墓標は84年リリースシングルだから無理もない。でもベストの「NeueMusik」(98年)に収録される頃にはさよならジュピターの方が忘れ去られてしまいました。

話を戻して次に流れるのがトークの合間の「瞳を閉じて」を別にするとその「VOYAGER」に入っている「不思議な体験」。今聴くと歌詞がなんとなく怖いんですが、ニッカウヰスキー・マイルドニッカのCMに使われていた、やはり30年以上前の曲。

そして、自分もいつか無くなってしまうけれど想いや記憶を残し繋げていきたいという「宇宙図書館」。ユーミンなりのアカシックレコードを紡いでみたいと願う、アルバムと同名の楽曲ですが、宇宙という括りのためかつい、ヨコハマとかショーナンとかでぶいぶい言わしてた(かなり誇張入れてます)楽曲たちはそれこそ遠い別の宇宙の彼方のようです。

しかしPRサイトのデモを聴いてみると、御年によるところの声色は置いとくとしても、ちょっと遠くなってしまった感があります。まあまあ荒井さん時代から44年も聴いているわけですから、それらを聴く人たちによっていつごろの彼女が心を鷲掴みにしたかはまちまちですから。

%e3%83%9e%e3%82%a4%e3%83%ab%e3%83%89%e3%83%8b%e3%83%83%e3%82%ab番組では3曲のみの、しかも2曲はずっと以前の歌を選曲してましたが、当時モノの声との違いは置いとくと言いながらもかなり哀しくなり、そのくせ新曲の声はああなるほどと思わせるのが不思議です。この2曲を昔のライブラリから引っ張り出してくるなら、せめてもう1曲「VOYAGER」に入っている「青い船で」を歌ってほしかった。でも今の声で歌うと愕然とするのかもしれないし、複雑な思いです。

オマケというわけではありませんが、このロボットたちがマイルドニッカのCMキャラクター。これ知ってるんだから、ああなんかもうおれっておぢさんの域を過ぎたな。

今さらあとへは引けないぞ

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2016/10/16 10:24

飲んだくれでならず者の鍛冶屋のジャックが悪魔をだまくらかして(このくだりは長いので省略)自分の魂を奪わせない約束をしたがために、彼は死後その報いで天国に行けない身の上だから地獄に赴くものの、あの悪魔と再会して「お前の魂は獲らない約束だぜ」と地獄からも追い返されてしまう。ただそのとき、もともと人の好い(人なのか?)悪魔は地獄の炎のかけらを分けてくれたので、ジャックは近くにあった蕪をくりぬいて炎を収め、ランタン代わりにした・・・

ケルトの伝説じゃ蕪だったのに、しかもそのくりぬき方の伝わり方は世にも恐ろしい形をしていたのに、この逸話がアメリカに渡ったら蕪が無かったものだから南瓜で代用されてしまい、ケルトの宗教感も薄れてパーティーグッズへと凋落してしまうのでした。

ところで南瓜はもともと中南米が原産地で、アステカ、マヤ文明の頃には重要食糧であったことが知られています。だけど現在、世界第一位の生産国は中国。種が食材となっています。アメリカは生産国としては第五位くらいですが、彼らは律儀にジャック・オー・ランタンのために観賞用カボチャってのも作っているのです。

わが国にはポルトガルからカンボジア経由で持ち込まれたらしく、かぼちゃ、の語源はそのあたりにあるようです。中南米原産の割には、我が国の生産トップは北海道。中南米でも標高の高い寒冷なところで生まれたのかなあと思ったら、第二位が鹿児島県と、けっこう生命力が高い。でもって日本ではオレンジ色のパンプキンよりも緑色のスクウォッシュの方が一般的ですが、これまた律儀に日本でもジャック・オー・ランタンに緑色の奴は普及していません。

もっと言っちゃえば、すでにアメリカで宗教色が薄れていますから日本でなんてもう初めっからグッズの域。しかも、日本には江戸時代から生産されていた干瓢があるのに、蕪から南瓜へと転じたいきさつを重んじ干瓢で代用する・・・などというユーモアも(栃木県内ではやってますが)一般化はせず、今さらあとへは引けないぞとばかりにオレンジ色の奴らがはびこっているのです。

さてもハロウィン。先日利用したファミリーレストランの洗面所にも居やがりました。が、こいつがいるだけで、普段は何も考えずに手洗いに使っているハンドソープの色が、なんとなく怖くなっちゃうところが不思議です。これ写真に撮ったら濃紺なんですが、肉眼で見たときにはほうれん草でも煮詰めたのか?というほどおどろおどろした濃緑色に見えてたのよ。

グッジョブな飾りつけだぜデニーズ(もちろん褒めてます)

林檎か玉子か

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%e6%9e%97%e6%aa%8e「初恋の日」と「たまごかけごはんの日」が同居している10月30日。朝飯に林檎をかじるか生卵をご飯にかけて食うかを、ちょっと迷っていると、両方出してあげるわよと家内は前日の買い出しで、地元にも出回ってきたシナノスイートと卵のパッケージを入れていきます。なぜ林檎? と言えば「初恋の日」のもとになった島崎藤村の「初恋」という詩の中に林檎が登場してくるからです。制定されたのは後年のことですが、この詩が書かれたのはいまから120年ほど前です。

%e3%81%9f%e3%81%be%e3%81%94%e3%81%8b%e3%81%91たまごかけごはんは・・・「日本たまごかけごはん楽会」(島根県)が2005年に制定したものですが、毎年学術民族博物的なシンポジウムが開かれているそうです。早食い大会などもやっているようです。10月30日、78年前のアメリカでは「火星人が攻めてきた」というオーソン・ウェルズのラジオ放送で国中がパニックに陥った史実がありますが、我が家では「宇宙戦争」なんか知ってる家族がいないので、朝飯の献立ばなしでほのぼのと盛り上がるのであります。

 

現場の判断

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%e5%8c%97%e4%b8%8a%e5%b7%9d%e7%9f%b3%e5%b7%bb宮城県石巻市で繰り広げられてきた大川小学校津波訴訟に対して、仙台地裁は原告である遺族側の主張を大幅に認め、宮城県と石巻に賠償を命じました。東日本大震災において74人の児童が津波に巻き込まれ亡くなった、その犠牲は(学校の)監督上の過失ではないのかという訴訟の、ひとつの結論が出るまでにこれほど長い時間がかかりました。ひとつの、というのは、被告側の控訴が行われるかどうかまだ明らかでないためでもあります。

新北上川河口に近い右岸側の同校で津波の予見可能性 予測できたか否か。

津波到達までの約50分学校にとどまったのは何故か。

15時時30分に新北上大橋のたもとに避難したことの判断ミスの有無(直後の37分に津波が到達)

学校敷地に隣接する裏山に避難が可能だったか否か。

こうした論点で争われた結果、15時30分に石巻市の広報車両が学校付近にて津波来襲と避難広報をしていることで津波は予見できたし、裏山への避難も短時間で可能であったことが指摘されました。

新北上大橋のたもとは、学校校庭よりも嵩の高い場所でしたが、その差はわずか7m。10mの津波に対する避難場所としては適当ではないのですが、ここには「そもそも10mの津波」という災害自体をイメージできなかった不幸も重なります。さらに新北上大橋には、押し寄せる津波が河口からたった4kmの遡上の間に両岸の集落に遭った構造物や樹林をなぎ倒して巻き込み、橋のトラスに引っかかって橋自体がダム化してしまった。その膨大な応力は橋の左岸側のトラスを1ブロック破壊して遡上を続ける一方、児童が避難した右岸側のたもとに一気に溢れ返り、同時に学校一体も水没したのです。

当時現地に何度も足を運んで、そういった状況を知ることができました。第3者の客観視においても、あの地震を体験してなぜ現地にとどまったのかは腑に落ちないの一言に尽きていたのですが、学校自体が災害時の広域避難場所に指定されていたことや、そのため地域住民との情報交換等も行わねばならないと言ったジレンマも抱えていました。

裏山は急斜面で土砂災害の懸念もあり、あの日の天候(夕方から降雪)もあわせて低学年児童に避難は不可能と学校や石巻市は主張していました。しかし、橋のたもとからは裏山の裏側を舗装の県道も通っており、この道路を使えば裏山の雑木林でなくとも、より高台に移動できたはずでした。

あの年の3月、新北上川は津波の日の夜から地場の建設業者が濁流につかりながら土のうを積み上げ、2日かそこらで緊急復旧を行いました。よくメディアに映る自衛隊は、その啓開された道があればこそ被災地に乗り込むことができたのです。まあそこは僕も同じでした。左岸のようやく通れる堤防上の道を寸断された橋まで来ると、対岸側のトラスが500m以上、上流に投げ出されて水没しており、越流と決壊によって堤防の内側(堤防というのは川に面している側が外、隔てられた陸が内)も川とも沼とも言えない状態で、国土交通省がかき集めた数十台のポンプ車が越流した水を川に戻していました。

その堤防の土手に、沢山のランドセルが泥を落としてもらって並んでいる光景は忘れられません。遺族の方々の中には自ら重機の免許をとり機材を調達して、この何年もの間、自力で捜索を続けていらっしゃいました。だから、この訴訟は賠償がどうとか責任の所在がこうとかの領分ではない、何かを訴え縋らずには前に踏み出せない性質の、どこか争いでもない対話の場だったのだと思います。

%e7%9f%b3%e5%b7%bb2011すべて結果論の世界ですが、同時刻に「釜石の奇跡」と呼ばれるようになる、岩手県釜石市の小中学生たちの自主避難行動とはあまりにも明暗の分かれた悲劇。まさか、よもやと脳裏によぎるものを持ちながらも現場の判断ができなかったことがすべての始まりであり、教訓になるのだと感じます。しかし大川小学校が遺構として残されたとして、新北上大橋は現状復旧されたトラス橋のままです。右岸の同地に人は住まなくなるでしょうけれど、次の津波でも同じ越流が起こるでしょう。

この御返しは精神的に

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%e8%b4%88%e3%82%8a%e7%89%a9誕生祝に霰がくれた小物入れと、霙がくれたマグカップ。を、家内がくれたD7000二番機(今まで使っていたのが壊れまして。といって3とか5では手に余るので)の撮り初めで・・・って、最初のシャッターでこんなもん撮るのかよ。

2人とも示し合わせてこれらを調達したのではないそうですが、やっぱり遺伝情報に基づく脳髄の仕組みには大差がないのだと思われます。

 

 

 

チトニアの日

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t-ras杉田玄白、渡辺崋山、アルチュール・ランボー、赤堀四郎、坂口安吾、眉村卓、山口智子、山田孝之、天秤座の童虎、星野八郎太、マコト(どうぶつの森)。

まだまだいるんだけれど、皆、本日が誕生日です。

そういう錚々たる面々に混じって、僕もなんですが、まあ世界一無名な男。

今日の花、いくつかある花のうち、チトニアの花言葉は「果報者」。まあそうなんだよね。

朝風の密使

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0ps-dscf0986先週後半はボブ・ディランとノーベル文学賞ニュースで、どこへ行っても「風に吹かれて」の楽曲か話題ばかりが耳目に入ってくる日々。ディランの楽曲というのはそれ以外に無いのか! と思うほどのリピートぶりでしたが、この曲をカバーし著名にしたピーター・ポール&マリーでさえ、僕にはどうにもならない時代的ずれがあって(双方同じ1963年リリース)、ボブ・ディランという名前を耳にするのは1972年の、ガロの楽曲。しかもですよ、この「学生街の喫茶店」にしたところで、たぶん歌詞よりも曲が先に耳を奪っていたような気がします。

cham-1大体においてその頃、学生街も喫茶店もまったく未知の世界の、でもラジオの深夜放送は聴きはじめていた程度の僕ですから、まず山上路夫さんがどのような意図でこの詞を綴ったかなどと理解できるはずがありません。何やら先日のニュースでは「時代を反映するばっちりの言葉(人物)」だったと、山上さん自身がインタビューに答えておりました。その時代を反映するボブ・ディランとはあまりにも世代が異なっていたことで、「風に吹かれて」のリアルタイムなメッセージを知ることもありませんでした。

side2アメリカの公民権運動や日本におけるベトナム戦争や日米安保条約を背景にした反戦運動の片鱗は、今でいうニコちゃんマーク(かな?)の原型であったと思われるマークと、LOVE&PIECEというキャッチフレーズの流行を見た覚えがありますが、その意味するところも知らずにシールを貼っていたら親父に「思想も持たない子供がそんなもので喜ぶな」と怒鳴りつけられた記憶くらい。もちろんなんで怒られているのかがわかっていません。そりゃそうです。だってその頃、僕の頭の中は「人造人間キカイダー」と「アイアンキング」ですから。

%e3%82%a2%e3%82%a4%e3%82%a2%e3%83%b3%e3%82%ad%e3%83%b3%e3%82%b0そんなこんなでボブ・ディランは完璧に守備範囲外。ガロだってきわどい。だから学生街の喫茶店で流れ去った「時」というのはどれくらいのものなのか、今尚イメージできません。が、静弦太郎はともかく、霧島五郎の方は設定年齢からみて63年を10代後半で過ごしていて、ディランの歌もリアルタイムで聞いていたのだろうなと、あさっての方向に思いをはせるのです。ああっ、ノーベル文学賞も反戦もガロもうっちゃってしまう、なんて不謹慎な原稿なんだ!