ああっ、すいませんっ、でも
一服、喫はせてもらふぜへぃ!
なんのことだか分らなかった人のために・・・ならないですが。
仕方なく仕事の書類を整理するのです。そりゃーまちがっても『闘病(笑)ブログを読んだと思しき、家内も知らない更に過去の彼女から、サイトアドレスにメールが入ってきた話』なんか書きませんよ(いやいやびっくりしたね)
9時消灯の信じられないけど世間と病院の常識にも慣れて、夜中にもなっていないのにこんな状態で仕事をしたり原稿書いたり、うつ伏せから横向きに寝返りセルフリハビリなんかもやりながら過ごすわけです。周囲のいびきは、いびきはまあ人のことを言えないのですけど、これを回避するためにパソコンにイヤホンを接続して、小さなボリュームで音を流しています(といってもこれは一例)。
ベッドという環境は、作戦室には無い優れた居住性で、これは絶対に夜は寝なきゃダメだろうと思うんですが、寝返りは打ちやすいしリモコンで高さも角度も調節できるし低反動の適度な寝心地などなどを無視しつつ、夜の世界に浸っていきます。時折見回りに来る看護士の「眠れませんか」のやんわりとした威嚇には「薬を呑む時間までは、どうしてもね」と、これまた小声で言い訳します。
眠れない夜と雨の日には・・・この建物の中にいては、雨音などは微塵も聞こえませんけど、過去の浪漫好もよみがえりゃしません。忘れかけどころか、すっかり忘れてましたよ。
それは、けっこう美人とかわいいが多い看護士やリハビリ士のおねいさんたち。もそうですが、その辺を書き始めると危険を伴うので内緒。
急患として担ぎ込まれた病院が、最初は何処にあるのかも分かりませんでしたから、全容なんかもちろん知らない。体験が全てとなるのです。そのあたり、仙台市消防局のスタッフさんは適所を選んでくれて、さらに受け入れ余地があったのが幸いで、順調かどうかはともかく治療を受けることができています。しかしカーテンで仕切られた4人部屋の壁側というポジションは、完璧に下界と遮断された空間。そこで過ごす入院生活は鬱の世界です。
だからこそ早いとこ良くなって喫煙所(建物の外)に行かねばならない野心で生きているわけです(いや、さっさと退院するぞ、じゃないのか?)
そのような暮らしの中で、意外なほどに評価してしまうのが、1日三度の入院食で、毎回異なる献立も味付けも工夫が凝らしてあり、決してどころか絶対にまずくない。
はっきり言っちゃいますが、ここの食事はたいしたものです。食事を伴う入院自体、そんなに多く経験してはいませんが、今の入院食はたぶん、レベルが上がっているんでしょう。
考えてみたら、たまに外食でうまいもの食ったことを書いていても、それって全体の2割いくかどうかで、たいていは移動時間を稼ぐためにコンビニ食でした。どう考えてもここ数日の食事の方が充実してます。
作戦室から持ってきてもらった雪村誠さんの「ブラネテス」と、やまむらはじめさんの「蒼のサンクトゥス」を、もう何度読み返したことかの読み返し。業務から離れ(られてないんですが)てるときに、小説であろうと活字の本なんか読みたくないのです。送り付けられた専門書類なんかロッカーの中に放り込んでやります。もう何しろ志低くなってます。
どちらの漫画も四巻、五巻完結なので、すぐ読み終えてしまいますが、ベッドの周りに家財道具が増えるのも問題ありなので、これくらいがちょうどいい。今回はあらためて描写やら描き込みを観察して面白がろうとしております。
それで早速釘付けになるのが、「ブラネテス」の第一巻に出てくるこの話。宇宙勤労者にして愛煙家というフィー・カーマイケル姉さんの武勇伝ですが、何度読んでも痛快。そして今回に限っては、今の自分の境遇が、喫煙できないこのエピソードでじーんとこさせます。
病室は5階、喫煙許可ゾーンは病室から15mほど歩いたところにある業務用エレベータで1階に下りて、そこにある裏口からさらに10mくらい先にある・・・らしいのです。ナースはもちろんリハビリ担当のお嬢さんも教えてくれなくて、処方された薬の説明に来た薬剤師のお兄さんからようやく聞き出した最短ルート。
でも、今はそれが、大気圏再突入よりも困難なミッションなのです。
痛み止めと痛みの鬼ごっこのような日々。昼は安静とリハビリで過ごして夜は安静と睡眠で過ごせ・・・るわけもなく書類だ原稿だ講演の依頼だ(すいません、これは丁重に辞退しました)に苛まれながら、原稿書くったって図書館に行けないのよと、インターネットを徘徊して資料探しをするのですが、どうしたものか、ネット上の情報というのは図書館や資料館の書物ほどの信頼性を抱けないものがあります。それでまた悪循環に陥るわけで、ときどき仕事をぶん投げて、違うものを探し当てたり当てなかったりするのです。
それでびっくり、この楽曲とン十年ぶりの再会。
日本テレビ開局20周年の企画番組だったとかで、当時そんなことまでは知りませんでしたが、この「さよなら・今日は」は、ちょっともう解説しきれないほどめんどくさい豪華キャストのドラマでした。それでまあそんなドラマをまたよく見ていたものだ(たぶんチャンネル権がお袋にあったのでしょう)と思うけれど、ドラマの話は置いといて、チューリップともガロとも違う不思議な旋律と声色で、まがじんというグループに耳が釘付けになったのでした。おそらくまだ、つくばーど基地には、挿絵そのもののジャケット装丁のシングルレコードが残っているはずですが、彼らの楽曲を聴くことができたのはこれ一曲のみでした。
この曲は赤い鳥の「目覚めた時には晴れていた」(後にビリー・バンバンや伝書鳩もカバー)、ビリーバンバンの「さよならをするために」につながる旋律で、いずれも坂田晃一さんによる作曲。誰ですかそれは? というジェネレーションに対しては、「母を訪ねて三千里」とか「ふしぎな島のフローネ」とか「南の虹のルーシー」とかの音楽プロデューサー… まだギャップがあるとすれば、「コクリコ坂から」の主題曲の元の歌の作編曲をやった人です。そういえば、まがじんのこの曲の作詞を担当した万里村ゆき子さんが、コクリコ~の主題歌の元々の作詞をやっています。
が、こういうデータは後年知っていくお話で、子供時代の自分には、強烈に耳に残る旋律で印象付けられたものばかりです。しかし引き合いに出した二曲よりも鮮烈に体験したのは、まがじんの曲を知るさらに1年前に出っていたこっちの曲でした。これはもう阿久悠さんの詞にも持って行かれた感がありますが、なんというか、ほら、片思いの一つも始まっていたかもしれない(そういう記憶はすでに干からびて、無い)ませた小僧が、ロックンロールな方向にのめり込む直前によろめいた旋律だったのです。
あー、たった一曲になげーよ・・・ でもすべてテレビがもたらしたものだったのね。ついでによくよく見てみたら、ここに出てくるドラマ(アニメーションは除く)って、全部、浅丘ルリ子さんの出演や主演なんだけれど、僕自身は浅丘さんは苦手なタイプです。
笑っちゃいけないんだぞ、と先取りして断っておきながらも、雷蔵が寝たきり入院なんて構図を笑わずにはいられないだろうよとも思うわけです。
僕だったら、自分のことだから笑っちゃいます。
だからあなた方は、笑うな。
いや、笑わないでくださいお願いします。
などと馬鹿をやっいる場合ではないのです。
こんな状況下でもへらへらとブログが更新されているものだから、
「あっ、雷蔵さん、大したことないですね。じゃあ頼んである原稿は予定通りに」「なーんだベッドの上でも仕事してるんじゃない。それならこれやって」「まあ病気じゃなくてよかったよねー、原稿書くのは頭と手先だから腰や足には影響ないし」
などなど、人をなんだと思ってるんだの見舞いついでの仕事の依頼。
「悪いが俺は休暇だ。真っ白なシーツ、美しい看護士たち・・・」
「なに馬鹿ぬかしてんですか。今はただの飛べもしないアライグマ男でしょー?」
てめー、いつか覚えてろよ・・・と、断りきれない自分。
しかしそれらの依頼は、それはそれで入院費などを稼げるからありがたく受けますけど、古い体質の物書き仕事には、現代の病室というのは煉獄なのです。
明るいうちは原稿書きに費やせそうですが、検診やら回診やら配膳やらリハビリ指導やらで、意外と小刻みに行事が追いかけてきて、中断。日が暮れると午後9時で消灯ですから、モニターの明かりが同室の患者の迷惑にならないよう早々と中断になってしまうのです。
真夜中は・・・この病室の患者、全員、無呼吸症候群だぜ。これは初めて恐ろしいと思った。
そんなタイムテーブルで、遅々として進まない原稿ですが、最も厄介なのは、現状の臥せった自分は、一服の煙草が吸えないという過酷な環境にいることです。
僕がかかっているのは整形外科だから、吸ってもいいんです。
指定の場所にさえ歩いていければ・・・
ああっ、ブログ書いてる場合じゃないっ(でも更新される)