Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

水素電池

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水素電池仕事先で見せていただいた水素電池で発光させる懐中電灯です。左側の青い筒が水素を安定貯蔵しておくボンベで、これを装填するとカシュっという音がして発電体勢に入り、インジケータが点灯したらスイッチを入れるとLEDライトを灯せます。

水素ってどうやって充填するんだろうと思ったら、カラになったボンベを後ろの箱のジャックにねじ込み装填する。箱の上から水を入れておくと、電気分解して水素が抽出されるという仕組みだそうです。こういうのに疎かったので、すでに市販品レベルで流通しているのかーと感心。

そしたらシンガポール製の輸入品だとか。ほんとかどうかはさておき、向こうじゃ玩具扱いの、日本円で15万円くらい。

ふーん・・・と興味は尽きないけれどその価格はらすかるの修理に回すのですよと諦め(なにを?)たら本日は「電池の日」だそうです。

 

精霊流転

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halloween元をたどればケルト以前に、ハロウィンの原型のような文化は存在していて、それは東方からやって来たらしいという。ものの本によれば、始まりがシリアに在ったヘレニズム時代のセレウコス朝シリア王国の首都あたりだと云います。それって後のシルクロードの出発点じゃないか。

すべての聖人と殉教者を祝う習慣が、一部の宗教的な儀礼であるペンテコステと呼ばれる聖霊降臨のあとの最初の日曜日を諸聖人の祝日と定義していました。この習慣が西欧に伝わり、諸聖人の日となり、その祭祀が始まる前夜が、ハロウィンの起源。ペンテコステというのは原初は、春最初の収穫を感謝する農耕祭でした。

ペンテコステに聖霊降臨がくっついてしまったため、一部の宗教色が強く残り、農耕という祭事の方が薄れてしまったところに、ハロウィンの誕生と変質が秘められているようです。しかもその昔は5月に行われていた感謝祭がどこぞの大聖堂に聖霊降臨を祝う小聖堂が祭られたあたりから「それを記念するんで諸聖人の日は11月の1日ね」とシフトしてしまったので、復活祭後50日目の聖霊降臨祭とも分離し、50番目というギリシアの言葉であったペンテコステも意味を失っての西方拡散であったようです。ヨーロッパの一部には農耕祭としての風習が残る地域がありますけど、8世紀以降のハロウィンはどんどん変化していったようです。

すると何か? この祭りで闊歩するお化けやモンスターなど得体のしれないものたちこそが、諸聖人たちのなれの果て? その辺のことは勉強していないのでわかりませんが、日本あたりじゃ20世紀末に流行りはじめた文化なので、もはや宗教も農耕もどうでもよくなってます。

実はその宗教的観点からハロウィンが流行していなかったり、意図して行わない地域も、世界の各所にあります。そのひとつに中東が上げられるのは意外です。シルクロードの出発点、セレウコス朝シリア王国の首都アンティオキアは、中東の西の方に在った都市だったのですから・・・

 

自分的には問題無し

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1972年の今日、11月からの公開を控えて上野動物公園に2頭のパンダがやって来たそうですが、実は僕、パンダという動物を直に見たことがありません。ついでに言うと、東京ディズニーランドという場所に行ったことがありません。

いや、いいんです。それくらいのことで大勢に影響はありません。むしろ損をしているとしたら、たとえば「新幹線と飛行機に乗ったことがありません」とか「ケータイ持っていません」とか、そこまで突き抜けていないことの方でしょう。

このため、ふと思いつきかけた『雷蔵七不思議』が、企画倒れになってしまいました。

意外とつまんない人生送ってんだなあ・・・

魔界都市

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あらいっぺ「まるでふなっしーばりの勢いで突進してきた」

霙が水戸駅前で遭遇したというキメラ。

キメラなんでしょうきっと・・・シラスとハマグリを融合させるところがすさまじくアバンギャルドなんですけど。

最近の水戸駅前にはこういうのや突然身の丈が三倍に伸びる納豆の化身だとかが群雄割拠しているそうです。

見聞を広めてます

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やは・・・あれ?

彼岸の火事

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airport個人情報の漏洩事件が頻発している中、遂に僕のところにもその手の報告メールが届きました。

先方の企業は先月29日に社のサイトでこの件を公表していましたが、もちろんそのサイトなんか普段から見ていないので露ほども知らずのまま。確認しに行ったら漏洩可能性が最大で75万人、ハッキングされた日時に絞って19万人分、そのうち2万1千件の個人情報が盗み出されたようです。うーん、対岸の火事だと思っていた国際社会的な話がこっちにもやってきたかと困惑です。

○会員番号
○入会年月日
○お名前
○生年月日
○性別
○自宅(郵便番号・住所・電話番号・FAX番号)
○勤務先(会社名・郵便番号・ご住所・電話番号(内線)・所属部門名・役職)
○電子メールアドレス(パソコン、携帯メール)

と、これだけの顧客情報が持ち出される事の重大さを、先方がどのように認識しているかが問題なんですが、差出人は社長名でありそのことがかえって空々しく感じられます。たとえば平常時にこの方あてにメールを差し上げたとして、確実に届いて読んでもらえて返事が来るのかと考えると、まあ無いだろうなと思ってしまう。代表者と共に担当者が連名で差し出してくれた方が、心情察してあげる気になろうというものです。

結論から言えば、メールを信じるならば漏洩物件内には僕のデータは含まれていないとのことで、ひと安心ではあります。それでも、この件について企業側では顧客にどう対処していくのか全容が不明で、腑に落ちないことが残ります。

Luna eclipse

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皆既全国的にものすごい数の月食ブログやツイートがあふれかえっているように思いますので、この際一個くらい増えても誰も気にしないだろうと、のっかってみます。ただ、ろくな機材もなく路傍に立ったまま手持ちで撮ったので、ぼけぼけです。

「蝕」そのものには古来、不吉のイメージがつきまとい、魔神の仕業であるとか蛇や竜やジャガーが月を食らうとか、変わったところでは巨大な猫が足を置くなどの神話が各国に伝わっています。誰が言い出したか知りませんが、財布をかざすと金運に恵まれるというのが現代においてまことしやかに語られているのはお笑い草です。それだけ天体の運行が科学的に解明されてしまったということなのでしょう。

384400キロというすさまじい距離にありながらも、人類にとって最も身近な「星」。そこへ探検に行く、月そのものが地球に墜落してくる、逆に核廃棄物の連鎖爆破によって地球周回軌道から外れ漂流してしまうなど、科学の時代のイマジネーションはより大胆に月をいじっています。

あ、科学の時代って前ふりしてしまうと、竹取物語を組み入れられないよ。

それでふと思い出した。去年の中秋の名月の直後に椎間板ヘルニアで入院して、今頃はまだ病室だったですよ。煙草吸いたくても喫煙所まで行けずにあがいていたのが懐かしい・・・

 

 

天秤座

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マキ割親が言うのもあれですが、自分の17の頃って、井の中の蛙であることがわかっちゃっていながら親に対して反抗せずにはいられない年頃で、煩わしいことこの上ないから視線も合わせず口もきかない。よって逆効果を生んではまたそれに反目する毎日だったような気がします。

だから、霙にだってそういう心理が絶対にないとは言えないはず・・・

と思いきや

「お姉ちゃんも言ってたけど、私の同級生たちもお姉ちゃんの友達と一緒で、お父さんと仲の良い子ってたくさんいますよー」

へー・・・そ、そうなんだ。

「まーでも確かに、ここへ来てやりたいことがなんなのやら判ったようなわかんないような、受験先をどうするかは迷ってんですよね」

というストレス解消が薪割りでいいのかどうか定かではありませんが、少なくとも自分の頃なんか、馬鹿らしくって家の手伝いなんかやらなかったなあ。

まあいろんな17歳があるってことなんでしょう。霙も本日、その仲間入りです。

teenager

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はしる霰は95年生まれ、BLUEらすかるは96年式と、意外なほどに同世代の組み合わせなのでした。もしも先代らすかるが健在だったら同級生でした。

だけど車の方は「もう18年も前のやつ」と言われるのが当たり前の世の中です。不条理とは言わぬまでも、不思議な話ではあります。

それはともかく、ぷらすBLUEのシートとは異なるレカロなんですが、こっちはなんとか足が届くらしい。念のために背中にクッションは当てていますが、BLUEらすかるの方が相性が良いとは・・・

「でも後ろが見えないー」

 

「まっすぐ走らないーっ」

 

あーもー前途多難です。

15年の風化

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s-DSCF00759月30日。1999年のこの日、東海村の民間企業核燃料加工施設にて、核分裂臨界事故が発生しました。当時、千葉湾岸まで通勤していた僕は、このニュースを移動中の車内でラジオ番組から聞き、仕事を中断して東関東自動車道経由で帰宅の途に就きました。

東海村と基地との距離は直線にして40キロを割り込むくらい。公的な避難指示はこの距離には及んでいませんでしたが、県道で通りかかった常磐道のインターチェンジは封鎖され、「通行止め 原子力災害」という電光板の文字が戦慄を覚えさせました。翌日には驚くべき速さで収束の報が流れるのですが、現地周辺ではその後しばらく、高い放射線量が検出されていました。

そのあらまし

東日本大震災で、これをはるかに上回る原子力災害が起きたことで、人為的に臨界を進めてしまったという事故の記憶は上書きされてしまったのか、再び警鐘事例として持ち上げられているのかは定かではありませんが、あの事故から15年です。東海村全体の施設で言えば、設備更新を続けたとしても、物レベルでの老朽化は随所にあるのではないか。それを考えると、記憶が風化していくのは危険なことなのだなと、あらためて感じます。

ひるがえって9月。今年ついに、国道6号線の原子力災害封鎖区間が通行止めを解除されましたが、自動2輪での通行は認められていません。自動車で通過するにしても、窓を開けてはならない。放射線ではなく放射性物質の人体への付着を防止するためです。えっ? 自動車に付着する分にはかまわないというの?

被災地復興には道路の封鎖解除は欠かせないものの、タイムテーブルに追われてのフェイズの進め方のような気がして、こういう事象が風化をも加速させないのだろうかと心配になります。