Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

トラップ

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うかつにドアを開けるとかなり大量の落雪が車内に入り込むという、何の役にも立たないドアバイザー。

コンバーチブルはハードトップと異なり、屋根からフロントグラス両サイドにかけて敷設されているはずのウェザーストリップが、屋根もろともありませんから、粉雪の着雪は素直に落ちてくるのです。

これは雪に限ったことではなくて、雨でも同じ事です。しかし雨だと最初から警戒するのに、雪だと油断するのが、雪国の人間じゃないんだなあという自己分析。

ところが、このウェザーストリップの無いコンバーチブルでも、フロントグラス側はこうなるのです。初代エスクードの多くのユーザーに不評を買った(かもしれない)、降雪時の吹き溜まり現象です。

しかしウェザーストリップがないと、フロントグラスの水滴をワイパーがなぎ払ったとき、悲惨なことになるわけです。コンバーチブルはピラーとガラスを接合するほんのわずかなパッキンでこれを代用し、見事に雪を貯めてしまうのでした。

うーむ、根本的に雪国の車じゃないと思ってましたが、結果的に機能している。

太天狗・・・誰のことだっ!

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自慢じゃありませんがこういう人相風体ですんで、ン十キロ減量しないといけないことは承知の上ながら、それが簡単にできないことに喘いでいるわけです。そこへきて先日の成人式ミーティングの前日、二ヶ月ぶりの血液検査の結果が出て

「雷蔵さん、A1cが驚異的な改善数値ですねえ。血圧はまだまだ高いですが、良い傾向です」

と、年齢相応のさほど珍しくもないことでありながらも、いくらか安堵できる診断経過を言われていたのでした(まあ最初から言われない生活だったら尚いいんですが)

ほっとして臨んだミーティングでは、120g増量で肉料理をオーダーする和邇さんに負けず、同様のオーダーをしちゃうところが愚か者なんですが、そこで切り替えてまた節制して暮らしていくのだと頑張ればいいのです。

その和邇さん、初めて訪れる天狗の森にあやかってか、遊びほうけている僕に対して家族フォローをしてくれてのことか、梅酒を一本置いていってくれました。これがまた例の世の中に一本しかないというあの手を使った超希少なのか超爆笑なのかの銘柄で、天狗の森の縁起となっている十三天狗を司るネーミングを用いてくれていました。

が・・・なんだよこのわざわざ朱で付け加えた「点」てのは(笑)

北へ還れ!(いや出勤ですから)

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自らの成人式にも出席できないほど、所属楽団とゼミのレッスンに全力を投入しているという和邇お嬢・姉ちゃんの怒りがピークに達したのか、日曜日の天狗の森が実は擬似空間Xだったのか。全国的な大荒れ模様の月曜日は、たかが300キロの通勤に7時間を要するという道路事情となりました。

いやー、ひさしぶりに頭くらくらするわ。

海街diary5

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群青 と題された第5巻が年末に出ていたようです。第4巻が出たのが2011年の8月だったので、月刊誌の不定期連載は待ちが長いなあと思わされ、結局第1巻からあらためて読み直すことになるわけです。

父親の告別式から始まっている物語だけに・・・というところは関係ないのだと理解していながらも、人の天寿というか寿命というかが身近なところにあることを突きつけてくる漫画で、以前の作品にある活劇やサスペンスの中で描かれていたものとはずいぶん異なるリアリティを感じさせます。物語がほのぼのとしているだけに、余計にずしっと来る。

それはさておき、この巻で遂に(たぶん)、看護師のアライさんがその姿を現したというのが、読者的には驚き。といっても、雑誌掲載時に既にそのイベントは発生しているわけですから、先月発売された単行本を今頃見て「おおっ」とか言ってる僕は乗り遅れてるのです。

ただ、編集者の話によると、アライさんは今月発売?の連載誌3月号にも登場するらしいことが、別の書籍の対談に出ている。語られているサブタイトルが異なっているので、二度目の登場と思われますが、対談が夏に行われているものの録り下ろし。よもやこの単行本に収録されている話数の勘違いじゃなかろうね?

リエゾン

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仲介だとか橋渡し、という語意を持つフランス語。昨日ふれたパリ・ダカールラリーなど、ラリーレイドの世界で、競技区間であるスペシャルステージ間の移動において、その行動を示す言葉としてよく使われていますが、日本においてこの言葉が頻繁に登場してきたのは、中越地震、中越沖地震や、東日本大震災、局地的豪雨による土砂災害が発生した際の地元行政機関と国土交通省とのやりとりでした。

同省の担当専門家や民間企業の専任技術者などが、被災地や災害現場に斥候派遣される時の呼称に用いられています。

東日本大震災直後は、東北のあちこちで、リエゾン派遣された人々と出会いましたが、地域においては馴染みのない言葉だっただけに、リエゾンなのかエリゾンなのかはたまたエゾリンなのか、認識できないところもあったようです。

東北ではリエゾン以外にも道路啓開、櫛の歯作戦、テックフォースなど、様々な言葉が飛び交っていました。最近では復興元年、復興道路、即年着工だとかの、記憶の風化と戦うキーワードが次々と生み出されています。どんな状況下でも、行動の前に情報が走るためです。これは、「口で言ってる暇があったら動けよ」という小言を呼び込みかねないとも思いますが、何の伝達もなければ行動にも繋がらないとも言えるのです。

日を追うごとの復興の形が目に見えてくるはずはありません。むしろ2年めにして、何が変わったのかといえば、ほとんど変わっていないのが、実状。あと2年経っても、それほどの変化は感じられないかもしれません。そんなに簡単には復興なんか進まないのです。それでも、がんばろう東北という言葉の意味に風化が起こることはないし、そうでなくてはならない。

あの頃からずっと、言葉は意志を伝えるリエゾンであり続けていると考えています。

年   始

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年賀状をいただいたり出したり、年始回りに出たり迎えたりの三が日も本日いっぱいで、明日は事務所を開けに仙台へ出勤。しかし業務における年始のアポイントメントは、ほとんどすべて、先方の偉い人々が7日から出社だということで月曜日に集中。って、そりゃないよなあ、な仕事始めになっております。

巳年といえば、同情心厚く、人のために尽す宿命を持っているのが、辰年と巳年の人々だそうで、そりゃー年男や年女の人と出会ったら忘れないでおこうと思ったりします。実は僕、巳年生まれの人とは相性の良い干支らしいのです。いやいや、もちろん僕だって、面倒を見てくれる人々には恩返ししますですよ。

巳年の運頼みや縁起物をあげると、ギリシャ神話のヘルメスが手にしたケリュエイオンの杖は、鳩の翼がついた杖に2匹の蛇が絡みついたもので、生命力や平和の象徴なのだそうです。ギリシャ神話ではアスクレピオスという名の医者が持っていた杖もこれと同様で、WHOのマークに用いられているそうです(鳩の翼は省略されているらしい)

白蛇は神の使いと言われ、白蛇に出会うと幸運が訪れる伝があり、蛇の脱皮した皮を財布に入れると財運がつくとか。東洋においても長いものの縁起は良いというのが、蛇にも例えられていますが、さすがに最近、抜け殻って見たことないなあ。

 

 

仕事納

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前任者が姿をくらまして、その後任に入ったとたんの、千年に一度の大震災という、大当たりなんだか大損なんだかさっぱりわからない東北暮らしも、二度目の仕事納です。

自分も車も、ポンコツになっていくのがわかるねえ・・・ などとぼやいていたら、ジェリー・アンダーソン氏が逝去だとか。うわー・・・まあ高齢だったから仕方がないにしても、サンダーバード、UFOなど、かなり影響されていたんだよねえ。

TOKYO2112

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それでもまだ、ガミラスが攻めてくるのはずっと先の話になりますが、児童誌を見ていたら出てきた、なんだかとてつもなく昔の記憶を蘇らせる企画ページ。なぜ今、100年後なんだろう? やっぱり東日本大震災が拡大解釈されたパラダイムを表現させるのでしょうか。いやいや、2001年あたりにこういうのは見られなかったんだよなあと思っていたので、どこで出てくるのかと待ち受けていた絵づらではあるのです。おそらく、前回これを描いたのは手塚治虫さんだとか小松崎茂さんだったかなと思われ、手塚さんが手がけた方は、僕よりもさらに年上の人たちの見た21世紀で、僕の世代だと小松崎さんではないかと思います。

その当時の科学史上、透明のチューブの中を走るエアカーやら、「てれびでんわ」によるコミュニケーションやら、反重力(これはなぜか漢字だった)ブーツやらスペースポートといった未来像を、どこまで咀嚼して描いていたのかは定かではありませんが、そのほとんどの原理が理解不能でした(だって、今に至るバカな子供だったんだよ)

それに比べて、この100年後の東京(日本)は、研究途上ながらかなり技術的な裏打ちを表に出してきているなあと感じさせられます。むしろこれだけ情報過多の時代ですから、小学生レベルになってくると、ゼネコンが発表する技術アピールで、軌道(宇宙)エレベーターの概念なんか珍しくもなくなっているでしょう。迫力満点のビジュアルながら、箱庭っぽいテクノロジーのオンパレードに見えてしまう。

でも、ウルトラ警備隊の通信端末に憧れていた時代からまだ半世紀経っていないのに、ビデオシーバーの性能をはるかに上回る携帯端末は実用化されているので、ここに描かれた100年後のひとつやふたつは、けっこう近い将来の現実になっていくのでしょう。

暦の基準

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太陽黄経が270度になると、地上(主に中国や日本)では冬至として暦のひとつの基準を示してきました。例年だと12月22日にあたるのですが、たまにそれが1日ずれ込むことがあって、ことしは昨日21日が冬至に該当しました。

世間では、五千数百年に及ぶ古代のマヤの暦が終わる日だとかで、22日に滅亡が始まるとか何とか世界各地で大騒ぎであったらしいですが、東洋じゃことしは既に、予言より1日早く暦がリセットされているということです。

忘年会の風景

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つくばーどのイベントではなく、仕事先の方。霰や霙よりはずーっと年上ながら、でも世代で言ったら僕なんかもう彼女らの父親より年上なんじゃねーか? というオヂサンになってしまったのよ。

でも、なんだかなーと思うのは、たぶん僕の方が精神年齢が幼い(汗) というより、おまえらなんでそんなにオヤジなんだよ? と、思うぞ。