Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

増   殖

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もはや固定電話の存在意義は、室内に置いてあるブロードバンド環境にしか残されていないという時代が、うちにもやってきました。霰と霙がそれぞれ携帯電話を持たされたことによって、わたしゃ都合5回線の契約者です。うちなんかは遅いほうだと言われましたが、自分の子供の頃ではとても考えられない。そしてインターフェースのあり方としては、やつらの方が圧倒的に習熟度を上げるのが速い。あっという間に使いこなしてます。

ひとつ気がついたことは、それらはメール機能やパケット通信、多機能ファンクションの使い方であって、電話をかけたり、かかってきた電話に応対したりする能力は、まったくダメダメ。なるほどなあと思わされます。

でも、初めて持たされたツールの便利さの裏側を警戒し、固定電話では感じなかったリスクを怖がっている部分あってのことのようでもあり、まあいいかと判断しています。

新規契約の際におまけでつけてくれた備品の中に入っていたストラップは、それぞれ二種類。片方のもののサイコロは、5か9しか出ないという、へんてこな作りになっています。ご、か、く、で合格、なんだそうです。霰は面白がってこれを取り付けましたが、かっこは良くないなあ・・・

27年めのクリスマス・イブ

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画が古くなってしまった

初ボーナスってやつを、小切手で受け取った年に、この曲がリリースされていたらしいですが、オリコン初登場では44位にもかかわらず、JR東海のCMで詞、曲、歌の完成度が見出されてその後は云々という類まれなる超長寿なこの曲。しかしさすがに定番化しすぎてか、今年は木村カエラの雪だるまな歌(違)のほうが耳に入ってきています。しかしよく考えてみると、JRのコマーシャル映像は、この歌とはまったく逆の人物配置と結末であって、きっと来ないであろうはずのキミは、ちゃんとダイヤ通りにやってくる。

そんならいーじゃんよねー。と、安心してほのぼのと見ていられたのが80年代の終わりから90年代の初頭でした。が、上司が「家族が待っているから先に帰る」。部下が「夕方から待ち合わせがあるので失礼していいですか」「金曜日、休みます」と、要領よく退勤予定を組んでいる2010年。

うへー・・・本社ってそういうところだったのか(そりゃまあ、27年前は僕もきっとそうだったんだろうけど)。と、あっけにとられた今年の打ち合わせでした。そして今日、やることいっぱいの自分は、後手を踏んでおります。飛び石連休で金曜日のイブっていうのは、いろんな意味でやってらんねー。という、ひょっとしたら同じ境遇の方々、何かしらいいことがありますように。

なにげに新型

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2010年版クリスマスラスカルは、スノーマンと化しています。例によってスノーマンは被り物仕様で、中からSSサイズの小僧を取り出すことができます。が、こいつ、いつのまにかマイナーチェンジしており、瞳がまんまる型から縦長に変更されています。アニメーションオリジナルの顔立ちに近づけようとしていると思われますが、なんとなくうら寂しい顔になって、表情が固定されてしまった感があります。

まんまる瞳の小僧のほうが、人を小ばかにしたようにさえ見えていて、らしかったんだけどなあ。

しかし一発勝負か一発芸でしか披露できないクリスマス仕様って、それだけでもかわいそうなんですが、来年あたりはこの仕様だけでも勢ぞろいさせないといけないかな。

ところでことしのこいつは、サンタクロースよろしく「お菓子のプレゼントつきです」とお店で告げられ、それらしき袋が同梱されていたので開封してみると、東京ラスカルひとくちせんべいとやらが入っておりました。うむむむ・・・うれしくなくはない。でもクリスマスにせんべいって・・・

冬   至

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太陽が南回帰線にあって、北極圏に極夜、南極圏に白夜の訪れる冬至。ゆず湯に入って小豆粥とかぼちゃを食って、家族団欒を楽しむ(うーん、早く帰れっかなあ)と、翌日はこの追い込み時期に恨めしくもありがたいお休みです。こういう行事は日本の、とは言わぬまでも、東洋独自の文化なのだろうと思っていたら、古代ゲルマン人も冬至を祝っていたとか。太陽の光が当たる限界緯度、66・6度以北の北極圏では、昼なお太陽の無い極夜が訪れるわけですから、古代の高緯度においては秋から冬にかけて日照の短くなる季節は、ある意味この世の終わりにも似た消失感と気候の寒冷化が厳しい仕打ちをしたことでしょう。

しかしこの地軸の傾きによる天文的な現象は、ちょうど今頃をピークに逆転していき、夜の季節から昼の長さが取り戻され、春へと移行していく再生のきっかけとみなされていたそうです。

これを、哲学屋さんか宗教家さんが、自ら気がついたか天文学者に教わったか、諸々の説教に織り込むと使えるぞ、と、思ったのかもしれません。古代のゲルマンの人々は、冬至に相当する頃、ユールと呼ばれる祭で、冬から春への兆しを祝ったのだとか。このゲルマン民族が溶け込んでいったローマ帝国あたりでは、農をつかさどるサトゥルヌス(クロノスのこと)神が、太陽の南への傾くの食い止めた考え、冬至の祭りを前後一週間くらい、あらゆる公的システムを休みにしてしまってぶっ続けでお祝いしたという話です。

んー・・・これは春の芽吹きと農耕の祝いという、3月のマルス神の話とよく似ているところもあるのですが、ローマ帝国はローマ帝国で、宗教的にはあちこちの影響を受けており、国力が衰退してくると信仰の面からいろいろなものが台頭してくる。そのなかで、太陽信仰のミトラ教と、キリスト教が幅を利かせていって、対立や摩擦を避けてキリスト教を取り込む際、太陽とも唱えられていたキリストの降誕祭の日が冬至の12月25日と定められたのでした。と、だいぶはしょりましたが物の本に書いてありました。

・・・するとなんですか、クリスマスの起源はローマ帝国を介して古代ヨーロッパの冬至に結びついていて、文化圏は異なるけれど天文学的に同じ季節感を味わっている北半球のアジアの冬至も、実はプレ・クリスマスを祝っていると。いやいやいや、それはローマ帝国の都合であって、少なくとも日本の場合はゆず湯と粥とかぼちゃで風邪をひかないようにという程度の風習でしょう。たまたまどの地域でも冬至を文化的に楽しんでいるのであって、 宗教観でくっつけちゃえるものではないと思いますが・・・

皆既月食

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今回の月食が始まる頃には雨も降っているらしいですが、今年三回目の皆既月食が、21日の夕方から起こるようです。太陽と月の間に地球が入り、その影によって満月が隠れていく様は、実は日食よりも起こる頻度か少ないのだとか。そういえば、月食そのものを、ずいぶん久しく見ていないな。雲の上の出来事では望むべくも無く、次の機会は来年の6月16日だそうです。

因果の糸は断ち切れず

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艱難辛苦を乗り越えて、滅亡のふちから人類を救った宇宙戦艦とその乗組員を、わずか一年足らずで人類が忘れ去ってしまったり、ましてやその存在を疎んだり、そんなことをするわけ無いじゃないかと思ったのが、「さらば~愛の戦士たち」だった。なんかもう、復興と繁栄ぶりは何処か別の異星人がヤマト帰還前に介入していて、こっそり人類を堕落の道に陥れていたとしか思えないほどの、滅亡なんて無かったも同然状態でしたが・・・

そんなシチュエーションをお膳立てして人類総じてだめなやつらに仕立て上げるのも釈然としないまま、それでも白色彗星帝国から守るのだとヤマトを担ぎ出され、やつらならこの難局を打破するだろうと期待していれば、最後の最後は特攻でケリがつく。

それは、それは「明日のために今日の屈辱に耐える」という信念を貫いた、沖田十三の子供たちのやることではなかろう! と、僕はヤマトと訣別したのでした。

その後はシリーズご周知のとおり、続編のためには無かったことだらけになってしまうし、挙句には誤診の一言で沖田まで生還しちゃうし、その沖田自身がヤマト自爆のトリガーを引くという決断をするし・・・といったものづくりには閉口しながらもようやっと完結かいと思っていたのにわけのわからぬままに復活しちゃってやれやれの世界でした。

だから、今回、ほぼ戦後の人たちによって作られたヤマトがどんなテイストに行くのか、あらぬ期待を抱いていました。ストーリーを書いてしまうわけには行かないので奥歯にものの挟まった物言いになるけれど、池内博之くんが登場した瞬間、オチがわかってしまう映画なのです。なにもヤマト的フォーマットにはまり込まなくてもいいじゃん。違ったことができなかったのかなあと、切れない因果の糸を感じた次第です。じわじわと盛り上がっていって薬室充填120%まで行ったところで、思いっきり電源ケーブルに足を引掛けられて、作業中のパソコンが落ちたって気分。まあ・・・そんなことを思ったのは僕だけなのでしょう。山崎貴監督自身は子供の頃、そのオチにこそ「やられた」らしいから、こりゃ何を言ってもそうなっちゃうのね。

やぁ!

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んふではなく、ぱふんです

まさか今世紀に入って、あ~るの新作を読めるとは思いもしませんでした。平井和正さんの「ウルフランド消滅」のような展開で、春風高校OB以外のいろいろな連中が出てきてしまうのですが、それもこれも成原博士健在、という構成。R・田中一郎君は例によって影が薄い。鳥坂センパイも、ちと影が薄い。それでもまあ、面白いからいいです。

しかし・・・ああ、読みきりなのがもったいない。

自分の世代から言うと、「光画部」「インターバルタイマーの人」「氷酢酸しぶき」「イワッシー将軍」などというあまりにもマニアックな言葉が、少なくとも干支で一回りを超えているあおいろさんから発せられるのはちょっと意外でした。

よくよく聞いたらお兄さんが買ってきた雑誌を読んでいたということですが、ところが時々、レコードやCDに収録されたドラマでないと知り得ないはずのせりふまで飛び出してくるのは、ちょっとどころではない意外性です。

でも、この「究極超人あ~る EVOLUTION」を読みながら、にやにやくすくす、うひゃひゃとやっている、うちの霙を、知らない人が傍から見たら、もっと変だと思うんだろうなあ。もとの連載が1985年から87年だったそうですから、霰も霙も生まれていないばかりか、僕だってジムニー乗りの独身でしたよ。作者であるゆうきまさみさんは、ことしが漫画家家業30周年なのだとか。そうか、原点のアニパロマンガまで遡ると、そんなに時間が経っていたのか・・

田所博士に聞いてみたい

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筑波山界隈の林道を走っていて判ることは、筑波山が東京側から見られるような独立峰ではなく、東方向と北方向に稜線の連なる山地であること。このうち北稜線には足尾山や加波山といった、地元で呼ばれる「筑波三山」の構成があり、これらが県北部にある八溝山地の南端に位置していることも、広域地図から読み取れます。

筑波三山からは、地域資源として花崗岩がとれるのは有名です。山体の構造が中生代の堆積岩に遡る変成岩や深成岩であることもよく知られています。花崗岩や斑レイ岩というやつで、斑レイ岩は侵食に強い性質を持っていますが、花崗岩は風化しやすく、花崗岩地帯には砂防地域の指定を受けているところが多いのです。

面白いのは、筑波山と加波山とでは、花崗岩同士ながら性質が異なり、筑波山側のものは斑状花崗閃緑岩という正長石の結晶を含んでいて、石材には不向きなのだそうです。しかし加波山側のものは緻密な組成を持つ稲田型花崗岩で、石材として価値が見出されています。

筑波山周辺では、砂岩や泥岩が変成したホルンフェルスや、泥岩が圧縮されて硬く緻密になった粘板岩が、骨材として採掘されています。これも花崗岩のように裂けやすく崩れやすい。だからなのでしょう、特に稜線西側の地質がもろく、県道でありながら難攻不落のアタックポイントがあったり、開通して10年足らずの林道でも崩落や損壊が相次いでいるのは。

しかし最近まであまり気にかけていなかった、既に舗装されて20年近くになる筑波山西側の林道までもが、路面に生じた亀裂、亀裂が広がってクレバス化した区間、さらに舗装の表層が剥離し砂利道に戻りつつある箇所、舗装下の地形がうねって路面に皺が発生しているところなどが目立っています。異常気象やゲリラ豪雨の影響なのか、山自体に変動が起きているのか、ちょっと心配です。調べてみたら、写真のような状態はまだいいほうで、薬王院あたりの舗装道路などは1、2年ほど前にざっくり割れてしまってガレガレになったり、道路自体が谷側に陥没してなくなってしまったりしていたそうで、かなりの被害が出ているようです。地震などではなくて、保水力の限界を、山が迎えているということか・・・

お父さんに挑む

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なかなか巧妙

あの移動体通信大手の「白戸家」シリーズが、9日の夕刻と夜に一度ずつ、間違い探しのCMを放送していました。8日のニュース宣伝で聞き知っていたので、これをチェックしてみたところ、わりと判りやすい。ということは、応募者はかなりの数に上るから、全問正解できても記念品が当たる確率は低いよなあと思いながら、同社Webサイトに行ってみると、Web限定の間違い探し も行われていました。テレビ放送の「7つの間違い」に対して、こちらは間違いが17もあるのでした。うーむ、なかなかやってくれます。

しかし一連のシリーズをチェックすればいいのだと、正解編が流れるまでそれらを見ていたら、なんと、正解編の映像は、過去に流れたCMとはまた微妙に違っているということが判明。結局、Webで流れている二つの映像から、違いを割り出さねばならないのでした。上級編だけあって、巧妙です。

高気圧が ある

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配置研究中

先週金曜日の低気圧は、昨年のつくばーどin朝霧高原Ⅱ開催日(初日未明)に襲来した暴風雨と、よく似ていたのではないかと思われます。この日初日はAレイドの第一回目を行っていましたが、午前中はCP探しをしていられるような天候ではありませんでした。そのおかげで逆に、夜から翌朝にかけては上空に高気圧がやってきて、見事な富士山を眺めることができています。ことしの朝霧高原Ⅲは、つい2週間前のことですがやはり快晴に恵まれ、験(げん)の良いイベントになっています。

そうだとすると、土曜日早朝に出かければピーカンの富士山が撮影できるのではないかと思い至り、家族の予定を聞いてみると微妙に休みがかみ合わない。しかし天気図を見れば高気圧は日曜日にも関東や東海地方を覆いつくしているので、日曜の早朝に朝霧行きを決定したのであります。

「ずっと前に写真を撮ったあたりに行くわけね?」

「そのときみたいな写真を撮る、ですね?」

という霰と霙の質疑は、8年前に開催されている最初の朝霧高原のことを言っています。このときも前夜が小雨、当日快晴のめぐり合わせで、富士山との相性は抜群に良いのです。がしかし、

「いまお前ら2人が一度に屋根に乗ったら、へこむからやめてくれぃ」

「屋根の上の元祖はわたしなのだ」

「既得権をふりかざすなーっ」

「というわけでこれは、じゃんけんですね」

などと、マイナス3℃まで冷え込んだ夜明け前の中央道にて、屋根上の権利争奪戦が繰り広げられました。いやいや、撮るのは日が高くなってからなんだから、今から騒いでないで少しは仮眠しろよと河口湖側から静岡との県境を目指し、ちょうど日の出の頃に現地近くまでやってきたので、決定権に基づき一度練習。そのまま日の出の写真を撮ってみましたが、空が青空にならないのでこれはボツになり、日が高くなるまで仮眠と朝食。だいすけさんとミキさんご夫妻に、偶然にもこちらを見つけてもらい、なんだかんだ言って朝霧高原って験の良いところだねえと、初期の目的地であるふもとっぱらに向かうのでした。

富士山上空には申し分ないほどの高気圧がやってきており、撮影は無事に完了しております。と、ここまではいいのだけれど、今からこんなことやっていて、年賀状を年内に発送すること自体間に合うのか? それがかなり心配。