BLUEらすかるが急きょ入庫のため、今週はぷらすBLUEの出番です。
本当ならば11月の妙高高原ミーティングの後に、車検を兼ねて入庫させる予定でしたが、リアブレーキのドラムに異常を感じたので、1回多く予定より早くリリーフ登場。ところがこいつも幌掛けのためのフロントラッチが壊れてしまったという困った状態です。台風をどうかわせばいいのやら・・・
中秋の名月と十五夜が重なるという夕暮れ、相馬の港で昇ってくる満月を眺めていました。BLUEらすかるはあの天体までの距離を走り切り、そこから既に8万キロも離れてしまったことになりますが、そのことはつまり、帰還まで丸々30万キロの道のりを残していると宣告されているようなものです。仮に、それをこの個体で走ることが出来たとしても、現在のペースを維持して6年から7年を要する。それはそっくり、自分自身の仙台勤務とラップする予見につながっていきます。もうエリア88か銀河漂流かスペースラナウェイか、アンドロメダ2001(最後のは判る人がいないな)。のほほんとやっているようにしか見えないようでも、僕も被災者のはしくれではあります。
幸いにも生活環境を失うことは無くて済みましたが、何かが壊れてしまったようなメンタリティの中で、2年半を過ごしてきたのです。さらっと還ることはできず、さりとて逆立ちしても地元に根を下ろしている人々と同じと言うことはできず、この中途半端さは中途半端さの中でこたえることも多々あります。震災の年に作戦室を訪れた人がいま、この部屋に来たら、転勤当時からまったく家財道具が増えていない様子に、きっと驚くことでしょう。
まあときどきダウナーにもなりかかるというわけですが、こういうダークゾーンの一歩手前(仕事が忙しくて堕ちる暇もないのよ)のあぶないときに、来客があるのはきわめてありがたいことで、一緒に昼飯を食って雑談をする程度の短時間ながら、はまたにさんが出張で仙台を訪れ、駅から真っ先に事務所まで来てくれて、気分転換させてくれました。
いや、先週ふもとっぱらで会ってもいるんですけどね。それはそれ、これはこれで訪ねてきてくれることが嬉しいじゃないですか。そんな出来事があったので、独りきりで中秋の名月を眺めるときの気分は、冒頭のような前日までのそれとは切り替わっておりました。相馬のこのあたりは多くの犠牲者の出たところですから、浮かれているわけにはいきませんが、人っ子一人いない夕暮れのなかで、そっと合掌して帰路につくのでした。
本日の表題、与謝蕪村さんとは季節も内容も場所柄もまったく関係ありません。
戦災から立ち直っていった時代の東京オリンピックは、高度経済成長を促し、復興を成し遂げました。それをもう一度、奇跡のように招致できるのか。世界平和の一翼は、東日本大震災からの再生も、来たるべき大地震に対する備えも、含まれていなくてはならない。
総理大臣のなんと明るく力強い、環境汚染に対するカウンターコメントであることか。その勢いで、一度でも福島県において発言したことがあるのか。都知事ははたして基金のみで設営を賄いきれるのか。この国は地方自治から国政に至るまで、問題は先送りにし続けている。けれどすでに、右肩上がりの時代でもなくなっているのです。
この7年間という時間において、東北地方は、自ら足腰を鍛え直して再生を遂げるような機運を行動へと移さねばならないでしょう。東海、東南海トラフで巨大地震が災害を起こした時、国内のエネルギーや食糧供給、避難も含めた生活再建の可能な土地は、北海道や九州、そして東北に他ならないのです。
オリンピックの招致決定は、東京だけのお祭りではない。東北が復興から再生へとステップを切り替えるための機会と考えなくてはならないのかなと感じます。
決してケムール人の世界が招く2020年のようなことになってはならない。
7年前に岩手県で開かれたエスクードのオフラインミーティングがありまして、そこに出かけたときに、こんなところまでオーバーランして戻ってくる途中、少し遅い朝風呂に入ったのがここでした。まだエンジン載せ替え前のBLUEらすかるでしたが、いかに乗り易くて遠出の疲れない車であったかがわかります。なぜって、茨城からとうほくニュージーランド村に行くのに、八郎潟経由の末寒風山で折り返してくるのって、普通はバカ呼ばわりです。
その駅前は今でも当時のまま(7年くらいならそんなに変わらないか)。おまけ、としてでも載せたかった看板も健在です。
連日30数℃の炎天下に幌を取っ払って出かけるのはいくらなんでも危険なので、ビキニトップを装備していますが、これだと時ならぬゲリラ豪雨には太刀打ちできないのは当然。コンバーチブルだったら純正のままのリアシートは撥水シートですなどと言えたのは新車時代の話で、20数年経っていたら、たぶんそれは機能しないと思われます。
仕事で土浦まで出て、同行した部下をTXの駅まで送り届けたら、東京も基地の方面も土砂降りとの連絡。
下妻・栃木の方の空にも第2陣のような積乱雲が発達していて、迂回してもずぶ濡れになりそうで、これだと素直に常磐道で帰宅した方がましかも。と、天測しながら北上していくと、降りるインターチェンジ付近でぽつり、ぽつり。
しかし、それは夕立が去った後の名残の雨粒に過ぎず、水たまりの出来た道路には西日が反射していて、結果的には雨に降られずに車庫に戻ってこられました。
よーし、うむうむ。よーし。俺は雨男ではない。
でもこれだけ暑いと、ビキニトップか幌かなんか関係ないほどエアコンが青息吐息・・・
霙はぼーっと夜空を見上げているだけでなく、手元の台の上にニンテンドー3DSを展開して、撮影可能な最高感度の設定で写真を撮っているのですが、なんと5秒おきに3秒シャッターが切れるというインターバルタイマーを駆使しています。
携帯ゲーム機にそんなモードが備わっているとは・・・ とはいってもそこはゲーム機なので、流れる星はとらえられず、カシオペア座の一部の星がなんとか写りこんでいる程度なのですが。
しかし仮にこれで流星群が鮮やかに撮れてしまったら、一眼レフカメラの立場がないよ。
ことしのペルセウス座流星群は、早い時間に月が沈んで空がよく眺められる良いコンディションでした。それでも、背後の南西方向の空がこれだけ明るいのは、上空に薄雲が広がっているから。基地の真上も雲の流れがありましたから、流星群は見えたり見えなかったりです。