ある日、天文学者のエリー・アロウェイは、こと座のベガ方面から発信されたと思しき電波を受信します。1985年にカール・セーガンが発表したSF小説。97年にロバート・ゼメキスが映像化した「CONTACT」という物語のサイエンスの部分はちっょと追っ払って、政治と宗教の狭間に放り込まれるエリーが体験した真実の・・・あえてフィクションでありファンタジーとして取り上げるのですが、エリーはワームホールを飛び越え、どこかの星の砂浜で幼い頃に亡くした父親と再会するのです。
なんて端折り方をするんだと言われそうですが、彼女が受信した電波信号は宇宙転移装置の概念と設計仕様書で、これを国家プロジェクトとして再現して、さらに端折って彼女が乗り組むことになるわけです。その行きつく先が、見たことのあるビーチで、父親が現れたのは、この電波を送った異星の知的生命が彼女に理解しやすくするために演出したものでした。
しかしそこから帰還した彼女に、この体験を証明できるものが何もない。科学を拠り所として生きてきた彼女が、いかにもアメリカらしい宗教観に押し切られていくのですが、彼女をペテン師だと決めつけた政治の側にも、その傲慢をひっくり返されそうな事実が待ち受けている。と、だいたいこんな感じ(書いてて自分でもわからん)
そもそもなんでそんな話を今持ち出してきた? とも突っ込まれそうですが、この物語のベースとなった、実際には射手座方面からの信号を受信した「Wow! シグナル事件」というのがあって、その観測が77年の8月15日のことでした。これを書き始めると長いのでうっちゃります。まあこじつけでしかないのですが、科学に対する、宗教観の持つ恐怖心という構図は、宗教観そのものを異にする日本人には出てこない感覚だなあと思いながらも、セーガンとゼメキスの物語に出てくる「再会」の場面は、娘が故人に巡り合う逆の図式ながら、あの世から帰ってくる先祖を迎える風習において、日本人の感性にもしっくりくるんですよ。
このシーンは後に、雪村誠さんも「プラネテス」においてオマージュを描いているんですが、いずれも盆の風情とは無縁の、宇宙のお話です。来年、このWow! シグナルから半世紀を経て、再び射手座に向けて世界中の電波望遠鏡20基を振り向けるプロジェクトが行われます。あ・・・ワームホールマシンはさすがに出てこないか。それでも8月15日に、フィクションではないファンタジーが、サイエンスのカタチで観られるというところが楽しみです。