Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

気がつけば20年選手

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風花さんの「のまちゃん」、はまたにさんの「コンバーチブル」が、仲間たちのエスクードの中では数少ない新車登録時(1992年)からずっと乗り続けられているワンオーナー車で、さらにきわめて古い個体に属します。

とにぃさんの「番長」やうちの「ぷらすBLUE」はそれより年式が古いけれど、この2台はワンオーナーものではないのです。前述の2台には、それだけの骨董的価値があるといえます。

「来年は、のまちゃんとうちのを並べて成人式をやりたいですねえ」

と、金曜日の昼飯時に、久しぶりにはまたにさんと飯を食いながら雑談しているときに、彼がにこにこしながらそんなことを言っていました。それを聞いて、僕はエスクードに乗り始めて23年めになるけれど、1台の固体をそんなに長く乗っていないなあと感嘆したのです。我が家で最も長く運用されたエスクードは、実は最も地味な存在だったかもしれない「爺ノマド」で、これは13年。先代の「らすかる」で10年でした。うむむ・・・意外と大事にしていなかったのかもしれない。

そうこう考えているうちに、ぷらすBLUEはまだ手元に来て5年めながら、年式の上ではことしが20年ものにあたることを再認識しました。所有記録には結びつかないながらも、とうとうそんなに昔の車に乗っている身になってしまったのです。番長なんか更に1年古いのだから、すごいことだと感じます。

ぷらすBLUEに関して言えば、本体価格よりも新調した幌のほうが高かったという逸話がありますが、それももう減価償却したというか、元を取って余りあるくらい得をしている気分(実質得している)です。こいつは月へ連れて行くというより、何年ものと呼べるかの存在意義をもっているようです。

未知の国 みちのくに

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昨年、唐突に配置転換の末東京に戻ったどたばたの1年も覚めやらないなか、会社勤めはジェットコースターのようにめまぐるしく、世の中よりも速く動けと急き立ててきます。そんなわけで、しばらく東北へ居を移し、業務をこなしてまいります。栄転でも左遷でも、どっちでもお好きなようにご想像ください。って、誤解を招きそうですが謙遜してるだけですからね。

とは言うものの、実はまだ住居も決まっていませんで、実質的には来週からビジネスホテルでちょこちょこ、東京へ戻って残務整理。住み始められるのは下旬になると思われます。なにやってんだかの年始まわりも、今週、怒涛のごとくこなさねばなりません。

2月の新年会には帰ってまいります。妙高高原、朝霧高原も昨年同様に開催するつもりであります。が、新規開拓イベントが東京から400キロとか500キロとか北のほうで設営されることになりますので、その節はご勘弁を。

仕事納め

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まあ以前も駐車場の車の中でコンビニの弁当でしたから、移動手段が鉄道に変わっただけで、まったく落ち着かないのです。移動の時間が楽とはいえ、かかる時間はかかる。仕事をするより移動の時間が多いのは今に始まったことではありませんが、ここ数日こんなんばっかです。しかしまだ飛行機に乗るところまで行っていないから、行動半径はたいしたことが無いのか。そうこうしているうちに仕事納めの日ですが、仕事は持ち帰り決定。

予防接種

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今年はじめの新型インフルエンザの猛威にびびって、電車通勤しなくちゃならない環境に変わったこともあり、3月に予防摂取していました。その効果ももうなくなっているだろうと、新たにワクチンを打ってもらいました。今考えてみれば、それ以前によくインフルエンザにかからなかったものだと思います。このことがいかに外界と接触もせず仕事もしなかったか車通勤という環境の効果であったかを感じさせます。

注射を打たれる回数は、子供の頃に比べると「ほとんど無い」といっていいほど少なくなりました。年に2回というのは、僕にとっては多かったなあ、の印象なのです。

たぶん、たいていの人がそうではないかと思いますが、日常ではそのくらい縁遠いです。骨髄検査で注射器(なのか?)で骨髄液を取られたときには、麻酔も打たれているから、年に2度というのが一回に2度だったという経験もありますが、厳密に言うとその片方は注射じゃないよね?

自分の神経が鈍くなり、皮下脂肪も筋肉も厚くなり、であるからなのか、注射針先端の角度が理想系に進化したからなのか、最近の注射は、痛くも痒くもないのです。なんであんなに、子供の頃は注射が嫌いで、しかも痛いという鮮烈な記憶が残っているのだろう。

増   殖

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もはや固定電話の存在意義は、室内に置いてあるブロードバンド環境にしか残されていないという時代が、うちにもやってきました。霰と霙がそれぞれ携帯電話を持たされたことによって、わたしゃ都合5回線の契約者です。うちなんかは遅いほうだと言われましたが、自分の子供の頃ではとても考えられない。そしてインターフェースのあり方としては、やつらの方が圧倒的に習熟度を上げるのが速い。あっという間に使いこなしてます。

ひとつ気がついたことは、それらはメール機能やパケット通信、多機能ファンクションの使い方であって、電話をかけたり、かかってきた電話に応対したりする能力は、まったくダメダメ。なるほどなあと思わされます。

でも、初めて持たされたツールの便利さの裏側を警戒し、固定電話では感じなかったリスクを怖がっている部分あってのことのようでもあり、まあいいかと判断しています。

新規契約の際におまけでつけてくれた備品の中に入っていたストラップは、それぞれ二種類。片方のもののサイコロは、5か9しか出ないという、へんてこな作りになっています。ご、か、く、で合格、なんだそうです。霰は面白がってこれを取り付けましたが、かっこは良くないなあ・・・

27年めのクリスマス・イブ

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画が古くなってしまった

初ボーナスってやつを、小切手で受け取った年に、この曲がリリースされていたらしいですが、オリコン初登場では44位にもかかわらず、JR東海のCMで詞、曲、歌の完成度が見出されてその後は云々という類まれなる超長寿なこの曲。しかしさすがに定番化しすぎてか、今年は木村カエラの雪だるまな歌(違)のほうが耳に入ってきています。しかしよく考えてみると、JRのコマーシャル映像は、この歌とはまったく逆の人物配置と結末であって、きっと来ないであろうはずのキミは、ちゃんとダイヤ通りにやってくる。

そんならいーじゃんよねー。と、安心してほのぼのと見ていられたのが80年代の終わりから90年代の初頭でした。が、上司が「家族が待っているから先に帰る」。部下が「夕方から待ち合わせがあるので失礼していいですか」「金曜日、休みます」と、要領よく退勤予定を組んでいる2010年。

うへー・・・本社ってそういうところだったのか(そりゃまあ、27年前は僕もきっとそうだったんだろうけど)。と、あっけにとられた今年の打ち合わせでした。そして今日、やることいっぱいの自分は、後手を踏んでおります。飛び石連休で金曜日のイブっていうのは、いろんな意味でやってらんねー。という、ひょっとしたら同じ境遇の方々、何かしらいいことがありますように。

なにげに新型

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2010年版クリスマスラスカルは、スノーマンと化しています。例によってスノーマンは被り物仕様で、中からSSサイズの小僧を取り出すことができます。が、こいつ、いつのまにかマイナーチェンジしており、瞳がまんまる型から縦長に変更されています。アニメーションオリジナルの顔立ちに近づけようとしていると思われますが、なんとなくうら寂しい顔になって、表情が固定されてしまった感があります。

まんまる瞳の小僧のほうが、人を小ばかにしたようにさえ見えていて、らしかったんだけどなあ。

しかし一発勝負か一発芸でしか披露できないクリスマス仕様って、それだけでもかわいそうなんですが、来年あたりはこの仕様だけでも勢ぞろいさせないといけないかな。

ところでことしのこいつは、サンタクロースよろしく「お菓子のプレゼントつきです」とお店で告げられ、それらしき袋が同梱されていたので開封してみると、東京ラスカルひとくちせんべいとやらが入っておりました。うむむむ・・・うれしくなくはない。でもクリスマスにせんべいって・・・

冬   至

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太陽が南回帰線にあって、北極圏に極夜、南極圏に白夜の訪れる冬至。ゆず湯に入って小豆粥とかぼちゃを食って、家族団欒を楽しむ(うーん、早く帰れっかなあ)と、翌日はこの追い込み時期に恨めしくもありがたいお休みです。こういう行事は日本の、とは言わぬまでも、東洋独自の文化なのだろうと思っていたら、古代ゲルマン人も冬至を祝っていたとか。太陽の光が当たる限界緯度、66・6度以北の北極圏では、昼なお太陽の無い極夜が訪れるわけですから、古代の高緯度においては秋から冬にかけて日照の短くなる季節は、ある意味この世の終わりにも似た消失感と気候の寒冷化が厳しい仕打ちをしたことでしょう。

しかしこの地軸の傾きによる天文的な現象は、ちょうど今頃をピークに逆転していき、夜の季節から昼の長さが取り戻され、春へと移行していく再生のきっかけとみなされていたそうです。

これを、哲学屋さんか宗教家さんが、自ら気がついたか天文学者に教わったか、諸々の説教に織り込むと使えるぞ、と、思ったのかもしれません。古代のゲルマンの人々は、冬至に相当する頃、ユールと呼ばれる祭で、冬から春への兆しを祝ったのだとか。このゲルマン民族が溶け込んでいったローマ帝国あたりでは、農をつかさどるサトゥルヌス(クロノスのこと)神が、太陽の南への傾くの食い止めた考え、冬至の祭りを前後一週間くらい、あらゆる公的システムを休みにしてしまってぶっ続けでお祝いしたという話です。

んー・・・これは春の芽吹きと農耕の祝いという、3月のマルス神の話とよく似ているところもあるのですが、ローマ帝国はローマ帝国で、宗教的にはあちこちの影響を受けており、国力が衰退してくると信仰の面からいろいろなものが台頭してくる。そのなかで、太陽信仰のミトラ教と、キリスト教が幅を利かせていって、対立や摩擦を避けてキリスト教を取り込む際、太陽とも唱えられていたキリストの降誕祭の日が冬至の12月25日と定められたのでした。と、だいぶはしょりましたが物の本に書いてありました。

・・・するとなんですか、クリスマスの起源はローマ帝国を介して古代ヨーロッパの冬至に結びついていて、文化圏は異なるけれど天文学的に同じ季節感を味わっている北半球のアジアの冬至も、実はプレ・クリスマスを祝っていると。いやいやいや、それはローマ帝国の都合であって、少なくとも日本の場合はゆず湯と粥とかぼちゃで風邪をひかないようにという程度の風習でしょう。たまたまどの地域でも冬至を文化的に楽しんでいるのであって、 宗教観でくっつけちゃえるものではないと思いますが・・・

皆既月食

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今回の月食が始まる頃には雨も降っているらしいですが、今年三回目の皆既月食が、21日の夕方から起こるようです。太陽と月の間に地球が入り、その影によって満月が隠れていく様は、実は日食よりも起こる頻度か少ないのだとか。そういえば、月食そのものを、ずいぶん久しく見ていないな。雲の上の出来事では望むべくも無く、次の機会は来年の6月16日だそうです。

因果の糸は断ち切れず

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艱難辛苦を乗り越えて、滅亡のふちから人類を救った宇宙戦艦とその乗組員を、わずか一年足らずで人類が忘れ去ってしまったり、ましてやその存在を疎んだり、そんなことをするわけ無いじゃないかと思ったのが、「さらば~愛の戦士たち」だった。なんかもう、復興と繁栄ぶりは何処か別の異星人がヤマト帰還前に介入していて、こっそり人類を堕落の道に陥れていたとしか思えないほどの、滅亡なんて無かったも同然状態でしたが・・・

そんなシチュエーションをお膳立てして人類総じてだめなやつらに仕立て上げるのも釈然としないまま、それでも白色彗星帝国から守るのだとヤマトを担ぎ出され、やつらならこの難局を打破するだろうと期待していれば、最後の最後は特攻でケリがつく。

それは、それは「明日のために今日の屈辱に耐える」という信念を貫いた、沖田十三の子供たちのやることではなかろう! と、僕はヤマトと訣別したのでした。

その後はシリーズご周知のとおり、続編のためには無かったことだらけになってしまうし、挙句には誤診の一言で沖田まで生還しちゃうし、その沖田自身がヤマト自爆のトリガーを引くという決断をするし・・・といったものづくりには閉口しながらもようやっと完結かいと思っていたのにわけのわからぬままに復活しちゃってやれやれの世界でした。

だから、今回、ほぼ戦後の人たちによって作られたヤマトがどんなテイストに行くのか、あらぬ期待を抱いていました。ストーリーを書いてしまうわけには行かないので奥歯にものの挟まった物言いになるけれど、池内博之くんが登場した瞬間、オチがわかってしまう映画なのです。なにもヤマト的フォーマットにはまり込まなくてもいいじゃん。違ったことができなかったのかなあと、切れない因果の糸を感じた次第です。じわじわと盛り上がっていって薬室充填120%まで行ったところで、思いっきり電源ケーブルに足を引掛けられて、作業中のパソコンが落ちたって気分。まあ・・・そんなことを思ったのは僕だけなのでしょう。山崎貴監督自身は子供の頃、そのオチにこそ「やられた」らしいから、こりゃ何を言ってもそうなっちゃうのね。