Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

月に届いた日

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10年前の3月19日。日本海側は大雪で、太平洋側もドカ雪で、日付が変わるころは東北道と秋田道が通行止めになり、翌日に秋田県の森吉山まで行かねばならなかった僕は、大慌てで(道を良く知らなかった)仙台の作戦室を出発し、山越えして国道13号で北上していました。

もうこの夜から朝にかけて、東北地方の雪道のすべてのコンディションを経験したという感じでした。

森吉山で仕事を終わらせた頃には、雪雲は東北地方を去り、明るいうちに引き上げられればアイスバーンも無いかなというくらいに天候が回復しました。現地は八郎潟にもそれほど遠くなく、あまりの寒さも手伝い、大潟村にあるポルダー潟の湯につかって暖を取った後、経度緯度公会点に立ち寄りました。

ここでこの日(2012年3月20日)、BLUEらすかるは月までの往路を走り切ったのです。

そりゃ嬉しかったですよ。夜通し怖い思いをしながら宮城から秋田まで走った褒美が転がり込んできた気分でした。人生2度目の月到達という(世の中としては何の役にも立たない)履歴も刻むことができたから。

あれから10年です。中古車で8万キロちょっと走っていた車の方は2年前一足先に月から帰還し、僕自身はあと2万キロちょっとで帰ってくる予定です。

ちなみに3月20日というと、2001年に先代らすかるが30万キロを越えた日でもあります。それをすっかり忘れており、昨日のことですが、BLUEらすかるの積算走行距離は83万キロになりました。

いかん、1日ずれちゃったよ。忘れているとこういうものです。まあずれたからって世の中には何の影響もありませんからご安心ください。

ただし毎度の記録を逃すわけにはいかないので、こういう日はどこを経由してどこまで走るかを、一応計算して出かけています。今回は120キロ程度の走行で、到着時の誤差はゴール地点100メートル手前ででした。

実際には「うわー、ちょっと危なかった」です。

虎穴に入ってまで虎子を得たいとは思わないのよ!

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一昨日アップロードした、仕事を早めに切り上げブースター接種を受けた日の医者帰りの話です。どうせすぐに発熱するわけでもないよと遅い昼飯を食おうと、何も考えずに行きつけの蕎麦屋に立ち寄ったらば・・・

ななな、なんでいるんだお前らっ

 

「あー、注射どうだった―?」

「今夜あたり要注意ですよねー」

「いやそれより、2人とも仕事休みの日なのか」

「さっき起き出したところで今しがたここへ来た」

「まだ席に着いたばかりですよー」

ここしばらく年度末多忙でATМに近寄っていなかったため、財布の中身は閑散としていたのですが、こうなっては逃げるわけにはいきませんのですよ。

虎児を得るどころか虎の子を供出する羽目になりました。

それにしても「さっき起き出した」って、ふざけんじゃねーぞ!

 

筋肉痛

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コロナワクチン3回目のブースター接種に行ってきました。噂の(なんだそれは)タケダ・モデルナ製ワクチンです。

24時間後に「ん? なんか熱っぽい」と感じたものの微熱が小一時間で鎮静化し、打った左肩から二の腕の一部がどよーんと重く鈍痛が出てます。

が、これには馬鹿みたいなオチが付いていきます。

祥月命日

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先日、親父の一周忌をさせていただきました。あっという間だったのか、長い日々だったのかの、本日が「発ち日」。これで喪が明けたと思ったら、住職から「厳密には来年巡ってくる三回忌までが喪なんだ」と諭されてしまいました。

裏山は本来なら梅の季節なのですが、一番桜の咲き誇りの方が目立ちます。もうすぐ彼岸の入り。慌ただしく春がやってきます。

さーてどうすっかなあという課題が一つ。仏壇の位牌なんですが、菩提寺が作ってくれた白木の位牌に対して、祖父母やお袋のそれはあとから黒塗りのものに取り換えられています。見映えはいいのです。だけど住職によれば、白木のものが正規版だと。

これについて、まあ一族(そんなに大勢居ませんが)の意見が割れていて、というより僕以外の全員が黒塗りに換えようと言う。双方大した理由は無いんですよ。見映えの話か、正規のあり方の話というそれだけのこと。

現当主の威厳なんてないのねー・・・

遠ざかること雲の如し

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記憶を風化させてはならないと思いとどめていながらも、浜通りに赴く機会が激減しました。忘れていくわけではないけれど、東日本大震災と対峙した日々が遠ざかりつつある心境です。

地震も津波もあれ一度ではないはずで、災害と日常は背中合わせだということを、あらためて心に刻むことで、勘弁してもらうしかなさそうです。

ただ、帰還困難区域内はともかく、原子力災害と戦っている多くの町は、賑わいを取り戻しています。各地で進んだ除染などの廃棄物も、かなりの量が中間貯蔵施設に搬入され、技術の進歩を待つことになります。廃炉への数十年を立ち止まって見ているだけではない、浜通りの気概こそ忘れてはいけないことだと感じています。

足癖が悪いのだろうか?

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昨年暮れにぷらすBLUEで踏んづけたばかりでしたが、今度はBLUEらすかるでやってしまいました。

全く同じく右リア。

次が起きたら犯罪の可能性を疑うことにしよう・・・

一周忌と40周年

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我が家個人的には、先代当主の一周忌を執り行います。早いような長かったような1年でしたが、13日に命日が巡ってくるので、菩提寺の案内に従い、本日法事となりました。

そういう日なのになんだって「宇宙刑事ギャバン」なんだよと言えば、ギャバンって子と父の物語という印象の強い番組だったから。

でもって、1982年3月5日というのが「宇宙刑事ギャバン」の放送開始。本日はまさしくギャバン登場40周年なのでした。特撮の世界でウルトラが無くて仮面ライダーが無くて、スーパー戦隊がまだ太陽戦隊サンバルカンと黎明のとき、それらのいずれにも迎合しない新しいキャラクターを産み出したという、画期的なヒーローでした。

すいませんすいません、そんな日に法事なんか組んじゃったのは、現当主の責任です。

Wind Songs

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僕らが所帯を持ったころ、クルマのラジオからはZARDのGood-bye My Lonelinessが流れていて、表題にしている相馬裕子のデビューアルバムはまだ世に出ていませんでした。なんだそのややこしい書き出しは。と自分でも思いますが、それが1991年3月の話。31年も前のことになってしまいました。二級後輩だったはずの家内は、いつのまにかため口をききやがり、一家の大黒柱と言っても過言ではないしっかり者となりました。

ことしが31年目だから当たり前のこと、昨年は結婚30周年で、我が家にあるエスクードコンバーチブルが91年式なので「真珠婚の年回り」にも花が添えられているなあと思っていたら、その年にデビューしていた日産フィガロが年末ぎりぎりに転がり込んでくるという珍事・・・いや慶事が起こりました。

なんですかねえ。この91年エフェクト。結婚式の準備に追われ、仕事を3週間分まとめてやっつけていた当時、フィガロなんて車の登場は、春先になって以降のNHK放送のアインシュタインスペシャルに出てきたへんてこなクルマ(フィガロ)を見るまで知らなかったし、この頃乗っていたエスクードは1型ハードトップで、コンバーチブルは50歳を過ぎたら探そうなどと適当なことを言っていたのです。要するにどちらも縁遠いクルマたちでした。

エスクードのコンバーチブルは、50歳を待たずに来るべくして手元にやって来ていますが、まさかフィガロが(なんせフィガロですよ。守備範囲にもないよ)これと並ぶ風景を見ることになろうとは。

そのような雛祭りで耳の日の3月3日は、どちらかを借り受けて「Wind Songs」ではなく、ちょうど30年目にあたる相馬さん2枚目のアルバム「空と海の出会う場所」を聴きながら仕事に出かけたいのよと頼んだら、「幌車でお出かけください」と言われてしまいました。フィガロの方は、既に母娘で交渉が進んでいるようです。

 

ヤマタノオジロの襲来

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キャニオンで独り、昼飯を食おうと席に座って注文をして少し後、表の国道をヤマタノオジロ(あまりに久しぶりに書くので、わかんない人多数でしょうが、霰のハスラーのことです)が華麗に素通りしていきました。

なんだ? 出張外出でもしているのか? と思っていたら、どこかでUターンして戻ってきました。

「やー、通り過ぎるときにらすかる見かけたんでー」

ということで、昼飯をおごってやることになるわけですが、親を前にすると遠慮がない。値段の高いBセットを頼みやがります。Aセットと何が違うかというと、エビフライが特大サイズなのです。まあいいけどさー。と、そのあと、背広姿の僕を見ながら

「お父さんは仕事中じゃないの?」

「そだよ。でも今日は早朝から出先取材だからもう終わりだ」

「仕事してるのがわかって安心したわー」

てめー、伝票別にするぞ

 

ノアとニュートンの狭間で

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いつ頃の太古にさかのぼるのか知りませんが「第二の月の27日目」、大洪水から逃れたノアの一族が神の宣託を受け、漂着している方舟から初めて、水の引いた大地に出られたということです。ここでノアの一族は供物を捧げ感謝祭を開き、神はそれに答えて二度と洪水を起こさぬ契約の証として、空に虹をかけたと・・・

「今日」は、そういう日らしいですがノアの話は置いときます。

虹を見つけることには吉凶双方の言い伝えがあり、民族によって分かれるようですが、その前に「虹っちゃ何色に見えるかよ?」の方が面白い。7色だろう、と、思うじゃないですか。でも雨上がりに見かける虹を眺めて、あそこが何色であのへんがこの色と、明確に識別して指をさせたこともない(あー、それって俺だけかもしれないけど)

ご存じのように、虹は太陽光が雨粒のスクリーンを透過し分光されて起きる自然現象。このことをフラスコの水などで科学的に再現した幾多の学者の中で、最も有名なのがニュートンの実験で、プリズムによる分光が7色とされたことが、戦後の日本の教育に浸透して、我々の虹が7色と結び付けられていったとのことだそうです。

ところがこの虹の色の認識は地域や民族によってまちまちで、8色から2色までさまざま。アフリカでは「薄緑」が目視されていて、日本人より得している気がします。欧米では「紫はともかく藍色は認めにくいから除外だ」という感覚により、6色の認識が多いようです。この、藍色を数えられる我々だからこそ、世界最古とも云われる青の色を再現する藍染を継承できるのかもしれないと、ノアのことなんかどこ行っちゃったんだという結論に至るのでした。