Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

逆手に取る戦術

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jukeエスクードのようなシンプルなラインで構成された車に慣れきってしまうと、ジュークのぬめぬめっとしたラインにはぎょっとさせられ、いやいやいやいや・・・こんなザクレロみたいな形なんて、と思っていれば世間的には新しいトレンドとして大いに受け入れられて久しいです。

しかしザクレロではなく、帝国のストームトルーパーだったとは気がつかなかった。いや、だって・・・それってショッカーの戦闘員だとか、ダーク破壊部隊のアンドロイドマンだとか、デーボス軍のゾーリま・・・と一緒ですもん(言いすぎです)

でも、パーソナライズという言葉はもろ刃の剣でもあり、たとえばシャア専用なんとかの車がたまたま信号待ちの交差点で出逢ってしまったら、そりゃあばつの悪いこと請け合いです。そこへ行くとこちらは帝国の兵隊さんですから、たぶん紅いのが複数台そろってしまってもレッドショルダー部隊くらいのごまかしは利きそうですが、それだったらカタログモデルの黒いやつを買ってきて、ベイダー卿に仕立て上げた方がましってもんです。もっともその黒い極めて似たような仕様がとなりに並ばないという保証も、絶対ではありません。

エスクード仲間がミーティングにやってくる風景を長いこと眺めてきて、感心してしまうことがここにあって、お互いにパーツやカスタマイズの情報交換を飽きもせずに繰り返していながら、瓜二つのそっくりさんがいないということです。パーソナライズというのは、ほっとくのに限るんです。

昨夜、満月でしたが、本日は傘の朝

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名月中秋の名月、などと言っていたのが昨日のことのように一か月すっぽ抜けた今月の満月(自分でもややこしいこと書いてると思いますが)

満月期はいろいろ無敵と言ってきた自分でありながら、筋力はおとすわ世間から取り残されるわの浦島太郎なひとときでした。

あやうく自分の誕生日も忘れるところでしたが、それは回避して、本日30歳と二百数十何か月となりましたよ。

東方全敗・不運再起

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おまえらなーっ
病人をいたわれよーっ
・・・あれ? 怪我人なのか?

いずれにしても連戦連敗のひとときでした。

笑わねば

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退院んー・・・

筋力がた落ちだ。

さてさて帰ろう。

ちょほいとまちなはぁ(いや全然意味はありませんが)

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至福一曲、歌わせてもら・・・いませんけどね。

ああっ、すいませんっ、でも

一服、喫はせてもらふぜへぃ!

 

なんのことだか分らなかった人のために・・・ならないですが。

眠れない夜と雨の日には

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mnb仕方なく仕事の書類を整理するのです。そりゃーまちがっても『闘病(笑)ブログを読んだと思しき、家内も知らない更に過去の彼女から、サイトアドレスにメールが入ってきた話』なんか書きませんよ(いやいやびっくりしたね)

9時消灯の信じられないけど世間と病院の常識にも慣れて、夜中にもなっていないのにこんな状態で仕事をしたり原稿書いたり、うつ伏せから横向きに寝返りセルフリハビリなんかもやりながら過ごすわけです。周囲のいびきは、いびきはまあ人のことを言えないのですけど、これを回避するためにパソコンにイヤホンを接続して、小さなボリュームで音を流しています(といってもこれは一例)。

ベッドという環境は、作戦室には無い優れた居住性で、これは絶対に夜は寝なきゃダメだろうと思うんですが、寝返りは打ちやすいしリモコンで高さも角度も調節できるし低反動の適度な寝心地などなどを無視しつつ、夜の世界に浸っていきます。時折見回りに来る看護士の「眠れませんか」のやんわりとした威嚇には「薬を呑む時間までは、どうしてもね」と、これまた小声で言い訳します。

眠れない夜と雨の日には・・・この建物の中にいては、雨音などは微塵も聞こえませんけど、過去の浪漫好もよみがえりゃしません。忘れかけどころか、すっかり忘れてましたよ。

 

雷神の如く?

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廊下「雷蔵さん、頭(髪の毛)が風神雷神の雷神みたいよ」

と看護士に言われて、いい加減その汗臭さも気になっていたところで、歩行補助器具を借りてベッドから出ました(数日前のことだよ)。トイレの様式便座に座るのさえやっとの状態なので、浴槽に浸かれないのです。だから浴室とは別にある洗髪台で髪を洗いに向かいます。

そこにあった鏡を見たら、なるほど三十三間堂にいる木造の雷神みたいな、ぱりぱりのパンクアタマです。

うーむ、こんなんで夜な夜な徘徊していたら、どんな反応されただろうか。

ひそやかな楽しみ

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めしそれは、けっこう美人とかわいいが多い看護士やリハビリ士のおねいさんたち。もそうですが、その辺を書き始めると危険を伴うので内緒。

急患として担ぎ込まれた病院が、最初は何処にあるのかも分かりませんでしたから、全容なんかもちろん知らない。体験が全てとなるのです。そのあたり、仙台市消防局のスタッフさんは適所を選んでくれて、さらに受け入れ余地があったのが幸いで、順調かどうかはともかく治療を受けることができています。しかしカーテンで仕切られた4人部屋の壁側というポジションは、完璧に下界と遮断された空間。そこで過ごす入院生活は鬱の世界です。

だからこそ早いとこ良くなって喫煙所(建物の外)に行かねばならない野心で生きているわけです(いや、さっさと退院するぞ、じゃないのか?)

そのような暮らしの中で、意外なほどに評価してしまうのが、1日三度の入院食で、毎回異なる献立も味付けも工夫が凝らしてあり、決してどころか絶対にまずくない。

ひるめしはっきり言っちゃいますが、ここの食事はたいしたものです。食事を伴う入院自体、そんなに多く経験してはいませんが、今の入院食はたぶん、レベルが上がっているんでしょう。

考えてみたら、たまに外食でうまいもの食ったことを書いていても、それって全体の2割いくかどうかで、たいていは移動時間を稼ぐためにコンビニ食でした。どう考えてもここ数日の食事の方が充実してます。

ささやかなる一服を星あかりのもとで

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一服作戦室から持ってきてもらった雪村誠さんの「ブラネテス」と、やまむらはじめさんの「蒼のサンクトゥス」を、もう何度読み返したことかの読み返し。業務から離れ(られてないんですが)てるときに、小説であろうと活字の本なんか読みたくないのです。送り付けられた専門書類なんかロッカーの中に放り込んでやります。もう何しろ志低くなってます。

どちらの漫画も四巻、五巻完結なので、すぐ読み終えてしまいますが、ベッドの周りに家財道具が増えるのも問題ありなので、これくらいがちょうどいい。今回はあらためて描写やら描き込みを観察して面白がろうとしております。

それで早速釘付けになるのが、「ブラネテス」の第一巻に出てくるこの話。宇宙勤労者にして愛煙家というフィー・カーマイケル姉さんの武勇伝ですが、何度読んでも痛快。そして今回に限っては、今の自分の境遇が、喫煙できないこのエピソードでじーんとこさせます。

病室は5階、喫煙許可ゾーンは病室から15mほど歩いたところにある業務用エレベータで1階に下りて、そこにある裏口からさらに10mくらい先にある・・・らしいのです。ナースはもちろんリハビリ担当のお嬢さんも教えてくれなくて、処方された薬の説明に来た薬剤師のお兄さんからようやく聞き出した最短ルート。

でも、今はそれが、大気圏再突入よりも困難なミッションなのです。

真夜中の旋律

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まがじん痛み止めと痛みの鬼ごっこのような日々。昼は安静とリハビリで過ごして夜は安静と睡眠で過ごせ・・・るわけもなく書類だ原稿だ講演の依頼だ(すいません、これは丁重に辞退しました)に苛まれながら、原稿書くったって図書館に行けないのよと、インターネットを徘徊して資料探しをするのですが、どうしたものか、ネット上の情報というのは図書館や資料館の書物ほどの信頼性を抱けないものがあります。それでまた悪循環に陥るわけで、ときどき仕事をぶん投げて、違うものを探し当てたり当てなかったりするのです。

それでびっくり、この楽曲とン十年ぶりの再会。

日本テレビ開局20周年の企画番組だったとかで、当時そんなことまでは知りませんでしたが、この「さよなら・今日は」は、ちょっともう解説しきれないほどめんどくさい豪華キャストのドラマでした。それでまあそんなドラマをまたよく見ていたものだ(たぶんチャンネル権がお袋にあったのでしょう)と思うけれど、ドラマの話は置いといて、チューリップともガロとも違う不思議な旋律と声色で、まがじんというグループに耳が釘付けになったのでした。おそらくまだ、つくばーど基地には、挿絵そのもののジャケット装丁のシングルレコードが残っているはずですが、彼らの楽曲を聴くことができたのはこれ一曲のみでした。

この曲は赤い鳥の「目覚めた時には晴れていた」(後にビリー・バンバンや伝書鳩もカバー)、ビリーバンバンの「さよならをするために」につながる旋律で、いずれも坂田晃一さんによる作曲。誰ですかそれは? というジェネレーションに対しては、「母を訪ねて三千里」とか「ふしぎな島のフローネ」とか「南の虹のルーシー」とかの音楽プロデューサー… まだギャップがあるとすれば、「コクリコ坂から」の主題曲の元の歌の作編曲をやった人です。そういえば、まがじんのこの曲の作詞を担当した万里村ゆき子さんが、コクリコ~の主題歌の元々の作詞をやっています。

が、こういうデータは後年知っていくお話で、子供時代の自分には、強烈に耳に残る旋律で印象付けられたものばかりです。しかし引き合いに出した二曲よりも鮮烈に体験したのは、まがじんの曲を知るさらに1年前に出っていたこっちの曲でした。これはもう阿久悠さんの詞にも持って行かれた感がありますが、なんというか、ほら、片思いの一つも始まっていたかもしれない(そういう記憶はすでに干からびて、無い)ませた小僧が、ロックンロールな方向にのめり込む直前によろめいた旋律だったのです。

あー、たった一曲になげーよ・・・ でもすべてテレビがもたらしたものだったのね。ついでによくよく見てみたら、ここに出てくるドラマ(アニメーションは除く)って、全部、浅丘ルリ子さんの出演や主演なんだけれど、僕自身は浅丘さんは苦手なタイプです。