「和邇パパが送れって言うので送信します」
和邇お嬢妹君からの着信。しかし携帯のモニターではまったく読み取れないのでパソコンに転送してみると、和邇さんのところでもフォースの覚醒が始まったようです。
暗黒面の、でなければいいのですが(こらこら)
spacerunaway spacerunaway・・・しているうちに25年ですよ。だいたいね、平成3年の3月3日が日曜日で友引(あれ? 大安だったっけかな)で雛祭りなんて、ガンドロワ級のトラップじゃありませんか。
「うちは小さくて設備も古く、挙式は日に最大5組しか対応できませんが、その分、ゆったりと進められます」
とか言ってた支配人が親切だった霞ケ浦湖畔のホテルはもう存在しませんが、蓋を開けたらあの日は12組もの披露宴がねじ込まれてましたよ。
挙式自体はまともでしたが、楽屋裏では新婦のお色直しの最中に「スタッフによる新郎取り違え撮影未遂」やら「花嫁の父礼服でも貫く白ソックスからの履き替え拒絶」やら「新婦コンタクトレンズ紛失」やら「結局高砂に戻れず廊下に置き去りにされる新郎」やらの大混乱(全部我が家)。これで3時間は講演できるぞというすさまじい1日でした。
午前7時に式場に入って、最後の来賓を送り出して式場を後にするのが午後4時。この間、乾杯のシャンパン・・・のふりをしたジンジャエール1杯しか口にできず(ケーキ入刀のあと、披露宴の場にいたのはキャンドルサービスと両家親への花束贈呈くらいしか記憶にない)、二次会の会場へ赴く前にマクドナルドに立ち寄った日から、なんと四半世紀ですよ。
これが自分の運命を決めたのか、その後某だいすけさんとか某ふっじいさんとかの挙式に御呼ばれしたものの、披露宴会場では気忙しく動き回るものなのだよという「自分の席にいない」人生が続いております。だから人に頼まれて媒酌人なんか引き受けちゃったときには、もう高砂に座りっぱなしが「こんなんでいいのか」と不謹慎思考が湧いてくる始末。
ことしって、あの年みたいに暖冬です。急きょ、行き当たりばったりで新婚旅行に出かけた安比まで、まるで雪が無かったあの年、うちのエスクードはまだ1型のハードトップ。茨城から盛岡までの遠いこと・・・と思っていたのが、今や茨城・仙台なんてたった3時間だろ。だものなあ。
「大人買いは楽しいですね!!」と、唐突な和邇お嬢妹君からの着信には、山盛りの黒い影が。
なんだなんだ、これでショッカーの改造人間のヒトガタでも作ってライダーキックぶちかまして粉砕ののち溶かしちゃうのか? と思ったら
そうか! これも和邇パパ和邇ママの教育の賜なのか(笑)
さてこの週末どれだけの麩菓子がはけたのかは定かではありませんが、高カロリーだし腹持ち悪いんだけど鉄分補給したいなーという方々は、まだ在庫があるやもしれません。
大人買いはまあともかく、たまには駄菓子も良いかもしれません。
・・・だけど、和邇家ってどんだけ鋼鉄の胃袋なんだろう?
と聞いてみたけど、それ書くとなんか大量に送り付けてきそうなのでやめとこう。
霙の私立大学受験がすべて終わり、受験した学校ひとつ残らず合格判定の通知書が届きました。
やー、やれやれです。が、ここで油断はできませんので、これらは全部滑り止めですからね、と講評を告げたのですが、そのうちの一校が、家内が受験して受からなかった学部で、学科まで一緒でしたよ。しかももう一校はそこよりずっとレベルが高いし通学距離も短いうえ、よりによって僕の親父の出た学校ではありませんか。
これはいかん。祖父と孫で学閥をひけらかされるのはたまらん。
ここはなんとしてもセンター二次を突破してもらって、親父の母校も華麗に蹴とばしてもらわねば、あとあとうるさいことになる。
それにしてもです。今回、父親の母校は受験志願の時点で完全にスルーされているというこの哀しさ・・・
おお、昨年開催された岩手県内ゆるキャラグランプリでチャンピオンになったサーモンくんではありませんか(危うくサロモン、と読んでしまいそうになった)
これでキレっキレの動きをするので、地元の幼稚園児たちには大人気です。というか、宮古市のページにあるデザインよりも実物?の方がまとまりが良いです。写真を撮らせてもらってその場を移動しようとしたら「待て待て」のパフォーマンスが。
すると控室から、双子の妹と言われるみゃこちゃんが現れました。
いやー、この時点では宮古市のゆるキャラが双子だとは知らなかったのよ。しかも二代目だなんて想像もしてなかったよ。朝、焼鮭食ったなんてとても言えないよ(と思ったら、趣味が鮭料理だそうです)
と、霙が手帳に挟んでいたレシートを見せてくれました。要は昼ご飯に食べたいモノ(この日付だとまだ自由登校になる以前です。こいつらこんな時間に学校の外に買い出しに出ているのか)を適当に選んだら・・・えらんだら・・・なんかしょーもない昼飯だなあ。じゃがりこってこれ惣菜のつもりなのかよ・・・
しかし高校生の買い物ですから、さらっとレジに出した会計がたとえ三桁でもぞろ目というのは、箸が転がるのと同じくらい愉快なことらしく、友達には大いに受けたのだとか。
受けたならいいじゃん。
「だけど、何年か前のお父さんのレシートは四桁だもんなー」
これのことを言っているらしい。
「それはいずれ、四桁買い物をするようになったら巡ってくるものだよ」
「来ますかねー」
「まあ実際には、そんなに簡単にできるものじゃないわなー」
で、そのときの対話のことなどはすっかり忘れ、津軽ダムカレーの翌日の帰路にて基地までひとっ走りの前に昼飯代わりに買い物をしたところ・・・
偶然と言ってしまえばそれまでですが、グラコロバーガーと肉まんがそれぞれ値引きされているなんてことは知らずに買いましたので、フォースは確実に覚醒しているのです(お互いこんなことで運を使っちゃってどうすんだという見方もあります)
霙の受験も大詰めを迎え、その進学先に対して通学できるのか独り暮らしをするのかの議論が繰り広げられました。
「最低限、原付免許とって駅までの往復にはスクーターが要るよね」
「学校が許可証を出してくれれば、自動車の通学もできるのでは?」
「メーヴェだ!」←誰だこの馬鹿発言(実は父親)
「通いだったんですか!」
「だから都内も23区なら通えと。その分、好きな車を買ってやろうかと」
「えっ、あれ乗っていいんですか」
「みぞれちゃん、何に乗りたいと思ってるの?」
さあここからが佳境です。乗りたいクルマ、乗せたいクルマ。アルトラバンからメガクルーザーまでいろいろ出てくる出てくる。そのなかで、本人が現段階でいいなと思っている車は日産から出ていたフィガロ。
「誰ですかそんな入れ知恵しているのは」
「お、俺じゃないぞ」
「フィガロって、雷蔵さんの幌車と同じ年式ですよ。程度のいいのがあるものなの?」
「専属の中古車ネットワークがあるんだけれど、これならいいかなというのも独自に1台見つけてはいる。まだ現物を見ていないけど」
以前だったらこんな対話は蚊帳の外の霙でしたが、この日のクルマ談義には臨場感を覚えたそうです。その前に受験も済ませなくちゃいけないし、免許も取らなくちゃいけない。
「でも、乗りたいクルマを先に手に入れておいて、そのために免許を取りに行くという目標を立てるのもいいことだよ」
「今しか乗れない車なら、乗りたい選択肢を優先したらいいよ」
「色違いのを2台買って、お母さんにも乗ってもらうとか」
「いずれどちらかを部品供給にまわせるねえ」
「フィガロ専用TESUJINをやってあげるから安心して乗りなっ」
あと2週間が正念場の霙にとって、先輩方のオコトバは良い息抜きとなりました。