盛岡市はカルデラの中にあったのかと勘違いしてしまうような景色ですが、こちらは北上山地の端っこにいて、向こう側にある奥羽山脈の端っこを眺めているのが正しい位置関係。でも、岩手山は外輪山を持つ複成火山です。
仙台との距離は170キロ程度。転勤前にはこれほどちょくちょくやって来ることになるとは思っていなかった。その割には、山頂からすそ野までくっきりすっきりしている姿が、なかなかお目にかかれません。
石巻市の旧北上川河口にある中洲(中瀬地区)は、故石ノ森章太郎さんらによって「マンガッタン」という通称を与えられています。石巻を萬画文化で町おこしし石ノ森萬画館を立地させ、情報発信しています。本家のマンハッタン島のようにインディアン部族の言葉で「丘の多い島」というほど起伏のあるところではなく、さりとてインディアン部族が「俺たちがみんな酔っ払いにされちまった所」と伝えたような逸話が・・・あるわけないですが、石ノ森さんは少年時代、この場所にあった劇場まで実家から2時間かけて自転車で映画を観に通ったというから、両者の伝えからは心酔というキーワードにはたどり着けるかもしれません。
そんな場所ですから、マリンパークの一角に、自由の女神も佇んでいますが、起伏ばかりか強固な堤防を持たず、船舶を接舷させやすくして漁業や観光、流通の拠点としていたこの地は、津波被害をもろに受けました。そして痛々しい姿ながらも、じっと海を見つめています。
以前は本家ほどではないにしろ、教会やマリーナや工場などが林立していたマンガッタンも、ほぼ突端から奥の萬画館まで見通せてしまう現在。この中洲でも新たな堤防建設が始まっていて、その敷石に使う砕石が鉄の箱いっぱいに置かれていました。これがしばらく来ていないうちに、ほとんど全部、隣に設置されたもう一つの箱に移し替えられていました。
箱と箱の間には、なぜか事務机があります。引き出しの中には油性カラーマーカーペンが入っていて、誰彼となく、誰でも、砕石に日付や名前、メッセージを書き記すことができ、何かを書き込んだ石を、書き込み済み用の箱に入れてくれという、国土交通省と施工業者の試みです。書き込みを待つ砕石は、もうほとんど残っておらず、そろそろ回収して新しい石を投入した方がよさそう。
自由の女神は、像自体はFRP製なので、土に還ることはかなわないのですが、いずれ、復興の進展をみて取り壊される方針だとか。
それでいいと思います。
なんだか去年も同じようなことをやってまして、さっき見物してきたのですが、獣の槍を携えた少年も黄色と黒の縞模様の妖怪もいませなんだ(いつの話だ)
とりあえず寝ます。起きたら一路、盛岡経由(福田パンではないぞ)で午後3時までに仙台です。が・・・昨日の仕事の最中に、本日朝、サン・プリンセスという77000トンの大型客船が青森港に寄港してくるという話を聞いてしまい・・・
うーん、どうする? せっかくだから見物したいし・・・これは乾いてなんていられないよ。