「私がやったわけじゃないんですよー」
という声は聞き入れておりますが、管理不行き届きと不可抗力を天秤にかけたうえ、BLUEらすかるΩのドア傷タッチアップ作業は霙の仕事となりました。手先も器用だしね。
霙の新車を引き取りに行くと、自販の若い営業マンがすでに来ておりました(そりゃ来てるよね)。へー、クロスビー使ってるんだーと、しげしげと眺めるのですが、Aピラーから前側を一新した効果というのは「このクルマってこんなにスマートだったっけ?」という雰囲気で、マイナーチェンジ前のものよりコンパクト感があります。その営業マンの子、会うなりいきなり平謝りを始めるのでこちらも面くらいました。
「ご注文いただいていたオプションのパーツの一つが在庫なしなんです。なんとか年内には取り寄せますのでご容赦ください!」
「えー? アクセサリーカタログに載っているパーツが在庫無いって、そんなことあるの?」
雫さん、容赦ないです。が・・・よくよく考えてみると、普通あんなの注文する客いないよなーとも思ったのですが。それでも霙が真っ先にここはこうしたいと選んだ部品なので、待たねばなりません。
TDA4Wの7型、ランドブリーズに乗っているくろさんからメールと写真が届きました。
常々不満に思っていらしたスペアタイヤの廃止された三代目後期型を、自ら部品探しと専門業者との交渉によって、見事に中期型以前の後姿を再現しております。
「サイドビューは寸詰まり感、リアビューはTDA4-4型以前比でフロントマスクに対しあっさりしすぎており、バランスの悪さも感じておりました。今回のスペアタイヤ取り付けによって、見た目も機能もエスクード本来のあるべき姿に戻すことができたと思っております」
部品が出てくれば技術的には可能な仕様変更ですが、何軒かのお店には「できない」と断られ、話を聞いてくれるところにたどり着くまでにも、くろさんは大変な手間をかけられたそうです。もちろんかかった費用もばかになりません。しかし、されどスペアタイヤなのです。これの在る無しは、仮にタイヤ自体がバーストした場合のサバイバビリティにつながるもので、自動車は搭乗者の安全を護るためにこのような部分でコストを削減すべきではありません。
くろさんは見栄えやデザイン性だけでなく、機能論としてこのカタチにたどり着こうと頑張っていらっしゃいました。情熱ってすごいなあと思います。エスクードが気に入って、歴代モデルそれぞれに愛着を持ち手を加えていくユーザーさんがいらっしゃることに、大いに感動しております。
BLUEらすかるを手に入れた頃の谷田部テストコース跡は、まだバンクがそのまま残されていて、このあたりに建つ商業施設群の影も形も無かったのですが、今はバンク跡の方が跡形もなくなってしまいました(別の場所に切り刻まれたバームクーヘンじゃあるまいし、のようなオブジェ化したものが残ってはいますが)。このまま放置しておくと、乗り込んじゃう輩も出てきて危険と言えば危険でしたから撤去されるのも仕方ないのですが。
今やテストコースは県北部に移転し、筑波はつくばと呼ばれるようになって、かつては自動車産業の一ジャンルとして様々な試験実験が行われていた昭和史も夢のあとです。谷田部と聞くと、自動車雑誌での企画記事をよく思い出しますが、つくばエクスプレスの沿線開発はいとも簡単にモータリゼーション文化の一大拠点を消し去ってしまったのだなと感じます。デビュー当時のスズキエスクードも、この周回路を走らせた記事が残されています。
台所の照明がロータリースイッチの故障で常夜灯以外使えなくなり、日曜日に量販店に買い付けに行って、ついでに取付の工事も依頼したのです。なぜかというと天井のシーリングもかなり劣化していて漏電火災の危険があるかもしれないから。
年末ですが工事予定はすぐに日取りを確保でき、特約店の電気屋さんがやってきました。その電気屋さん手際よく作業を終えて、脚立を片付けながら一言・・・
え? いまエスクードって言った? 初代って付けてた?
ちくしょーっ、年寄りコロリな一言だぜっ 聞いたところ親御さんが昔乗っていたのがテンロクノマドだったらしく、馴染みのある、懐かしいクルマなんだそうで。
すると一緒にやって来ていた、彼と同世代の同僚さんが
そーなんだよーっ、実はもう1台、幌車もあってさー ←完全にやられてます
でもってこの流れですから、オドメーターも見ていただきました。同型2台で珍しいどころか、片方は994600キロ走ってます。二度三度の驚きの声とともに、工事の作業確認にサインしながらクルマ談義が展開しましたよ。あー・・・俺もうすっかり年寄りだなあ。