Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

しぐれときどきほどこす

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霎時施。小雨がしとしと降る、といわれる「霜降」の半ばとなり、先日の週末はしとしと以上の雨天気で気温も大分下がりました。本来はさっと時雨があって傘をさそうかと思っているうちに晴天に戻ってしまう様を言うそうですが、今週は秋晴れが続くけれど、土曜日にはまた雨が待ち受けているという話。10月28日あたりから始まる霎時施という雑節はちょうど、11月1日までを示すので、暦の示す季節感が過ぎていく風情です。

こんな秋の深まりを感じるようになったら、もう炬燵を出さずにはいられません。どうにも齢を食って血の巡りも悪くなってか、風邪を引いたわけでもないのに肩から背中にかけてのぞくぞく感が強まり、朝晩の寒さを凌がねばならないのです。昨年は11月の下旬まで頑張り、一昨年だと12月になってからの炬燵設置だったことが本ブログで記録されていましたが、我慢大会やってる場合じゃない。でもまだ通電させてもらえない(笑)。確かに二人足を突っ込んでいると体温でぬくぬくとはしています。

 

霜降~そうこう~

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暦の上では秋も終盤。実際の陽気の移り変わりにも加速度がついてきました。旧暦の時代はもう霜が降るような寒冷だったのですが、現在は昼夜の寒暖差がもたらす濃霧の朝です。

夏の間忘れていました、丁寧に暖気をしてやらないと駆動系が拗ねる、昨年から出ている症状が戻っています。水筒も炭酸水と氷から温かい緑茶に切り替わりました。

ヒトもクルマも老体です。腰の痛みはもしやヘルニアの再発ではないかと恐々としています。2013年の発症のときも東北6県縦横無尽に走っていたからねえ。この秋、いっぺんくらい杉野沢まで紅葉見物に出かけたいなと考えてもいますが、ここで動けなくなるようなリスクは回避せねばなりません。

でも、いよいよ出てきた妙高の外資リゾート開発計画も気になってしょうがない。

まんじりともしない2時間とプラス2時間半

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5月の末に入院して以降、かかりつけの病院が一つ増えて、そこでは毎回MRIに入れられ採決されてその後診察という日があります。先日その三回目に行ったのですが、この日からMRIは無くなって、採血量が多くなり、

「雷蔵さん、今回の検査では新しい項目が追加されまして、その結果が出るまで2時間かかるんですよ」

という看護師の説明。うっかり、何が追加項目だったのかを聞き忘れ、はてどこにどんな疑いがかかったのだろう? と考えだしたら思い当たることも当たらないこともまぜこぜになってアタマの中混乱してしまったのです。

まさか・・・「雷蔵さん、貴方はがん・・・」などと言われちっゃたらどうしよう・・・とか。

こういうときの2時間はもう長いのなんので、いろいろ思い当ろうとするんですがそれがまた混乱を増長させてしまう。もう覚悟を決めて医師に直接尋ねるしかないよと、2時間後に診察室前に行ってみればやたらと沢山の患者さんがいて、

「ただ今の診察は10月30分予約の方です」

という張り出し。僕は正午の診察予約ですから、少なくとも90分は遅くなる。待て待てまてっ、また余計なことを考えてしまうぞと思ってそれを回避すべく「ヴィンランド・サガ」の最終巻なんか読み始めるんですがまあ中身が頭に入ってくるわけがない。

でもって結局順番が回ってきたのが14時半。診察室に入ると、仏頂面の医師が電子カルテを見ながらこう言うわけです。

「雷蔵さん、貴方は・・・」

うわー! うわーっっっっ

「がんばってますね。数値が驚異的に改善されてます」

 

 

・・・やめろそういう紛らわしい言い方はっ

そろそろ冬物を出さねば

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ことしは秋が短くあっという間に寒くなるようなことを先月末あたりに耳にしていましたが、10月の上旬はまだクールビズスタイルと衣替え済みの格好とが入り混じった都内の人々を眺めて、ネクタイくらいは復帰させるか程度のなんとなくまだ夏っぽい体感でした。

ところが夜になると「炬燵、いつごろ出そうかね」などと言い出す自分。いやその前にトレーナーとかフリースで温度調節しろよ。

水煮の缶詰

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1872年10月10日、鰯の油漬け缶詰が日本で初めて製造され、腐りにくく持ち運びしやすいなどのブレイクスルーを果たしました。これに続き1877年10月10日には北海道開拓使がこれまた日本初の鮭缶工場を北海道石狩町に作り、量産が始まったそうです。
鰯の缶詰が無かったので鯖缶と鮭缶を夕食に持ち出してみると、なんか昔と違って缶自体が小さくなったなあと思わされましたが、2缶食ったらもう十分にお腹一杯。
東日本大震災のとき、雫さんがあちこち駆け回って緊急支援物資を仙台に送り込んでくれたのが懐かしい。そのときの鮭缶は二回りくらい大きかった気がしますし、プルトップなんかついていないわ缶切りないわで、これを開けるのに苦労しました。駐車場の車止めに缶の蓋側を力いっぱいこすりつけて熱を持たせると、蓋部分が分離できるのです。もう近所の住民に奇異の目で見られましたけどね。

寒露と有明の月

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昨日、満月でしたがアクマ族のことなんか書いてしまったので、ずれてしまいます。ただし7日は「満月の月齢」を満たしたのが昼の12時48分で、時々は見える真昼の月のなかで、満月だけは太陽とは反対側に位置する関係から日没後まで見えません。なんだ日が暮れれば見えるんじそゃねーかという突っ込みはかわして、8日になってしまったので翌早朝の「有明の月」を、早起きして見上げれば良いというわけです。茨城県あたりでは6時36分には西に沈むので、5時台くらいが良いでしょう。

僕はおそらく丑三つ時には仕事で移動開始しているので、月の撮影などやってる暇がありません。せめて雨や曇りにならないことを期待して走り出すことになります。ところで季節はゆるりと秋になっていて、本日から寒露の候。初侯を「鴻雁来」(こうがんきたる)と表し、真雁ちたが越冬のために飛来する頃と言われています。温暖化も進んでいるから、体感としてはまだそんな陽気には感じられない日中ですが。

明日満月でも今宵は十五夜

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伝統的な文化なので旧暦と太陽暦のズレには目をつむるとして、中秋の名月は「年に15回ある十五夜のたった一度だけ特別な日」なのです。本日は旧暦ならば8月15日で十五夜だから当然、暦の上では満月ですが、実際には月齢14.3。天文上の満月は明日の月齢15.3となります。ただ、その満月である10月7日の記事に、まあくだらない話なんだけれど調べていたら面白くなってしまったやつを書くので、月のお話は中秋の名月である10月6日で触れていきます。

「かかるほどに宵うち過ぎて、子(ね)の時ばかりに、家のあたり昼の明さにも過ぎて光りたり。望月の明るさを十合はせたるばかりにて、ある人の毛の穴さへ見ゆるほどなり」と、「竹取物語」の終盤に綴られたこの物語は、平安前期に書かれたらしく、だけど作者がわからないまま現代に受け継がれています。月からやってきたかぐやが月へ召されていく場面として表現されているように、望月の、つまり満月のことを示しているならば、おそらく誰だかわからない作者は中秋の名月あたりをイメージしていたのかもしれません。

十五夜だとか名月だとかの風物は中国伝来ですが、平安期に渡来しているでしょうから、そんな場面設定が行われても不思議ではない。そもそも竹取物語自体が日本最古の(しかもジャンルで言ったらSF)と言われながら、中国やチベット文学に類似例があるようですから、月に対する人類の想像力は世界的な規模だったと想像できるのです。でも竹取物語についてはまだ僕が勉強中なので深入りできません。

でもって結局こっちへ流れるんですけど、月から来た娘と言ったら僕の中では南夕子です(夕子なんだよっ)。石堂淑朗さんの脚本で突如、ウルトラの力を与えられていた彼女が「月星人」という素性を持ち、月の同胞が怪獣ルナチクスに襲われ冥王星へ避難していると。ルナチクスは月から地球へ侵攻してきたため、夕子と北斗星児によるウルトラマンエースの戦いで撃退されますが、夕子は同胞の元へ行かねばならない宿命。えっ、来週から南隊員出ないのっ⁉ と子供心に衝撃的な竹取の再現でした。

なんかもう中秋の名月どうでもいい話になってますが、これは1972年10月13日の放送でした。アポロ11の月着陸からまだ3年程度の時代です。まあまあ落胆してしまったけれど、夕子は次作のウルトラマンタロウにゲスト再登場するのですがそれは置いといて、この年の10月13日は月齢17.5。満月は28日だったようです。中秋の名月に至っては9月22日で、せっかくの夕子去就のエピソードは放送日が固定されているから暦とは連動できていませんでした。

ミミズクのりゅ・・・否違った

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XBEEが無くなる?などと不穏当不明瞭なことを言っていた営業マンを折檻してカタログを持ってきてもらったんですが、フロンクス、ジムニーノマド、eビターラと続いてきた登録車枠のなかで、一番「これは・・・」と思ってしまったのはなんでなんだろう? この余裕のないタイヤハウスはどうにかならんかとも感じますけど、ぱっと見「スズキはデリ丸が欲しかったのか?」と勘繰りながらもミミズク意匠のヘッドライト周りだそうで、デリカミニのそれとはなるほど違ってました。

白屋根のツートンもあって、これにラパンに出てきたフォギーブルーなんとかの車体色があったら(無いんですけど)霙を撃沈できるなあ。デビュー日が彼女の誕生日だし。それもこれもフィガロがどうにも直らないということになっての話です。誕生日繋がりなんて迂闊に言ったら買ってやらなくちゃなくなるし。

 

遂に近所もこうなったか

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毎年恒例の赤い羽根共同募金が始まります。子供のころは学校で強制的に10円出せと言われて買わされ、高校の頃には街頭での募金活動に駆り出されました。

あの赤い羽根、鶏のものを使っていたのですが近年、育成数が減少したとかで生産困難になったという理由で、令和になってから「ありがとうシール」に切り替わりだしているのです。遂に我が家のある街もそうなりました。裏側には作り手側のコスト縮減も透けて見えるけど・・・

女性ドライバーの日なもんで

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4年前にいっぺん書いてしまっているんですが、「女性ドライバーの日」です。21世紀ともなると、我が家だけ見ても4人家族のうち実に3人がそうなので、明治の話ならいざ知らず、いまさらこれを掘り起こす必要もなかろうと思っていたら・・・

「ねーねー、なんであたしのクルマは書かないのよー」

 

いや書いてますがな。

これとかこれとかこれ・・・こんなのも

「故障の話ばっかじゃん」

そんなわけで、冠婚葬祭のためにセダンは絶対必要! という、エスクードで披露宴だの告別式だのに行ったらいかんのかっ(行ってますけど) と憤慨したくなる論理で、雫さんはごく普通の平凡なセダンを乗り継いでいます。FB13「うさにー」からFB15「うさにーⅡ」にスイッチしたのが、そういえばBLUEらすかると同じ2005年のことでした。あー、命名者は例によって霰です。で、最近ですがオルタネータがお亡くなりに。もちろん直すそうです。直るんだよなー。