父もすなる日記(にき)といふものを、娘もしてみむとて、するなり。
それの年の三月(やよい)の二十日あまり四日の日の未の刻(とき)に、門出す。
その由、いささかにものに書きつく。
ある人、手綱引の二十年果てて、例のことどもみなし終へて、解由など取りて、住む館(たち)より出でて、手綱をとるべき所へ渡る。
かれこれ、知る知らぬ、送りす。
年ごろよく比べつる人々なむ、別れがたく思ひて、日しきりにとかくしつつ、ののしるうちに、夜更けぬ。
二十幾日(はつかあまりいくじつか)に、春の世までと、平らかに願(ぐわん)立つ。嵐田のみぞれ、車路なれど、馬(むま)のはなむけす。
上中下(かみなかしも)、酔(ゑ)ひ飽きて、いとあやしく、天狗の森のはそのにて、あざれあへり。
二月のあの日、仕事の都合で帰省できなかった霙が、表題のとおりのメールを送ってくれていまして、
おめがさんとのこれからの道行きが……平らかでは満足できないのが四駆乗りですかねえ
などと泣かせることを書いてくれておりました。そしてその日は過ぎていき、この日が巡ってきた。そんなら、娘もすなる物語すといふものを、とーちゃんもしてみむとて、するなり。ということで、紀貫之に罰を当てられそうなやつを書きなぐっております。誤解されないように記しておくと、「車路」というのが霙の秀逸なセンスで、土佐日記においては「船路」が正解です。
なんか霰の話によると、「懲りすぎたせいかメールの意図するところがわかってもらえんかったかもしれないって、落ち込んでたよ」ということらしいんですがそーじゃねんだよ、門出のときまで取っておきたかったんだよ(汗)
といった楽屋裏のお話はさておき、らすかるの名を受け継ぐ三代目の初代でつくばーど®所有エスクードはもう歴代何代目でもいいや(正確には6台目)のBLUEらすかるΩが完成しました。
「こうなるように作ったんだろうけどさー。懲りないよねえほんとに」
まあ先代とはほとんど見分けがつきませんよ。

Ω 改装なっての再就航おめでとうございます
おはようございます。
ありがとうございます。
でもまだ何カ所か預かり事項があるので、しばらく通院です。