Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

十年一剣を磨く

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自由な日々が失われた時に
残されたものは 出発の歌・・・

しかし、それが不自由であるわけではなく、歌だけしか残らないわけでもない。エスクードで走り始めてからの10年、仲間たちと出会ってからの、もう10年。そして次の10年が始まるところに立っている。ただね、あと10年若かったらという気持ちは、なかなか抗えないものがある。

 

十年一剣を磨く、なんて言うと、仇討ちでもするのか?と思われるかもしれませんが、そちらへ転ずる心境はありません。騏驥も一躍十歩なる能わず、と言った方が良いのかもしれません。それくらい得たものの多い10年だったということです。それを開花させていくための、やるべきことがいっぱいある。ありすぎるんだけれど、この景色を眺めながら走ることもちょっと一区切りです。でもあくまで一区切りであり、閉店ではありません。これからじっくりと取り組むためにも・・・

大   寒

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昨年末から薄氷は張っていましたが、凍てつくのはここ数日のこと。さすが大寒です。北日本など雪国の天候に比べれば、氷点下でも7℃くらいで済んでいるからまだ楽な我が家。この冬、あと一回か二回くらいは、また雪が降るのだろうか。

早い 安い う・・・

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やー、これはやっぱり違うぞと思った。

丼で、ご飯で食べてこその吉野家だよなあ・・・

カレーやさん監修のランチパック(パン)もありましたが、これも同様で、本来の味からは程遠い。保存料のせいなのか実際のところはわかりませんが、すっぱいのです。程遠い味のままでまで、こういうのを出す意味ってあるのだろうか。

関を越える

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松尾芭蕉がおくのほそ道を歩いたのは1689年のこと。深川からみちのくを目指し、主だったところで日光、那須、松島、平泉、堺田、山寺、湯殿山、象潟までを北上して、そこから北陸路を経て大垣に至る約150日、2400キロに及ぶ旅でした。

心もとなき日数重ねるままに、白河の関にかかりて、旅心定まりぬ。

みちのくに入り立つ白河の関あたりまでは、芭蕉自身もこの旅の行方が不安であったとみられます。白河に至ってようやく気持ちが落ち着いて、まずは須賀川の地を目指していきます。

季節は初夏の少し前。江戸を発って6日目には黒羽に到着していながら、そこで2週間も滞在していた背景には、心許なさの前に彼の門人の世話が手厚かったからなのでしょう。

東北側の奥のほそ道ルートは、物心のついた頃に親に連れられてキャンプ行脚をしたことがあるようですが、僕自身の記憶には残っていません。その後何度か、同じルートのトレースをやっていますが、僕の旅ではまだ、福井から大垣へのトレースが残っています。しかしこれまで訪ねて見た芭蕉の足跡は、たぶん観光としてしか見てこなかったのだろうと思い始めています。今回、自ら白河の関をはるかに越えて暮らすことになって、そういうことなのかと、何度目かの芭蕉に対する解釈の更新が行われています。

さてさて、いつまで心許ない気分に苛まれるのやら(笑)。とりあえずいっぺん帰宅はします。

赤いので三倍速い・・・のは気のせい?

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長年機種更新してきたメビウスノートも、みちのく仕様の投入からライフブックに切り替えることになりました。筐体は赤です。赤いから今までの三倍は速いし快適・・・なのですが、これはオリジナルモデルで、CPUなどは本来のものより1ランク下のものが組まれているようです。物入りのため高いものは買えないし細かいことはどのみちわからないので、まあいいです。

最初に手にしたメビウスノートはスペックなんか忘れてしまいましたが、「ノートパソコンのHDDがいよいよ1G時代になった」と言われたモデル。オープン価格対応でもなくて、小売価格80万円と書かれてました(値引き30万だったけど、まるで車かバイクの買い物だよ)

それから15年、メモリが4G、HDDが640Gって、なんだか狐につままれたような気分です。だって、データ通信カードの同時契約で、ちょっと交渉したら、メビウス一号機を買ったときの10分の一の値段になった。これであと5年か10年したら、ノートパソコンのスペックってどうなってるんでしょう?

しかし、SIDEKICKさんに言われていきなりがっくりです。

「そりゃすごい進化です。さしずめZからグレートになったような」

ええっ!? 初代ウルトラマンとウルトラマンガイアくらいは違うと思っていたのに、その程度しか違わないのか?(比較対照はHDD40G時代のメビウス四号機ですが)。それはともかく、これで本部と前線基地とのやり取りができるようになります。あとはデータを持っていくための外付けHDDをひとつ調達してきたら、これがまた厚めの新書版サイズで2TB・・・ やれやれです。

SUZUKIっずの頃

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5年ほど前のイベントの様子・・・ではなく、うちの車たち(れいんさんのFB15サニーを除く)。ほんの一時期、爺ノマドとぷらすBLUEが同居していた期間があります。この頃、JB23Wも納車したばかりで、SUZUKIっずの様相を一家だけでやっているというしょーもないシーンです。これを遡ること18年くらい前がこんなんでしたから、当時から既に懲りない一族だったようです。

気がつけば20年選手

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風花さんの「のまちゃん」、はまたにさんの「コンバーチブル」が、仲間たちのエスクードの中では数少ない新車登録時(1992年)からずっと乗り続けられているワンオーナー車で、さらにきわめて古い個体に属します。

とにぃさんの「番長」やうちの「ぷらすBLUE」はそれより年式が古いけれど、この2台はワンオーナーものではないのです。前述の2台には、それだけの骨董的価値があるといえます。

「来年は、のまちゃんとうちのを並べて成人式をやりたいですねえ」

と、金曜日の昼飯時に、久しぶりにはまたにさんと飯を食いながら雑談しているときに、彼がにこにこしながらそんなことを言っていました。それを聞いて、僕はエスクードに乗り始めて23年めになるけれど、1台の固体をそんなに長く乗っていないなあと感嘆したのです。我が家で最も長く運用されたエスクードは、実は最も地味な存在だったかもしれない「爺ノマド」で、これは13年。先代の「らすかる」で10年でした。うむむ・・・意外と大事にしていなかったのかもしれない。

そうこう考えているうちに、ぷらすBLUEはまだ手元に来て5年めながら、年式の上ではことしが20年ものにあたることを再認識しました。所有記録には結びつかないながらも、とうとうそんなに昔の車に乗っている身になってしまったのです。番長なんか更に1年古いのだから、すごいことだと感じます。

ぷらすBLUEに関して言えば、本体価格よりも新調した幌のほうが高かったという逸話がありますが、それももう減価償却したというか、元を取って余りあるくらい得をしている気分(実質得している)です。こいつは月へ連れて行くというより、何年ものと呼べるかの存在意義をもっているようです。

未知の国 みちのくに

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昨年、唐突に配置転換の末東京に戻ったどたばたの1年も覚めやらないなか、会社勤めはジェットコースターのようにめまぐるしく、世の中よりも速く動けと急き立ててきます。そんなわけで、しばらく東北へ居を移し、業務をこなしてまいります。栄転でも左遷でも、どっちでもお好きなようにご想像ください。って、誤解を招きそうですが謙遜してるだけですからね。

とは言うものの、実はまだ住居も決まっていませんで、実質的には来週からビジネスホテルでちょこちょこ、東京へ戻って残務整理。住み始められるのは下旬になると思われます。なにやってんだかの年始まわりも、今週、怒涛のごとくこなさねばなりません。

2月の新年会には帰ってまいります。妙高高原、朝霧高原も昨年同様に開催するつもりであります。が、新規開拓イベントが東京から400キロとか500キロとか北のほうで設営されることになりますので、その節はご勘弁を。

仕事納め

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まあ以前も駐車場の車の中でコンビニの弁当でしたから、移動手段が鉄道に変わっただけで、まったく落ち着かないのです。移動の時間が楽とはいえ、かかる時間はかかる。仕事をするより移動の時間が多いのは今に始まったことではありませんが、ここ数日こんなんばっかです。しかしまだ飛行機に乗るところまで行っていないから、行動半径はたいしたことが無いのか。そうこうしているうちに仕事納めの日ですが、仕事は持ち帰り決定。

予防接種

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今年はじめの新型インフルエンザの猛威にびびって、電車通勤しなくちゃならない環境に変わったこともあり、3月に予防摂取していました。その効果ももうなくなっているだろうと、新たにワクチンを打ってもらいました。今考えてみれば、それ以前によくインフルエンザにかからなかったものだと思います。このことがいかに外界と接触もせず仕事もしなかったか車通勤という環境の効果であったかを感じさせます。

注射を打たれる回数は、子供の頃に比べると「ほとんど無い」といっていいほど少なくなりました。年に2回というのは、僕にとっては多かったなあ、の印象なのです。

たぶん、たいていの人がそうではないかと思いますが、日常ではそのくらい縁遠いです。骨髄検査で注射器(なのか?)で骨髄液を取られたときには、麻酔も打たれているから、年に2度というのが一回に2度だったという経験もありますが、厳密に言うとその片方は注射じゃないよね?

自分の神経が鈍くなり、皮下脂肪も筋肉も厚くなり、であるからなのか、注射針先端の角度が理想系に進化したからなのか、最近の注射は、痛くも痒くもないのです。なんであんなに、子供の頃は注射が嫌いで、しかも痛いという鮮烈な記憶が残っているのだろう。