Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

これも理不尽な話だなあ

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理不尽事務所の入っているビルの1階にあるビル内唯一の喫煙室が、先日から路地に面したこれまた唯一の窓にブラインドを下ろされ、

「諸事情によりこの形でご利用ください」旨の張り紙が出ていました。

余所のビルの喫煙室にたまたま入ったら、こちらにはより具体的な理由の掲示とともに、うちのビル同様にブラインドされた状況となっていました。張り紙の内容を呼んで、ああそういうことかと、うちのビルの諸事情についても理解した次第で、これはまたなかなか理不尽なことを言う人もいるものだと思わされましたよ。

通告してきた外の人の主観に喫煙者の煙草を吸う人の姿がどのくらい見苦しく写るのかはわかりませんが、愛煙家のフィー・カー・マイケルさんも言ってますように、まあおおむね「張りきって一服する」人はいませんから、大なり小なりそのリラックススタイルは油断しているんですよ。

うちのビルの諸事情のところを別の視点から思い浮かべると、ビル全体の入居テナントの構成上、女性の社員が圧倒的多数で、喫煙室はだいたい女性陣が占めていて、若い男の子などはもう1か所、ビル裏手にぽつんと置いてある灰皿に集まっているケースを良く見かけます。もうひとつは臨時入居で公的機関がフロアのひとつを間借りしている。このどちらかが目をつけられたのは明白で、女性が喫煙しているのは見苦しいとか、公務員が煙草吸って休んでるのはけしからんとか、そんなことを言われた可能性があるのだけれど、それもそれで偏見な話ではないかと感じます。

まさかね、国連防災会議が近いからって、諸外国からみっともないと言われたくないとか考えてるんじゃないかとも邪推してみましたが、この前時間調整でコーヒーを飲んだコーヒースタンドの分煙化された喫煙室では、僕の隣と、その向かいの席が外国人のすげー美人な女性でしたよ。

4年の歳月

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ROUTE62月28日まではここを通らなくては仙台と関東を行き来できなかった、浜通りの風景。このオートバイがいつからガードレールにつながれたままなのかは不明ですが、昨年9月から全線通行が開放された国道6号にあっても、富岡から南相馬の間では二輪車の通行は現在でも解除されていませんから、ひょっとしたら4年間、このオートバイはここに置き去りにされたままなのかもしれません。こうなっては誰にも回収はできない。それでも乗っていた人が無事に避難できたのならそれでいいのです。

ROUTE6b朝な夕なに通過だけはできますが、この周辺は4年後の今も帰還困難区域。簡易線量計で測定しても、測定箇所によっては2から6マイクロシーベルトというばらつきのある街道は、むこう半世紀かけても昔のような状態には戻せそうもないようです。そして3月1日に最後の未開通区間が共用化され、このあたりも常磐道でスルーできるようになりました。用向きが無ければ、多くの人々はここを通らずに往来することとなり、風景は忘れられていく。それが風化の成り行きです。

5.3もう4年経ったのか、まだたった4年でしかないのか。何一つ好転しない現実の中で、3.11という記号が様々な思惑の飾り言葉でしかなくなりつつあるのが現実。除染で出た低レベル放射性物質を含む廃棄物等を、3月11日から中間貯蔵のために浜通りに持ち込みを開始する、開始したいという国の神経も疑うばかりだし、補償を打ち切られたくないために就労しない人々の気持ちにも寄り添うことはできない。

 

真実も現実も、案外、虚構という言葉と大して変わらない混沌としたもののなかに埋もれてしまったのかもしれません。廃棄物等の持ち込み開始は、とりあえず13日に延ばされたようです。

指示書

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????????????????まあなんだかいろいろと書かれているんですが、なんかこう、英文というのは上から目線な雰囲気が漂うのは気のせい?

干支二回りの記念日

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91-3-4しまった、去年同じアングルの車だけの写真使っちゃってますが、適当なやつがないのでまあいいや。うちの奥さんも干支を二回り遡ると若いよなー。

24年前の3月は暖冬だったらしく、矢板インターから走った東北道にはまったく凍結路が無く、4日の朝に小岩井まで来てようやく雪の上を走ったのですが、それだってこの程度の積雪。思わず四駆を抜いて走っちゃったりします。月曜日だったこともあってか誰もいません。さらに翌日5日の安比ゲレンデにも人影が無く、かなり贅沢なスキー三昧でした。とはいえ、まだバブル経済崩壊前だというのに地味な新婚旅行です。

所帯持ち24年めの記念日には〇〇婚というのは無くて済むらしいけれど、そうはさせじと宝石屋によっては「タンザナイトを贈る年回り」などと言っております。灰簾石(かいれんせき、ゾイサイト)にバナジウムが混入してできた変種だそうですが、最近の石は青紫が濃いほど高価で、原産地の名の由来に因んだ「キリマンジャロの夕空」をイメージした薄い青紫は価値が下がっているようです。

古代スペイン語で「冬」を意味するインビエルノを冠した淡い青のヘリーハンセンリミテッドの方が、原初のタンザナイトにより近いイメージかもしれません(紫は視覚的には出てこない車体色ですが)。そう考えると、売れ筋人気のタンザナイトは色が濃すぎて家内の趣味には合わない。いやそれ以前にこんなの買って行ったら半分怒られること請け合いです。

でも安かったら安かったでその程度だよねえ。そんならあげない方がよほどマシってもんです。

あ・・・でも「そんな風には見えない」やつを見つけ出せばいいのか?

 

 

当時まだ二十世紀

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クウガさん霰のアークル装備姿は結局見つけることができませんでしたが、クウガさんと遊んでもらっている霙の・・・霙がピンボケでクウガさんにピントが合ってるところがあれですが、二十世紀の一コマが出てきました。

なんだお面じゃん。という風にしか見えませんが、知っている人は知っているお話で、このクウガさん、お面を取ったら「五代雄介にそっくり」のお兄さんであります。彼と五代雄介の見分け方は唇の下にほくろが無いことです。実際、霙は「覚えてますよ騙されましたよ」と証言しています。まあその意味ではお面姿のもったいないこと。

神出鬼没の彼は、まさに時々、出張途中で「いま〇〇で飯食ってます」などと近所のレストランからメールを入れてくるので、当時娘らはその着信があるともう大騒ぎでした。

もうずいぶん長いこと会っておりませんが、きっと今も元気で冒険の旅出張にいそしんでいるものと思われます。

うーむ世知辛い

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ゆうちょ月にいっぺんだけなら、どうにかこうにかしてそれくらいの預金はできなくはないけれど、いくら預金の利息よりすさまじい当選金だからと言って、それで一等とか二等とかが当たる確率を考えたら、やってらんないぜこんなの。

 

汝の光を見よ

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brothersblues税金が払えず、取り壊しの憂き目に遭っている、自らが育った孤児院を救うために奮闘する。神の啓示を受けてのことだから、“生業”である“盗み”で稼ぐことは禁じ手とさせられ、インチキ混じりでもまっとうな手段で金を稼いだのに、なぜか警察やらネオナチやらに追われる身となってしまう哀しい性。
すさまじいばかりの豪華ゲスト・ミュージシャンたち。主役の2人は「サタデイナイト・ライブ」のコメディアンじゃなかったの? という観ている側の疑問は受け付けてもらえず、5000ドルの資金稼ぎのために、バンドが再結成されていくのです。

抱腹絶倒な展開と、都合68台のパトカーをぶっつぶし、カントリーバンドにネオナチに州警察ばかりか狙撃部隊や州兵にまで包囲されてしまう騒乱と、男と女と、実は根底に流れるもの悲しいブルースの魂。
全身黒尽くめのこの兄弟は、神の啓示とやらを成し遂げるまでは、グレネードを打ち込まれようと、爆弾を仕掛けられようと、火炎放射器で焼かれようとも不死身の使徒。そして役目を果たした後は、監獄へ舞い戻っていく。
ま、こいつら下品極まりないんですが、自分にないものを持っていて、爆発的なインパクトで見せつけられると、ついついごひいきにしてしまいます。

どっちをだ?

どっちも良いんですが、ここは監督のジョン・ランディスとともに脚本を書いたダン・エイクロイド・・・ではなく、ジョン・ベルーシを推します。そういう風体だし・・・
ジョン・ベルーシは、この映画封切りの2年くらい後、日本では上映の翌年に薬物中毒が原因で急逝してしまいましたが、ある意味切れた役柄の中で「ブルース・ブラザース」のワンシーンでは、ちょっとだけハっとさせられたものです。
婚約者であった女性(キャリー・フィッシャーだってんで、封切り当時はびっくり)につけ狙われ、銃口を突きつけられた刹那、これも嘘八百を並べ立てて命乞いをするのですが、その直後に彼等のトレードマークのサングラスをぱっとはずす。小汚い素顔にぎらぎらと輝く瞳が、妙にかっこよかったわけです。

もちろん僕には、この兄弟のような、他人に勘違いされても意に介さない純粋な生き方はしてこられませんでした。上映当時の彼らよりずっと歳くっちゃったし、なにしろ神の啓示なんてものを、まず信じないタチですから、聞こえていても気が付かないのです。ただひとつ、81年の3月、チョコレートをもらったお返しにロードショーに連れて行ってあげて、うまく行ったというお話があることはあります。今どきの女の子がこの手の映画を観て受けるかどうかは保証の限りじゃありません。今だとDVDに頼るしかないから、それを見せる為に部屋に連れて来なくちゃならない分、ハードル高いよね。

だから万が一、全国のどこかの小屋でこの映画がかかっていたら、その近くに住むあなた(オトコ)にとっては、汝、光を見たか! と教えてあげたいです。おぢさんはすでに、義理チョコなんかもらってもありがたくもない年頃になっちまったけれどね。

 

時代が変わったな

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節電しろよ「電気が少なくなったら自動的にエンジンで発電してくれるので、バッテリー切れの心配はありません」

安全装備という思想の具現化は素晴らしいと思っています。が、その表現がなんでこれなのか?

そこまでしてアウトドアライフを満喫せんで、明日に備えて夜は早めに寝なさいよ。晩御飯の明かりはランタン一個でいいよ。

二割増しの享受とリスク

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雪道常磐道浪江以北の開通によって、常磐道と国道6号の通行車両は2割増しとなっているそうです。震災以前も常磐富岡から山元までの未開通区間が70キロくらいあったのですから、そりゃもう便利なはずです。

が、先週末の南岸低気圧北上に伴う「太平洋側、雪だよ」という予報やニュースにもかかわらず、金曜日の夕方ちょっと前から土曜日の朝まで、常磐道北側のあちこちと6号では事故とその処理、除雪に基づきずーっと通行止めとなりました。6号線に関しては、災害対策基本法に基づく路線指定も発令しての除雪通行止めが金曜夕方から夜にかけて行われました(解除の際の報

常磐道に関しては、

磐道:09時30分現在 ■通行止:下り@新地IC→亘理IC(雪) ■通行止:上り@亘理IC→新地IC(雪) ■通行止:下り@浪江IC→南相馬IC(雪) ■通行止:上り@南相馬IC→浪江IC(雪)

通行止解除【1月31日09:30現在】 常磐道 広野IC〜常磐富岡IC(下り仙台方面) の通行止めは、解除されました。
通行止解除【1月31日09:30現在】 常磐道 常磐富岡IC〜広野IC(上り東京方面) の通行止めは、解除されました。

という報がなされていましたが、このあと下り線では2時間もしないうちにいわき中央IC〜いわき四倉ICで事故通行止め。

浜通りにはあまり雪は降らない。という迷信は、迷信ですな。東北勤務になってから何度か、浜通りの車はスタッドレス履かないなどという冗談を聞いたことがありますが、ありゃ絶対うそだと思っているのですが、それにしても積雪凍結強風と、普通ではない気象と道路状況が実際に起こっているわけで、前走車の速度が落ちるのは当たり前のことなのです。

にもかかわらず、車間距離とらない人が多いよ。

インターネットを流してみると、このときに通行止めを体験した人のツイートで、南相馬から東京まで7時間を要したとか。6号線上の福島第一原子力発電所付近で3時間動けなかったとも。災害対策基本法に基づく路線指定というのは、第一に緊急車両の通行を促すためのもので、放置車両や立ち往生車両の移動作業、集中除雪を実施する目的で通行止めも行われます。

6号国道は避難道路としての再開通ではなかったのか。これはその通りなのだけれど、それを維持確保する上での優先順位は緊急車両なので、間接的に雪隠詰めにされてしまう人が出ることも避けられない。

だからなんだけれど、危ないときはゆっくり行かないと・・・

時に2015年

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威吹鬼(笑)ここ数日「仮面ライダークウガ」と「仮面ライダー響鬼」を綴るブログやツイートが多いなあと思っていたら、前者が十五周年、後者が十周年という年回りでした。

はー、もうそんなになっているのか。なにしろ親世代になって初のライダーがクウガ。まあその頃は「とうとう親子で仮面ライダーを観る時代になったのか」と一喜一憂(ばか)したものですが、探してみたけれど光る回るクウガの変身ベルトを身につけた霰の雄姿の写真はデジタル化されておらず、ここに揚げられませんでした。仕方なく、「響鬼」に登場していた第二の音撃戦士・威吹鬼になりきる十年前の霰です(いちいち出すなよ)

響鬼(笑)親世代になると知らぬ間に保守的になり、自分が子供の頃には振り回していた銃やら剣やらにはなんとなくの嫌悪感を抱いていて、威吹鬼の武器であるトランペットも銃に変化するところが嫌いでしたが、音撃というものの考え方には工夫を凝らしたなあと、霙なんぞには丸々響鬼のアイテムである太鼓と撥というベルトのセットを買い与えているわけです(断っときますが、霙の趣味です。親の特権と命令などではありません)

しかしふと気がつくと、いわゆるクウガ以降の平成ライダーシリーズの順序を、正確に並べられなくなっている自分がいます。

白井農場(これはほんと)昭和のシリーズに於いても一番組に複数のライダーがいた時代はありましたが、アギト以降レギュラー化するサブライダーすべてはとても覚えきれず、いったい何人のライダーが現時点でいるのか、もはやわかりません。

そうこうしているうちに娘らも「まともに」(たぶん)成長しますから、いくらなんでも成りきりはできなくなりますが、「仮面ライダー剣」のロケ地が隣町だと知るや、第一話の直後に「白井農場に連れてって」というのはありました。白井農場事務棟前は、うちの歴代エスクードの撮影場所でもありましたが、現在は立ち入れなくなっております。挿絵は2006年秋なのですでに「カブト」の頃。

天の川学園(じゃない)娘らと仮面ライダーを共有するのは、「仮面ライダーフォーゼ」が最後となっています。オープニングに出てくる大きな月球儀を見て、「いいなー、あれ触りたいねー」と、主人公が大事そうに触れている月の模型の実物のところに連れて行ったことです。

いやもうこの変貌成長ぶり。すでに父親が仮面ライダーと出会った時期を過ぎてしまって早くも三年。今や娘らがライダーの玩具を父親の誕生日に買ってくるのですから、取り残されたのが誰かは言うまでもありません。ま、しょーがないか。三月のライダー映画は妻(みっちーのファンらしいし)と観に行きます。