Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

再び青葉の杜へ

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本日午後の便で出発。また月末に帰ってこられるといいのだけれど、まさかこっちに居る間にあっちが震度6強をくらうとは思わなかった。まともに出かけられるのだろうか・・・ ところで白状しますが、旅客機に乗るのって、今回が15年ぶり。国内線に至っては30年以上記憶がない・・・ 新幹線と言い在来線と言い、なんなんだこの田舎者っぷりは。仙台や山形以前に、羽田にちゃんとたどり着けるのか?

こんなにも青い空の下で

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などと書いて、晴天でなかったら様にならんなとは思いますが、ここは気取っておきたい親心です。我が家のエスクードの名付け親にして、幼児期には自ら、エスクードのイベントにおいて泥の水たまりにはまって真っ黒になったという長女、霰の高校への入学式です。

東北地方では災害と向き合いながらの厳しい新生活を送る同世代の子たちもいる中で、予定通りに制服が仕上がり、式に臨めるのは、幸福なことだと思います。だけど茨城もまたなかなかに被災しており、妹の霙と協力して家事を切り盛りしてきた霰もまた、褒めてやらねばならないと感じております。

まあそれにしても、式が済んだら久しぶりに父娘で、がっつりステーキちょっとはお洒落な昼食でもと考えていたら、入学式の終了後にクラス分けを伴う学力診断テストだと? はー、そんなのをこの段階からやるのかとため息をつかされます。どうも3月中に実施するはずだった予定が震災で交通機関がマヒしたために延期されていたらしい。いきなり難儀な奴だなあと同情したら、

「お母さんが入学式の日に仕事がかぶってしまったー。お父さん、式のあとの保護者説明会に出てねっ」

ななな、なんだとーっ、俺もかいっ! とーちゃんは学園祭以外の学校ってやつが大の苦手だというのに・・・

ささやかな抵抗

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この際だから禁煙しなさい。などというリアクションやコメントを寄せてくるような人には、「そんなやつぁー友達じゃねーっ」と泣きを入れますので、ゆめゆめ刺激しませんように。

JTの宇都宮、郡山の工場が被災し、全国的なのか東日本的なのか定かではありませんが品薄になってしまった例のあの嗜好品というやつが、まさか食い物や水や燃料に続いて危機的状況になろうとは思いもしませんでした。

来週あたりから、人気銘柄を仕分けして少しずつ生産再開し出荷を始めるとのことですが、僕が嗜好している例のあの銘柄は、順番としては5月中旬からだという。

「オゥ! なんてこったい!!」

幸い、心優しくご理解の深い仲間からの補給によって、この時期くらいまでは節約しながら過ごせば、手持ちの例のあの在庫が底をつくのは避けられそうです。いやもう、いざとなったらお茶っ葉とか紅茶の葉とかを、漢和辞典だとか英和辞典だとかのページを破って、巻いて火をつけるかと思っていたくらいでした(いろんな意味で危ないから絶対真似しないように)。だけど、工場出荷が停止しただけで、あっという間に店頭から消えてなくなるってことは、嫌煙絶煙環境と健康第一の世の中という風潮は、実はそれこそ世論の操作か幻想の独り歩きではないのか?と、疑惑を抱きたくなります。

えーやめませんよ、やめませんとも。でも消費量はいくらか見直しされそう。

配達された最初の手紙

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葉書の消印は3月27日、郵便受けには30日に届けられました。まだ郵便事情には少しだけ、混雑があるようですが、混雑であって混乱ではなくなってきたようです。この猫もきっと、桜の咲いているところを探して二、三日うろちょろしていたのでしょう。

仙台に越してきて、初めて受け取る手紙。電話と電子メールに依存しきっている生活の中で、郵便受けを開ける習慣は、頼みもしないのに入ってくるチラシ類を片付けるだけの毎日ですから、こういった趣向は気持ちが安らぎます。

ありがとう。何度も読み返してしまったよ。

ハヤテノゴトク

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普通なら100%ありえないところで、普段ならまず間違いなく1500キロくらいは離れて暮らしている友人と、10分ほどの立ち話をする。わずか10分と言えども(彼の仕事を邪魔しているのはこの際見逃してくれで)、千載一遇の機会を逃せるものかと、それでも一応遠慮がちに行こうと、そーっと玄関先の受付を回避して中に入ろうと思いきや

「雷蔵さんっ!」

 

彼は赤と銀の強化服・・・じゃない、制服にびしっと身を固め、玄関から飛び出てくるではありませんか。

うわーしまった! 思いっきり目立っちゃったぞ状態で、cyber-Kさんと富士山麓以来の再会。まだ1日あたり200人から300人もの急患がやってきているという、いっぱいいっぱいの日々が続いているそうですが、

「それでも昨日よりは少し落ち着きましたよ」

それはしかし、数の上での話でしょう。街のライフラインはまだ寸断。通電エリアは限られ、下水道も機能していない。津波のあとのあちこちには腐敗した泥のにおいと、重油のにおいが立ち込めています。この街の津波は河口から遡上してくるだけでなく、港の岸壁から一気に押し寄せてきて、広範囲に被害をもたらしており、瓦礫は道路上からどかされただけの、今はそれが全力という日々です。要救護者を受け入れる災害拠点病院も戦争に等しい。

そんなところにのこのこ出かけて行って!と叱られそうな僕ですが、僕は僕で災害復興に立ち上がっている人々と会うためにやってきております。その仕事が予定より少し早く完了したので、ちょっとだけ彼の職場に立ち寄らせていただいたのですが、激励されているのは僕の方という、なにをやっとるんだのオチになってしまいました。

彼らのチームはその後、任務期間を満了して、速やかに撤収していったようです。たくさんの人々が感謝をしていることと思われますが、人々はおそらく彼らの名前を知る間もなく、交代でやってくる彼らの仲間から、救護の機会を得ることになるはずです。颯の如くとはこういうことか。彼らはヒーローであろうなどとは微塵も考えていないけれど、偶像なんかでもないのです。

ちょっと間抜けに息抜きしませぅ

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 究極超人あ~る占い(なんだ今さら?)

 スーパー戦隊占い(あるんだこんなのも)

 ウルトラマン占い(こういうのがあるなら)

 ウルトラ怪獣占い(やっぱりあるんだ)

 世界名作劇場占い(なんでこんなのまで)

 あー・・・そういえば今年はサイトのいたずらできなかったなあ・・・

 ちなみに僕ですが、

 たわば先輩
 ジャッカー電撃隊
 ウルトラマンティガ
 ジェロニモン
 ペーター

 という結果になりました。

Eの付くSUPERMOON

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38万4400キロという月軌道と地球の距離は、おおむねそんなもん、という文献からの平均値で、つくばーどでは採用しています。おおざっぱに言えば、27日と何時間の周期で公転しているお月さんも、遠ざかったり近づいたりしていて、遠いときには40万と6000キロを越えています。その逆が、スーパームーンと呼ばれているらしく、今宵の月は35万6567キロという最接近値に対して、だいたい35万6577キロと試算されているから、極めて近いところで満月が輝いていることになります。19年ぶりの大接近だそうで、そういう時には「エクストラ」の冠が付くみたいです。

遠ざかった時と近づいた時のみかけの大きさは1円玉と10円玉の大きさくらいだと言われており、今夜は14%大きく見え、明るさも30%の増量ということです。午前4時ごろが、満月の完成。こういう事象は、いいこと悪いこといろいろ言われており、NASAまでもが見解を求められているのがなんとなく滑稽。しかし我々は、ペガッサ星人にあきれられたように、生息している天体の軌道を変えることなどできない未開の種族ですから、何を言われようともほっとくしかない。

ただ、ちょっと失敗したのは、先代のらすかるを走らせていた頃、ブルームーンだとかスーパームーンだとかの風物詩を知らなかったことです。先代が35万キロに到達したのは2004年の1月22日。実際の月と地球の距離は知りませんが、この日はばりばりの新月でした。実際の月が前回最接近しているのは、スーパームーンの周期に倣えば1992年あたり? おおっ、まだ先代のらすかるどころか、エスクードにはV6すらないよ。

現在、仙台でくすぶっているBLUEらすかるは、33万1500キロ。うむむむ・・・かすりもしていない。この話題を提供してくれたマミポコさん曰く「最接近でも月って遠いですね」とは、まったく同感です。まだまだ先は長い。

地震のころ圏外でした

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運がいいのはこういうことかと、三陸沖震源の地震については体験せずに、各方面からの「大丈夫か」メールで知り得ました。ご心配くださった方々、ありがとうございます。

事務所に電話がつながらなかった十数分間は、大丈夫じゃないのか? と緊張しました。仙台に戻ってみれば、実際には震度4だったそうです。作戦室への被害も皆無で、一安心しております。でも、これが取り沙汰されている宮城沖大地震とは因果関係ないらしいというので、油断できないのね。

20年経っちゃったよ

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正確にはこの写真は3月4日に撮影したものですが、1991年の3月3日には、あわやルージュやらクレヨンやらで落書きされたり空き缶をくくりつけられたりしそうになるのを回避しながら、挙式やって披露宴やって2次会やってもらって、ほぼその足で出発してここへたどり着いたのです。

寒いことは寒い日和でしたが、シーズン的には暖冬だったらしく、矢板から上がった東北道は全く凍結も積雪もなく、国道もまたドライコンディションでした。うーん、20年も経っちゃったのかー。いま遊んでもらっている仲間たちのことを、風花さん以外誰一人知らない若気の至りの時代です。

この頃、2年目の1型エスクードは、まだ100000キロも走っていなかった。もちろん月軌道まで走るなどという発想もなく、乗り換えたらまたエスクード・・・という思案もしていなかったわけですが、飽きることもないだろうなと感じてはいました。その顛末が現在のエスクードライフにはまり込んでいくのです。自分だけがはまっている分にはいいのですが、かなりよそ様を巻き込んでいます。この場所なんか、メジャー扱いされているのはSレイドくらいでしょうから。

ここまで歳を食うともはや照れも何もありませんで、こういう道楽が続けられるのは、家内の支えあってのことだよなあと思います。最初のエスクードは結婚資金(僕の預金ね)を取り崩して現金払いで買っちゃいましたからね。家内にとっては仇のような車と言っても過言ではなかったはずです。そういう車を次々と買い足し、乗り継いでいるのだから、それを黙認してくれる懐の深さには感謝せねばなりません。

いや、ほんとだってば。今週末は帰らないけどさ・・・

ベルエキップ~よき仲間~

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連載で読んでいたころには、物語に登場する馬の名前と血統を頭に入れるだけでも大変でしたが、「究極超人あ~る」「機動警察パトレイバー」の面白さとは段違いの喜怒哀楽が詰まっている、たとえベタな恋愛ものであっても、なんとなく半端な青年誌趣向の「鉄腕バーディーEVOLUTION」なんかよりはるかに面白い、「じゃじゃ馬グルーミンUP」。と言いながら、実は10年ぶりに読み返しております。残念ながら馬券を買う趣味はないけれども、競馬のことも多少わかっている今だと、出てくる架空の競走馬たちの性格やら走りっぷりやらが、2重3重に面白くとらえることができます。

単行本第2巻の表紙を飾っている仔馬は、幼名をタケルというのですが、この仔馬が主人公である久世駿平と、ヒロインである度会ひびきの出逢いを導くところから物語が始まり、生産者や調教師、騎手や馬主のドラマが26巻にわたって繰り広げられ、4年とちょっとの年月が過ぎていきます。タケルはその後調教師を介して馬主が付き、14巻目において新馬戦デビュー・優勝するのですが、その間、駿平の働く渡会牧場から、生産者としては超大手にして駿平とは恋の鞘当てをする醍醐悟の実家である醍醐ファームのトレーニングセンターに移されるくだりが・・・セリフだけで語られます。

この醍醐ファームのトレーニングセンターが、よくよく読んでみたら仙台に所在するというので、これまた「ほー、そうかいそうかい、タケルは仙台で鍛えられたのかい」とにやにやするわけです。

タケルの競走馬としての登録名は、「よき仲間」の意を持つベルエキップ。この名前は、物語の序盤から活躍するストライクイーグルやバトルホークといった極めてストレートな名前と異なり、10年前だとなかなかなじまなかったものですが、今、読み返していくと、なるほどなあという命名をされていたことに気か付きました。

駿平はその後、15年をかけて、遂にダービー出走馬を世に送り出していくのですが、そこに至る長い物語のなかで、ベルエキップことタケルは彼の時間軸での第2世代を活躍する馬で、第3世代として走り出すドルチェヴィータとアダタラヨイチこそが、駿平の物語の縦軸になっていく馬たち。そのエピソードについては、仙台も絡んできませんので棚上げしますから、機会を作ってご一読いただけると幸いです。