Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

それは遺跡への道なのか?

8 Comments »

化石その昔、フェネックなんていうRVアウトドア雑誌があって、そこのクラブイベントで化石掘りに出かけたことがありました。このとき意外な才覚を発揮したのが霰でした。地層から発掘されるのはホタテなどの貝の化石でしたが、霰はけっこう大きな化石をほぼ完全な形で掘り出すのです。

手先の器用さはいずれ何かしら役に立つだろうけど、将来化石掘りで生計は立たないよなあと思ったし、この頃彼女はご多分に漏れず「花屋さんになりたい」などと年齢相応のことを話していたので、まずこの手の遊びは後に続かないと考えるまでもなかったのです。

 

ところが先日、

「埋蔵文化財の講義と災害社会学の講義が始まったんだけど、お父さん、それぞれの分野で何か実践的な資料持っていないかな?」

という電話がかかってきたのです。

ちょっと待て。お前、春の連休のときには18世紀の上越地方の巨大地震の震源を古文書から特定するレポートの書き方を聞いてたよな。お前史学科じゃなくて人文学科だよな?

いったいどういう履修をしているのか・・・

化石掘りからちょうど10年めです。ジャンルは若干異なるのだけれど、埋蔵文化財は発掘を伴う世界なんだわ。災害社会学というのは初耳な分野だけれど、これもフィールドワーク無くしては成り立たないでしょう。そんなところに関心と興味が出て来るなんて。

その昔のさらにずーっと昔、夏休みのキャンプでいわき市の渓流に連れて行ってもらってアンモナイトの化石を掘っていた僕自身が、親父から「考古学で食って行けるなんて思うんじゃない」とか小言を言われたのを思い出しちゃいましたよ。

ということは、ことしの誕生祝はシャベルとハケのセットでいいのか霰よ?

本日19歳になる娘ですが、どうやら花屋ではなく学芸員になりたいらしき方向性が見えてきたようです。

うーん・・・それもそれで狭き門だけど、僕が親父に言われて諦めるに至った小言は封印しとこう。

だってその方が面白いじゃない。

3月1日全線開通

3月1日全線開通 はコメントを受け付けていません

常磐道6日15時、宮城県の山元から福島県の浪江まで、常磐自動車道が開通しまして、その開通式典に招かれ、真っ新の高速道路を走りぞめしました。途中区間の福島県相馬、南相馬間はすでに開通していましたが、これをはさんで浪江まで行けるようになったことは、この界隈の人々にとっては待望の出来事です。

東日本高速道路の社長さんにうかがったところ、埼玉県の三郷料金所から仙台東部道路に乗り入れるまでが352キロで、この三郷料金所の開通が1981年だったそうです。まだ浪江から富岡までの約14キロが工事中であるものの、今月2日に自民党総裁安倍 晋三さんが相馬市で街頭演説した中で

「3月の1日に常磐道、全線が皆さん、開通するんです。しっかりとこの東北の復興の起爆剤に活用させようではありませんか」

と述べたので、これまで国土交通大臣が表明していた「2015年のゴールデンウイークまでに」という予定が前倒しされることになります。これはたぶん、震災以前の開通計画に戻ったか、当初計画より1年短縮されたか、の措置になるはずです。

これより早く、9月には国道6号線が福島県内全線復旧しており、未開通区間もこれを代用して走ることができます。ただしこの区間には帰宅困難区域が横たわっているため、オートバイでは富岡以北へは行けないし、浪江以南にも行けません。

多くの福島県内の有力者というか企業団体というかがずっと国への陳情をしてきた常磐道問題は、僕らの耳には2015年の3月11日がエックスデーだと入っていたのですが、安倍発言を聞き返すと「するんです」という物言いは、もう1日で確定ということなのでしょう。14日の衆院選に向けたプロパガンダであることも疑いの余地がありません。東北復興の尽力なのか、選挙対策で開通話題を利用したのか。ちょっと不愉快ですが、開通そのものは地元にとって歓迎すべき慶事です。

でも「実家の街にはいつでも帰れるようになる。今の暮らしを考えたら、もう戻りたくない」という声もまた聞こえてきます。3月に全線つながろうとも原発至近距離の土地に住むことはできませんし、慶事が震災記憶の風化を促すこともあるのだと考える必要もあります。

 

国家の威信

2 Comments »
松明通り

無電柱の街並み

無電柱化、というテーマに関して、言わなくてもばれるかもしれないとある大学の学食で昼飯を食っている最中に、そこの学生たち3人が議論しているのが聴こえてきました。被災地に林立する電柱と電線の功罪だとか、機能論と景観論など、いやー大学生真摯で真剣だなあとにこにこしながら聞いておりました。

災害時における送電と通信の即時復旧の手立てとしては、電柱と電線はやむを得ない手段で、景観論を挟む余地は無かったのですが、平時における全国的な風潮では、この景観論が電柱電線廃止のロジックを声高に唱えているようです。時々、一本の電柱にそこかしこから電線が這いまわされて、まるで猛禽類の巣?のような有様のものがあったなと思うと、さすがにあれはひどい。その一方で、街ぐるみで景観対策やら町並み保存を行っているところは、ケーブルボックスを街路整備と同時に地中共同溝に収めて無電柱化を進めています。

やらないよりはやったほうが良いかもしれない景観対策ですが、たとえば東京あたりで言えば、関東大震災や戦災からの復興の都市計画において、即時復旧重要だったとはいえ、なぜこれを同時に実践できなかったかという反省点があります。

そんなときに一つの契機となったのが、2度目の東京オリンピック招致成功。この機に都内の指定区間で無電柱化をやっちまえという政治の意見と、それを受けての国の動きが徐々に進められています。指定区域、とひと口に言っても、オリンピックまでにこれを達成するというのはなかなかの無理難題です。

電柱電線が生活圏の中で目障りだ。という人々の心中はわからないでもありません。でも、

「だからうちでは電化製品使わないし、電話も引いていない」

てな徹底ぶりの人もなかなかいそうもない。そういう人を探し出そうとするのも屁理屈の領域っぽいので、余計なことを言うのは控えます。

高山

実は歴史的景観なのでは?

ただ、ほっといたら遅々として進まない問題に対してある種の期限を設定しこれを推進することは大事ですが、電力と通信という基幹インフラに対して、短期決戦で臨もうというのはいささか乱暴。ましてやオリンピックまでにという論旨の柱が、「外国人観光客の目につくところを」というハナシはなんなんですか?と思うのです。

欧米先進国に後れをとっているから。という趣旨でオリンピックまでにやるなら、そんなもんはやっつけ仕事になりかねず、景観対策になっても防災対策が軽視されているような気がします。総務省にしても国土交通省にしても、調査結果や検討開始のレジュメにこの一言を組み込んでいるのは、官僚側が政治家の揚げ足を取っているのかと勘ぐってしまうのです。いやさ、揚げ足というより、そこに気づいてくれたらいいんだけどさー、という本音があるんじゃないかと邪推するのです。

 

外国人に指摘されるから。とは、なんと情けない対症療法であることか。プロパガンダとして物言いするんだったら、電柱と電線に敬意を表しつつその役目を次代につなぐ考え方があろうというものです。

本格的な事業(実際には以前から行われていますが)が2015年あたりから始まるとしてですよ。戦後70年めにして、文明開化から東京の復興と高度成長を支えてきた歴史的インフラに変革を促す。それこそが今後50年かけて進める東京の国際的平和都市づくり。とでも言ったらいいじゃないですか。50年というのは、少なくとも今ある都市骨格をいじりながらもグランドデザインを描かなければならないうえ、それはインフラのみならず、次代にそれらを維持管理できる若い世代をきちんと育てていく政策を考えたら、それくらい必要ではないかと感じるのです。が、そんなに時間が無いことも指摘されます。

要は精神論の世界なんですが、外国に比べたらってところがすでに精神論としてどうなのよと感じたら、もうちょっとましな政論ぶってくださいよと言いたいのです。仮に、箱根山や富士山が噴火しちゃったら、現在の電柱電線網は降灰によっておしゃかです。地中化は決して悪い手段ではない。しかし政治と行政がそんな論旨で語っていたら、地走りしている民間人もやってらんないぞと士気が上がらないじゃない?

などなどの思いを巡らしているうちに、学生たちの議論もだいたいけりがついたらしく、トーンは雑談に変わっておりました。

「電線の在る無しで困る困らないとすればー」

「無いとスパイダーマンが時々戦えない」

「あったらパトレイバーが活躍できない」

おお! おぢさん仲間に入れてもらいたくなっちゃったぜ。

2代目打ち上げ

2代目打ち上げ はコメントを受け付けていません

はやぶさ2初代「はやぶさ」の地球帰還からいつの間にか4年の歳月が流れ、いよいよ「はやぶさ2」の打ち上げ日が巡ってきました。初代の打ち上げは2003年5月、つくばーどのミーティングやサイト運営が軌道に乗ったころで、しかしこりはあくまで個人サイトの域でしょ? と、できるだけ個人の趣向に偏らないESCLEVの立ち上げを始めた頃でした。まあ宇宙探査機とエスクードには何一つ接点はないんですけど、この年の8月に火星が地球に大接近し、その距離はエスクードでも束になってかかれば埋められるんじゃないか? という結局は個人的な趣味でエスクード・マイレッジなんてものがあとからできてしまったりするのですが・・・

雷を誘発する可能性がある「氷結層」を含む雲の発生が予想され、当初11月30日だったはやぶさ2打ち上げは先週28日時点で12月1日に延期され、それでも天候不順で引き伸ばされていました。2代目打ち上げはライブ中継まで組まれていたほどの期待を背負っていました。エスクードの2代目もそうであったように、期待がそのまま重圧であることについては、成果を収めた初代を引き継ぐ立場としては同じでしょう。

往路に4年、帰還まで6年というミッションがトラブルなしで進むかどうかはやってみないとわからない。接点がないとは言いながらも、いろいろ言われた2代目エスクードは3代目へとバトンを渡す実績を得ましたから、はやぶさ2にも頑張っていただきたいところです。

そして船で往く

6 Comments »

久里浜神奈川県の久里浜から千葉県の金谷へと東京湾を渡るフェリーの存在は今さら語るまでもなく、その風情を楽しみたくて、三浦半島からの帰路にはよく利用するのです。

で、この一言を最初に書いておかないとどれだけまぬけで愚かな帰路になったかというと、久里浜から陸路でヨコハマカワサキトウキョウ経由でつくばーど基地に走れば都心環状線まわりでだいたい163キロ。湾岸線経由だとプラス5キロ。この間の渋滞を回避する名目で金谷からカーナビゲーションで基地へルート設定すると、最短距離が170キロ。まあ5キロくらいは目をつむるかとルートを見ると、木更津から東京湾アクアラインを使って川崎へ渡れと指示してきやがるのです。

おいおい、それはないだろうと木更津を無視すると、今度は169キロに縮みますが、これは千葉北インターから柏インターまでの約40キロを国道16号で移動する「そんな疲れる混雑ルートは嫌だ」コース。

そんなんだったら北千葉などに行かずに穴川から湾岸線と中央環状線で常磐道に行けばいいじゃねーかとすると、実は金谷からは195キロにもなるのでした。いやいやいや、中央環状線と7号線が混雑するんだから、事故でもなければ絶対に渋滞しない東関東自動車道路で利根川を渡っちゃえば・・・というかつての通勤ルートを当てはめますと、金谷からは190キロあるのでした。

おそるべし首都高速・・・

それでも。というオチですよ。いいんですよ、どうせそのあと300キロ北上するんだから。と、勇んで久里浜から金谷に向かっている間に東京湾アクアラインのトンネル内で事故。するとどうなるかというと、川崎まで3時間とか電光板に出てくるわけで、それを見た車が次々と千葉・東京まわりの帰宅ルートに変更したものだから木更津から千葉までびっしり渋滞。

「湾岸線、びっくりするほど流れてますよー」

という津久井浜で別れた風花さんからのメールも、そりゃそうだろうよと悔しがって、やむなく木更津から圏央道を使って茂原方面に逃げ出す羽目になりました。

この区間は僕が東北へ転勤した後に開通しているため、存在自体を忘れていました。茂原から東金までつながり、東金道路が横芝まで使える。横芝からは一般道で成田空港を目指して東関東道に乗り、すぐさま大栄インターで下道に戻って今度は神崎から稲敷まで伸びた圏央道に乗り直してみたら、これらがなかった時代の半分近くの時間で帰宅できました。

圏央道すげー・・・

認めたくなかったけど

認めたくなかったけど はコメントを受け付けていません

towerすいません、もういいかげん若くありません。

二度目の功績

2 Comments »

天空の弧最初の出来事がいかに大きなインパクトを生み出しているかで、二度目の功績はときとして霞んでしまうことがあります。先代、すとらいくらすかる(当時)が地球から月までの距離を走ったときと、あーまーどBLUEらすかる(実は正式には2009年からこの呼称)がこれと同じことをやり遂げたときとでは、達成感も認知度も段違いです。その途上、kawaさんのV6ノマドが月到達を果たしていますからなおさら(そりゃkawaさんに失礼だろうっ)。しかもkawaさんは見事にアポロ15の月着陸40周年の日に寄せてきたのだから、それ自体にインパクトがあります。

そこから5年後、すとらいくBLUEらすかる(まったく知られていませんが今の正式呼称はこれ)が50万キロを達成したのが、アポロ11号の月着陸45年めの日です。

が、50万キロですよ?にもかかわらず、二番煎じなのでやっぱり霞むのです。

しかしですよ、2度目の有人月着陸、つまりアポロ12のエピソードを紐解くと、月面ミッションこそ11ほどに脚光を浴びていませんが、12は打ち上げのさ中、2度もサターンVロケットに落雷の直撃を受け、燃料電池や司令船と機械船機器の大半がブラックアウトした状態で飛び立つという大きな危機を乗り越えているのです。優等生と言われた11に対して、ジョークとトリートなやりとりも多く、From the Earth to the Moonというアポロ計画全般を描いたテレビドラマにおいても、11と12のエピソードには描き方の違いがあります。

ここらでお分かりかと思われますが、うちのエスクードの話ではなく、現実に2番目の月着陸を果たしたアポロ12の日が、45年前の本日なのです。11からわずか4か月後という矢継ぎ早のミッションでもあり、さらに5か月後にはあのアポロ13の大事故からの帰還という歴史的事件が巡ってくるため、どうしても12の功績は忘れられがちなのですが、やっぱりすごい仕事をしたのさと言ってあげたい。

蓮根の日

蓮根の日 はコメントを受け付けていません

ハス1949年、故コーリン・チャップマン氏が作り上げた2台めのレーシングカーが「Lotus」と名付けられたのは氏の趣向からと思われますが、蓮の実に「俗世の苦難から解放し甘美な夢を見させる」という神話があることを、氏はご存じだったからでしょう。蓮という東洋のテイストを持った自動車が、イギリスのビルダーからメーカーとして育っていく様は、まさしく氏の甘美な夢であったのです。

それとはまったく無縁と思うのですが、日本語キーボードのいたずらか、「は」「す」というキーのアルファベットにFとRが割り当てられているのは、さすがに偶然だよね。

さらに絶対に無縁ではありますが、11月17日は、土浦市から発祥した「蓮根の日」なのだそうです。今月いっぱい、市内の飲食店ではフェアが開かれていて、趣向を凝らしたレンコン料理が食べられます。

 

首都消失しちゃった日

首都消失しちゃった日 はコメントを受け付けていません

霧13日未明のお話。

朝イチの会議に出るために東京目指して仙台宮城インターに乗った途端、「磐越道いわき三和からいわきジャンクションまで工事通行止め」だというので、まあいいや、東北道でそのまま都内入りするか。でもそれだとポイントの使えるガソリンスタンドが安積PAで早すぎるんだよなあ。下手すると深夜はやっていないかもしれないなあ。などと南下していくと、今度は「佐野藤岡から岩槻までキリ通行止め」ってなんだそれっ?な電光表示。

いやいや佐野藤岡なら手前のジャンクションで北関東道にトラバースすればいいのだ・・・が、それだと40キロ弱遠回りで、霧でペースが落ちると首都高の渋滞が始まる前に堀切ジャンクションを通過できなくなる。

という判断で、結局いわき三和まで走って高速をいったん降りて、いわき中央から常磐道に乗りなおして南下を続けたら、日立南太田からどんどん霧が巻いてきて視界不良に。うわわ、常磐道まで止められたら都内に入れないぞ。どこかで常磐線かつくばエクスプレスに乗っちゃった方が良いか?

rexs2しかしそうなると会議が終わった後に東京脱出が面倒臭くなるぞ(最初から新幹線に乗ればよかったのだよ。と言われそう←そうもいかない週末の予定があったのだ)。なにより会議が始まるまでの2時間、車がなかったら待機場所もないぞ。

などなど逡巡し、利根川を渡るまで濃霧の中を走り続けたのでした。

で、踊りまくる会議は書いてもつまらないので割愛し、閉店間際のフジ・オートにてぷらすBLUEへのRECS点滴。桶川界隈も朝のうちはものすごいホワイトアウトの放射霧だったそうな。

お店には4型か5型のTA01Wが入荷しており、これがまた2万キロ走っていない5MT車だとかで、引き合いが高まりそうです。ピットには別のお客さんのグランドエスクードとV6ノマドが納車待機中。うちの幌車と合わせてこれだけのエスクードが滞在するのも久しぶりの風景でした。

うーむ、首都消失な話でもなんでもなくなってる。

今なお軌道周回中

今なお軌道周回中 はコメントを受け付けていません

Mariner091971年11月14日、同年5月に打ち上げられたアメリカのマリナー9号が火星軌道に到達しました。これが史上初の、地球外惑星への「軌道投入」となった探査機の記録です。

ここは事実は事実であるものの、軌道投入成功というところがミソで、他の地球外惑星に「初の」到達という記録で紐解くと、当時のソ連がベネラ3号という探査機を、金星に向けて5年ほど前に打ち上げています。ただしベネラ3号は通信途絶状態で探査に関する制御をしきれないまま金星表面に衝突しているので、マリナー9号にも「初」の冠を与えることができるようです。

このミッションによって、オリンポス火山、マリネリス峡谷と名付けられた火星上の地形や2つの衛星に関する情報がもたらされました。72年10月まで探査記録を送り続け、マリナー9号は運用終了されましたが、機体そのものは43年後の現在でも軌道上を周回しており、2022年くらいまでは火星の引力と拮抗していられるとか。

ESCUDO Mileageは現在、火星が地球に最接近した2003年の57000000キロという距離に対して、8年かけて34000000キロまで進んでいます。マリナー9号が火星の大気圏に突入するまでにたどり着けるかどうか。間に合うようなそうでもないような・・・

そんなノリと悲壮感だけでやっている企画であります。と、しょっちゅうアナウンスをしております。エントリーされている方々は最新の走行距離を。そんなあほな企画、初めて知ったよというエスクードユーザーさんはぜひ、ご協力願います。記録専用掲示板をページ上にリンクしてあります。

てなことを書いて放り込んでおいたらヨーロッパの小型探査機が10年かけて小惑星に着床成功したとか。500000000キロの空間制御って、はやぶさとはまた別にすごい話です。