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  ~懲りない傾向~

鎌倉七座と鎌倉五浜を全部のせな覚書

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絹座、炭座、米座、檜物座、千朶積座、相物座、馬商座。南北朝時代に発したといわれる、鎌倉において販売や製造の独占権を持つ集団とその居場所を示す言葉で、これを鎌倉七座と呼ぶそうです。歴史的には「材木座」ではなく、檜の皮を素材に器を作っていたという檜物座が正しいようで、後に頼朝が鶴岡八幡宮を造営する際大量の材木を海路で運搬し陸揚げしたことから「材木座」の名が出てきたとかなんとか(諸説あるのでこの辺で逃げます)

材木座海岸は由比ガ浜、坂ノ下、七里ヶ浜、腰越と並んで鎌倉を代表する海辺ですが、昼飯を食いに行くとなかなか競争率の高いところでもあります(突然話題が変わるなあ)。予約を取っておけばいいのでしょうが駐車スペースは予約対象にならない。開店後あっという間に埋まってしまうのが「海沿いのキコリ食堂」の人気です。運よく開店五分前で三番目の入店権利を獲得でき、夫婦で昼飯をいただいてきました。夏日でも風が適度に流れて心地よい昼どきです。

 

ひぇぇぇ

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あわわわわ

玄関先の鉢植えに水を撒いていたら
慌てて飛び出してきたカナヘビ。
鉢の下でぬくぬく寝てたのか、暑さを避けて
潜ってたのか・・・。
いずれにしても、驚かせてごめんなさいよ。

もしも夕陽がきれいだったら♪

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フジ・オートに部品取り付けを依頼していたクロさんに、「お昼ご飯に行くなら東松山まで足を伸ばしてみて」と薦めていたらば、エスクードを回収したのち、キッチンカフェくらんぼんに出かけてくれて、お店も献立も気に入っていただけたようです。年に数回しか行かないから常連の域には届いていませんが、くらんぼんを知り、訪ねてから、かれこれ20年くらいになります。まあこの店を知るきっかけが「仮面ライダー剣」だというところがアレですが。

グラタンが名物のようですが、『手打ち生フェトチーネ』というのに惹かれてこちらを注文。トマトクリームで美味しかったです♪
16時の遅いお昼となりましたが、営業時間中はずっと豊富な食事メニューが頂けるって良いですね👌 住宅街の中なのにのんびりした広い敷地があって、そこに独特の雰囲気の個性的な建物。店内の構造もアトラクションみたいで食事やお茶に来る以外にも楽しめる。他には無い、非常に面白いお店です。

クロさんには美味しいパン屋さんをたくさん教えていただいているので、ここまで通ってくるのならば、カフェ・マル・ダムールという喫茶店になっていたあそこや、もうちょい走ってミルクディッパーと呼ばれていたあそことか、さらに遠出して実はカレーのないカレーの店ポレポレにも案内したいところです。夕日はとっぷり落ちちゃうけど・・・というより全部平成仮面ライダー括りだよ。

染井から八重へ

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満開。

度々写真をのせていた桜がすっかり葉桜になり
替わってすぐ近くのお宅に植えてある八重桜が
満開です。
濃いピンクの種類もあるけど、やっぱり桜は
この色がいいなぁ。

 

蛙の鳴くねも鐘の音も

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入日薄れる時間帯じゃないし山の端は見渡せてないし・・・でも霞は予想以上に深いというか、これきっと花粉だね。

今年は桜以上に、陽の当たる菜の花の色彩に強烈に魅入られておりますが、なかなか思うような場所に辿り着けていません。なんとか撮ってみたですよ。空が青かったら言うことないんだけれど、それこそ朧月夜じゃないよねえ。

もっとも撮影したのが菜の花畠ではなく堤防上の道路ですから、朧月夜を作詞したと云われる高野辰之さんには「情景がだいぶ異なる」と叱られそう。さすがに高野さんが過ごした北信地方にはこの段階で出張予定がないので関東平野の菜の花です。でもってこれに見とれているうちに曲がるべき分岐を通過してしまい、次の斜路で集落に下りたら先へ行ける道が無くなり、路地をうろちょろして戻る途中という不審者ぶり。それはともかく、4月13日は高野さんの生誕の日(146年目)

春本番。

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並んでるけど、つがいかな?

ツバメさんあちこちで見かけるようになりました。
写真の右側のツバメさん、尾羽が結構長いけど
モテモテ??
(一説には尾羽が長いオスの方がモテるとか・・・)

風がやんだら♪

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エスクードですが、ようやく10万キロを達成しました!
その10万キロの節目に選んだ場所は大昔私がサーフィンをやっていた頃よく行っていた海岸沿いの道路ですが、その頃と景観が変わっており、撮影時にうまく構図が取れませんでした。
エスクード奥の芝が傾斜がついているせいもありますが、せめてガードパイプがなければもう少し海が見えていたと思います。
カメラの位置も盛り土している少し高い場所から撮影したのですが、なにせ15mほど離れておりまして子どもを交えてのセルフタイマー撮影が大変でした(汗)

こうやって家族連れて車の撮影に行くことはなかったので、子どもがジッとしていられない時期の大変さがよく分かりました。
次回は娘がもう少し言うことを聞くようになっていればいいのですが・・・
ん?!その時は息子が言うことを聞かない時期かぁ~(笑)

Cyber‐Kさんから素敵な便りが届きました。やー、四半世紀前の自分を思い出します。うちは娘らが動き回るということは、少なくとも撮影のときには無かったので楽でしたが、Kさんはこれを撮るために三脚と立ち位置を何度も往復したそうです。グランドエスクード時代に比べて、四国の海岸線は来るべき巨大地震と津波災害に備えての様変わりですが、いつかの将来、風がやんだら沖まで、親子で漕ぎ出す日が訪れるのかもしれません。

 

風薫る(4月だけど)

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覗き込んでいるが意味は無い。

花粉も吸い込んでますけどね(汗)
「ここまで温たかったら水に濡れても寒くないだろ」と
サクシードとあおちゃんの洗車しました。
艶艶ボディーだぁが。拭き上げるそばから降る埃(泣)
で、今週の後半は天気が微妙な・・・

 

花見総括

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墨田川とか目黒川とか千鳥ヶ淵とかに行かないのかよという独り突っ込みをしつつ、まあまあ地味~に近場で楽しめてしまう功罪です。ことしは陽気にも恵まれました。ソメイヨシノはだんだんと葉桜になり、基地の裏手で八重桜が後を引き継いでおります。

馴染みのケーキ屋では桜の塩漬けをマドレーヌに仕込んだ新作を出していますが、これも季節限定なので連休までに販売が終わるようです。

天狗の森は5日ほど前から山桜が一斉に開花し、さながら山容は腐海の様相です。

 

ローレンツとワイズとスピルバーグに怒られそうな話

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なにやら霰が大学時代の友達に「ウエスト・サイド・ストーリー観て!」と大きく奨められているのを端で見ていて(インターネット回線での対話)、あれは「ウエスト・サイド物語」ではなかったのか? まーどっちでも同じだけどと思っていたら、

「ウエスト・サイド・ストーリーってそんなにすごい映画なの?」

と聞かれたので、悪乗りするとーちゃんでした。

「1950年代のニューヨークのウエストサイドという街は、マンハッタンの移民居住区で、コミュニティを守るために自警し合う中から対立抗争が絶えず、他民族に対して他民族の自警団はギャングにも等しかった」

「ふむふむ」

「あるとき、その抗争で不可抗力から、あるグループの若者が敵対グループのリーダーを刺し殺してしまう事件が起きた」

「ほうほう」

「殺人者となってしまった若者は、逃亡の途中黒ずくめの男達に逃亡の幇助を受けた」

「それでそれで」

「彼は男達に拉致され、黒い幽霊団の研究所でサイボーグ手術を施される」

「・・・いやそれは、いくらスピルバーグだからって」

「うそじゃねーもんっ」

 

父娘の馬鹿会話はさておき、「ウエスト・サイド物語」はアーサー・ローレンツによって脚本が起こされ1957年に上演されたミュージカル。これを映画化したのがロバート・ワイズの1961年の同タイトルで、最近のスティーブン・スピルバーグ作「ウエスト・サイド・ストーリー」は、意外にもまだ二度目の映画化です。

石ノ森章太郎さんがサイボーグ009の誕生編に描いた002編は、ページ数の関係からウエストサイド物語の悲恋もの部分はオミットされ、いきなり決闘に至るのですが、ジェット・リンクの名前もこの物語から由来しているのは有名なお話です。

61年というと、石ノ森さんは夏から取材旅行で海外へ出ている。映画のアメリカ公開が10月で日本へは12月に入ってきた映画です。64年にはミュージカルも日本で上演されているので、石ノ森さんは帰国後にこの映画か舞台かを観ていたのでしょう。その接点がなかったら、002は野球選手とかボクサーとかの設定になっていたかもしれない。