義弟1号ンちの猫ず、元気です。 旧宅から持って行ったキャットタワーも健在ですが、 チャチャお気に入りのハンモックは重さに負けて壊れたそうな。 そらぁ耐荷重5kgに6kgと3kgが頻繁に一緒に入れば 当然壊れるわな(笑) 今度は耐荷重8kgにしたみたいけど、遠からずまた壊れるのでは(汗)
「新品のシートのビニールをはがす楽しみー♪」・・・泉野明みたいなセリフのこのシーンは、実は納車当日のもので、フィガロからの任意保険切り替えを済ませてちょっと試運転したものの、オプションで取り付ける予定だったフォグランプベゼルが茨城県内のパーツセンターに在庫なしで、自販の営業マンは平謝りしながら車を再びディーラーに持って帰ってしまったのでした。
霙曰く、「わざわざ前後のバンパーがマットブラックなのに、ベゼルが銀色なんて許せません」ということで、アクセサリーカタログの中から一番最初に選んだのがこのパーツだったのです。よりによって取り寄せとなり、これが届くのが22日。責任上自販で取付を行いたいという流れによって、霙は再びエスクードコンバーチブルで赴任地に戻らねばならなかったと。本日、あらためて車を引き取りに我々が代行で出かけるのですが、はてさて霙は年末の業務多忙で帰省してこられるのか?
15日の納車で、名義人様が運転しないことには何も始まらないぜと、ディーラーに戻される前に試運転はやりました。さすがに林道は入り口が藪漕ぎコンディションだったので突入は控えましたが、ドライ路面の裏山の上り下りに関してはさほどの非力感は無いようです。これにて霙の新車はフクロウをイメージしたとされるクロスビーなので、その車体色と屋根の黒から「セグロアオバズク」をモチーフとし、「せぐろさん」と命名されました。
これを「乃東生」と綴るのが難しいというか、読めませんです。世間では冬至の方がポピュラーですが、どんどん冬が深まっていく中、ほとんどの草木が枯れていく中で、ウツボ草だけは芽吹いてくる時期で、そのことを記しているのが「なつかれくさしょうず」。そんな地上の営みとは関係なく、公転周期と地軸の角度の関係によって、当時の頃は昼の時間が10時間を下回る、朝が来るのも遅めの時期です。記事の方も「乃東生」と関係なくなっていきます。素直に冬至のことだけ書けよってなもんです。
スーパーフレックスな仕事時間の関係により、湾岸線から晴海に向かって都内にたどり着く頃、まだ空は夜の景色です。豊洲のあたりで気がついたのは、ほんのわずかな時間、ほんとうに一瞬に近く、東京タワーの光が見えることです。日中、ここを通ってもわからなかった。
一方、東京スカイツリーは都心の外延部にあることから、中央環状線や豊洲より東の湾岸線からならばまだ遮るものが無い。無いけれど、なんかこう、見えているからといってありがたみも無い。これは世代なんでしょう、東京タワーが見えるとなんとなく嬉しい。寒々とした冬の大気をまとった時期ならではの眺めです。
・・・なにが冬至なんだかこの記事
二階堂裕さんが「路外機動帖」でグランドエスクードの車検準備記事を書いていますが、開発にタッチしていないとはいえ型式をご存じないというのはまあご愛敬でも、所有の車両が「前の所有者がアメリカ仕様にしていた云々」と言い切ってしまうのはどうなんだか。記事によればあちこち改造してあり大半の取引先で車検の請負を断られたともあるから、まさかの国内仕様前期型→わざわざ最終型へとフロントマスクまで変えていた個体だったのだろうか?
購入前に、国内仕様の最終モデルだよ、と説明しておいたんだけど・・・
グランドエスクードは後期型で二代目顔を廃止し、北米で出荷している仕様と同じものを国内でも投入していました。だから、ヘッドライトの形状が異なるのも当然のことです。これは見りゃわかるだろうと思うので、グリルが合わないなんてわかっててやってるんだろうと考えますが、車検後元に戻すのかなあ。
しかしですよ、この最終モデルの顔はいやだと、関連パーツをすべて交換して前期型にした知人はいましたが、その逆をやった人は、すみませんが聞いたことがない。人のことは言えないんだけれど、二階堂さんの原稿は私的な発信だと非常にわかりにくいです。
2005年9月5日の月齢は1.3でした。つまり新月の翌日、スズキエスクードТD61Wは僕の手元にやってきたのです。
2025年12月19日、月齢28.8。新月の前日、つまり有明の月が本日の夜空です。
新月から新月までのだいたいの日数は約29.5日で、これを朔望月と呼びますが、20年分を計算すると、247.4回の新月を過ごしてきました。
ちょっと驚き、いくらか嬉しく、なんとも哀しい巡り合わせであることを知るに至り、BLUEらすかると名付けたエスクードの最終到達点は100万キロと決め、そこで退役させるために、2025年12月19日までに達成させたかったのです。
それが2020年6月10日、地球と月の往復距離を走りきった日のことでした。
「人が想像できることは必ず実現できる」と、ジュール・ベルヌが残した言葉を真に受けての5年間でしたが、案外そうもいかないものです。ことしは僕自身に対する病床や怪我の当たり年で、BLUEらすかるの修理入庫も手伝い、予定がどんどん遅延していきました。当初は2000キロを割り込んだところでタイムアウトか?と試算していましたが、そんなものでは済まなかった。
そんなわけで、車検満了が12月19日。時間切れなんですけど、ここで主催者(?)特権の卑怯技を繰り出します。このことを見越して、BLUEらすかるは11月末に車検を通しました。残る道のりは2026年の冬の間に、のんびりと走り抜けようと思います。一昨年あたり、「車検満了までに達成できなくてもそこでゴール」って、実は言っちゃってるんですが、あれ、無しにします。