昔と違って学食というよりカフェっぽくなってたりするし。
いやいや、ILCの話を聞きに来ているのです。しかし大学ですからどうしたって素粒子の世界になっちゃうのよ。
それを誘致したら岩手県民と宮城県民はどんな良いこと享受できるか。今はそこをアピールしないと国費も民活も出てこないんだよ。
1972年、地球にふたつの異星の生命体がやってきまして、ひとつは追われる身のアンドロメダの星人。もうひとつはこれを追跡してきたワイリー星人。アンドロメダの星から来たドリイと名乗る女性は、地球との友好を結ぶために、ワイリー星人はこれを阻止し地球侵略をも企て、春日兄弟とシルバー仮面を苦戦に陥れます。
その窮地を救ったのがドリイでしたが、彼女もまた命を落とし、あとには彼女の娘である赤子のリンだけが残されました。
春日兄弟は、光子ロケットベム5号でアンドロメダを目指し、リンを故郷へ送り届けるために旅立ちますが、当時地球で最も高速で飛べるベム5号をもってしても、目的地にたどり着けるのは2001年。春日兄弟は往路だけでも五十代の半ばになってしまうのです。
こういうスケール感は、シルバー仮面よりも先に怪獣ブースカの最終話でもやっていた宇宙の描き方でしたが、約30年という時の流れが、子供の頃にはつかみどころのない大きさと怖さを感じさせたものでした。しかし春日兄弟が予定通りにアンドロメダに到着していれば、それから既に13年もの歳月が流れており、アンドロメダでの滞在期間が分からないけれども、もしかすると目的地での技術供与を得ながらベム5号をより速く航行できるロケットに改良し、太陽系に向けて帰路の途についていると思われます。
それでも春日兄弟の年齢は高齢化してしまうのだけれど、その対策として当時まだ子供だったリカと紀久男を乗せており(人道的にそれはどうなんだという話はさておき)、帰路はこの2名が専属パイロットに成長しているはずです。
シルバー仮面は彼らの帰還を待たず、実相寺昭雄さんの手で「シルバー假面」という、むしろ別世界の物語としてリメイクされましたが、話の本筋を元に戻せば、シルバー仮面である春日光二はサイボーグであり高齢化はある程度防げる可能性があり、他のクルーについても実はアンドロメダでコールドスリープ設備が提供されてましたという裏技を使ってしまうと、太陽系2030という帰還エピソードを描けるのかもしれません。さすがにキャストはどうにかしないと対応できなくなりますが、今のうちだったらまだ往路分の時間経過でどうにかできるでしょう。
というわけで、うちのブログが2000本到達(風花さんに書いてもらってます)したので、この記事が2001本め。数字にちなんでいるだけという、相変わらずくっだらない長話ばかりですみません。
ロシア以来37年ぶりの月着陸を、中国の無人探査機が果たしたとか。火星からはキュリオシティの探査データとして、はるかな古代には水の存在した痕跡が発見されたとか。
21世紀だよねえと思いながらも、20世紀とあまり変わらない成果。と、言えなくもないベクトルです。
しかし先日聞いた些細な話は、いかにも21世紀の怪と思えました。
それは6月23日の夜のことです。
あるメガソーラー発電所の管理担当者のスマートフォンに、発電所のパワーコンディショナーからアラートメールが送信されてきました。何事かと発電所に出向いた管理担当者は、テレメーターを点検しますと、深夜であるにもかかわらず、微量の発電痕跡を発見したのでした。
そんなばかな・・・
と、担当者は自宅には戻らず勤務先のオフィスに駆け込み、社で管理している各地のメガソーラー発電所全てからアラートが発信されていることを知るのでした。
それはいずれも、ごく微小な発電がおこなわれたことを示すデータ送信でした。静まり返ったオフィスで、集中監視モニターにアラートサインの明滅が続いている、見たこともない光景に、管理者は首をかしげるばかりでした。
その頃、アラートを発したメガソーラー発電所の太陽光発電パネルには、その発電所が完成してから初めての巨大な満月、スーパームーンの姿が映り込んでいるのでした。
自宅で太陽光発電の設備を持っている方、来年の8月にスーパームーンが巡ってきますので、ちょっと観察するのも一興かもしれません。本日は普通の満月ですが、普通の満月で発電するかどうかは不明です。
天堂竜と鹿鳴館香の結婚式が行われる式場に結城凱が向かう頃、物理学者R・タンホイザーが論文「運動する物体のエーテル電磁気学」を発表したかと思えば、エリオス星から地球に飛来したメカライオンと人型ロボットを載せたアダルス基地が再発動しました。この年の冬は寒く、栃木の岩舟駅をはじめとする交通機関は大雪で大幅な影響が起きて、地球気候の変動なのか暖かくなったら福岡市にガメラが出現しギャオスと交戦します。東京タワーが崩壊するほどの混乱の中、首都圏対凶悪犯罪特殊武装機動特捜班に解体通告がなされ、首都の治安維持は大丈夫なのかと官僚が呟いているところへスペースゴジラが来襲し各地を襲い福岡に降り立ちます。
すでにガメラとギャオスのせいで福岡ドームが壊されているだけに、ゴジラやモゲラまでやって来てしまう大破壊必至の状況で福岡市民は大激怒です。
いささか駆け足が過ぎる1995年。そんな大騒ぎの年の瀬に、霰は誕生しました。エスクードはテンロクのヘリーハンセンからカタログモデルのV6に乗り換えが済んでいましたが、このTA11Wに「らすかる」と名前が付けられるのはまだ2年先の話。その日の出来事と言えば、『ドラゴンクエストⅥ 幻の大地』の発売なんか、もう我が家ではどうでもよろしい一日の始まりでした。
長いようでもいつの間にやらそれから18年。とうとう霰も自動車の免許をとれる年齢になっちまいましたよ(まだ教習所には行ってませんが)。どこかの呉服屋からは早くも成人式用の振袖買ってくれと営業が来るし、その辺の宝石店からお買い得セール(八百屋かお前らは)の葉書が届くし、なんだか違った意味で騒々しい12月です。
本人曰く
とか言いながら、お祝いは日曜日にやってたりするのでした。
年賀用写真の撮りに出かけ相も変わらない構図で指示出しをしていたら、なんと三脚に付いているはずの雲台が無いじゃありませんか。ということは、ほぼ一瞬で1人だけ交代して同じアングルでシャッターを切って、1人分だけ合成(とほほ)
これを逃すと印刷が遅れるし、この天気は続かないかもしれないし。で、日の出に合わせてスタンバイです。
が・・・
東の空に太陽が輝きだすその瞬間、爆音も聞こえないざっくり1万mの空の上に、今まさに燃料投棄中の航空機が現れやがるわけです。
こここ・・・このやろーっ
さー飛行機雲の消える方が早いか日の出が早いか。いやいやそれより見とれているなよ交代要員っ(家内のことです)。でもこれが年賀状の葉書のどれくらいの面積を占めるのかというと、たぶんわかんないくらい小っちゃいんだよなー・・・
突如、かどうかは知りませんが、先日復興大臣が宮城県にやってきて、震災の記憶を風化させないためにも、震災遺構を残すべきか片付けるべきかの議論をしましょうと言いまして、宮城県知事の招集によって本日、被災地の首長達が宮城県庁にてその議論を始めることになりました。
震災遺構とはつまり、あの津波によって大破しながらその骨格だけは残されている建造物のことです。代表例が、南三陸町の防災対策庁舎で、ここに残って最後まで避難放送を続けながら亡くなられた女性職員の逸話は、それこそ風化させてはならず、別の視点ではきっと風化しないだろうという記憶です。
同じ県内の隣町とも言うべき気仙沼市に打ち上げられていた漁船は、残す残さないの紆余曲折の末に先月末に解体が終了しましたが、庁舎は民間の持ち物でないために、解体が南三陸町長の決定事項であるにもかかわらず、待ったをかけられた状況です。
知事によれば、遺構として残すべき価値はあるが、一存でそれを押しつけることはできない。そのことについてあらためて話し合いたい。というアナウンスでしたが、もうじき被災から3年目がやってこようという今、これを議論の素材にする理屈とは一体なんなのか。風化させてはならない記憶とは、物質的な保存がなければ押しとどめることが出来ないのかと思うと、いささか哀しい気がします。
そんなんだったら、沿岸の防波堤の修復なんかやめたらいい。と言われたらどうするのだろう? やめるはずがないし、やめない理屈はびしっと立ててくるのでしょう。もちろんやめる理由もないのですけど。
宮城県内には、沢山の児童が亡くなった小学校もそのまま処遇を決められずに、どうしたらよいのかと横たわっています。防災対策庁舎にしても、復興途上の様子と被災の凄惨さを知らせたいという趣旨でやって来る見学者は後を絶たないけれど、解体されその存在が無くなった気仙沼の漁船の場所には、今は誰も寄りつきません。だから残していくべきだという論旨があるのかもしれませんが、復興の進め方や、そこに居続ける遺族を含めた土地の人々のためには、一切合切無くしてしまった方が、思いの切り替えが出来るのではないかと感じます。
記憶を風化させないやり方は、ほかにもあると思う。
桐生仁が誰だかわからない人にはまったく面白みのない話でしかありませんが、彼が「紅い牙」のヒロインである小松崎蘭がアルバイトしているドーナツ店に出かけたものの、店内の甘みたっぷりの香りにはかなわないという、まあ物語の展開には全く関連性のないシーンがあります。
伝奇作家でハードボイルドを自称する彼のことですから、自らのイメージを崩さぬ警戒心も手伝ってのことだと思われますが、それでも蘭を訪ねて行ってしまうあたりは(必要に駆られてのことです)、実は隠れてこっそり食っているかもしれないという、どうでもいい想像もさせてくれたものです。
いやほんとに桐生仁の気持なんかどうでもいい話で、朝っぱらからドーナツを食える娘らの味覚や胃袋はどうなっているのだ?と思うばかりか、目当ての銘柄が焼きあがるまで待たされると、確かになんとなく胸焼けしてきたような気分になります。
ついでに言えば家内の分、お袋の分と、それぞれのお好み銘柄を一通り選んで行ったら、とんでもない数になっていたのに驚かされ、これが週末の間に完食されてしまった事実にさらにびっくり。一度の買い物で、ドーナツというのは30個近く買い求めるものなのだという学習をさせられた僕は、桐生仁の年齢などとうの昔に追い越してしまっており、「どれがいい?」と聞かれて危うく漉し餡のアンドーナツと言いそうになるのを押しとどめ「コーヒー」と答えるのみであります。
が、なぜアンドーナツを扱わないのだ、ミスタードーナツ?