Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

やぁ!

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んふではなく、ぱふんです

まさか今世紀に入って、あ~るの新作を読めるとは思いもしませんでした。平井和正さんの「ウルフランド消滅」のような展開で、春風高校OB以外のいろいろな連中が出てきてしまうのですが、それもこれも成原博士健在、という構成。R・田中一郎君は例によって影が薄い。鳥坂センパイも、ちと影が薄い。それでもまあ、面白いからいいです。

しかし・・・ああ、読みきりなのがもったいない。

自分の世代から言うと、「光画部」「インターバルタイマーの人」「氷酢酸しぶき」「イワッシー将軍」などというあまりにもマニアックな言葉が、少なくとも干支で一回りを超えているあおいろさんから発せられるのはちょっと意外でした。

よくよく聞いたらお兄さんが買ってきた雑誌を読んでいたということですが、ところが時々、レコードやCDに収録されたドラマでないと知り得ないはずのせりふまで飛び出してくるのは、ちょっとどころではない意外性です。

でも、この「究極超人あ~る EVOLUTION」を読みながら、にやにやくすくす、うひゃひゃとやっている、うちの霙を、知らない人が傍から見たら、もっと変だと思うんだろうなあ。もとの連載が1985年から87年だったそうですから、霰も霙も生まれていないばかりか、僕だってジムニー乗りの独身でしたよ。作者であるゆうきまさみさんは、ことしが漫画家家業30周年なのだとか。そうか、原点のアニパロマンガまで遡ると、そんなに時間が経っていたのか・・

田所博士に聞いてみたい

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筑波山界隈の林道を走っていて判ることは、筑波山が東京側から見られるような独立峰ではなく、東方向と北方向に稜線の連なる山地であること。このうち北稜線には足尾山や加波山といった、地元で呼ばれる「筑波三山」の構成があり、これらが県北部にある八溝山地の南端に位置していることも、広域地図から読み取れます。

筑波三山からは、地域資源として花崗岩がとれるのは有名です。山体の構造が中生代の堆積岩に遡る変成岩や深成岩であることもよく知られています。花崗岩や斑レイ岩というやつで、斑レイ岩は侵食に強い性質を持っていますが、花崗岩は風化しやすく、花崗岩地帯には砂防地域の指定を受けているところが多いのです。

面白いのは、筑波山と加波山とでは、花崗岩同士ながら性質が異なり、筑波山側のものは斑状花崗閃緑岩という正長石の結晶を含んでいて、石材には不向きなのだそうです。しかし加波山側のものは緻密な組成を持つ稲田型花崗岩で、石材として価値が見出されています。

筑波山周辺では、砂岩や泥岩が変成したホルンフェルスや、泥岩が圧縮されて硬く緻密になった粘板岩が、骨材として採掘されています。これも花崗岩のように裂けやすく崩れやすい。だからなのでしょう、特に稜線西側の地質がもろく、県道でありながら難攻不落のアタックポイントがあったり、開通して10年足らずの林道でも崩落や損壊が相次いでいるのは。

しかし最近まであまり気にかけていなかった、既に舗装されて20年近くになる筑波山西側の林道までもが、路面に生じた亀裂、亀裂が広がってクレバス化した区間、さらに舗装の表層が剥離し砂利道に戻りつつある箇所、舗装下の地形がうねって路面に皺が発生しているところなどが目立っています。異常気象やゲリラ豪雨の影響なのか、山自体に変動が起きているのか、ちょっと心配です。調べてみたら、写真のような状態はまだいいほうで、薬王院あたりの舗装道路などは1、2年ほど前にざっくり割れてしまってガレガレになったり、道路自体が谷側に陥没してなくなってしまったりしていたそうで、かなりの被害が出ているようです。地震などではなくて、保水力の限界を、山が迎えているということか・・・

お父さんに挑む

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なかなか巧妙

あの移動体通信大手の「白戸家」シリーズが、9日の夕刻と夜に一度ずつ、間違い探しのCMを放送していました。8日のニュース宣伝で聞き知っていたので、これをチェックしてみたところ、わりと判りやすい。ということは、応募者はかなりの数に上るから、全問正解できても記念品が当たる確率は低いよなあと思いながら、同社Webサイトに行ってみると、Web限定の間違い探し も行われていました。テレビ放送の「7つの間違い」に対して、こちらは間違いが17もあるのでした。うーむ、なかなかやってくれます。

しかし一連のシリーズをチェックすればいいのだと、正解編が流れるまでそれらを見ていたら、なんと、正解編の映像は、過去に流れたCMとはまた微妙に違っているということが判明。結局、Webで流れている二つの映像から、違いを割り出さねばならないのでした。上級編だけあって、巧妙です。

高気圧が ある

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配置研究中

先週金曜日の低気圧は、昨年のつくばーどin朝霧高原Ⅱ開催日(初日未明)に襲来した暴風雨と、よく似ていたのではないかと思われます。この日初日はAレイドの第一回目を行っていましたが、午前中はCP探しをしていられるような天候ではありませんでした。そのおかげで逆に、夜から翌朝にかけては上空に高気圧がやってきて、見事な富士山を眺めることができています。ことしの朝霧高原Ⅲは、つい2週間前のことですがやはり快晴に恵まれ、験(げん)の良いイベントになっています。

そうだとすると、土曜日早朝に出かければピーカンの富士山が撮影できるのではないかと思い至り、家族の予定を聞いてみると微妙に休みがかみ合わない。しかし天気図を見れば高気圧は日曜日にも関東や東海地方を覆いつくしているので、日曜の早朝に朝霧行きを決定したのであります。

「ずっと前に写真を撮ったあたりに行くわけね?」

「そのときみたいな写真を撮る、ですね?」

という霰と霙の質疑は、8年前に開催されている最初の朝霧高原のことを言っています。このときも前夜が小雨、当日快晴のめぐり合わせで、富士山との相性は抜群に良いのです。がしかし、

「いまお前ら2人が一度に屋根に乗ったら、へこむからやめてくれぃ」

「屋根の上の元祖はわたしなのだ」

「既得権をふりかざすなーっ」

「というわけでこれは、じゃんけんですね」

などと、マイナス3℃まで冷え込んだ夜明け前の中央道にて、屋根上の権利争奪戦が繰り広げられました。いやいや、撮るのは日が高くなってからなんだから、今から騒いでないで少しは仮眠しろよと河口湖側から静岡との県境を目指し、ちょうど日の出の頃に現地近くまでやってきたので、決定権に基づき一度練習。そのまま日の出の写真を撮ってみましたが、空が青空にならないのでこれはボツになり、日が高くなるまで仮眠と朝食。だいすけさんとミキさんご夫妻に、偶然にもこちらを見つけてもらい、なんだかんだ言って朝霧高原って験の良いところだねえと、初期の目的地であるふもとっぱらに向かうのでした。

富士山上空には申し分ないほどの高気圧がやってきており、撮影は無事に完了しております。と、ここまではいいのだけれど、今からこんなことやっていて、年賀状を年内に発送すること自体間に合うのか? それがかなり心配。

懲りない結果、こういうことが

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えっ? またっすか? という展開ですが、合宿や特訓ではありませぬ。午前中には引き揚げるです。

と書いてみたら、早速に朝霧高原の総合幹事であるSIDEKICKさんから「顔出しましょうか」と連絡をいただきました。が、今回はきわめて私的な道楽でやってきているため、わざわざ出てきてもらうのは申し訳ないので「お気遣い無く」と返信。SIDEKICKさん、ありがとうございます。

 

撮影が主目的であると同時に、朝早くに富士山を眺めて、昼過ぎにはうちへ帰って撮った写真を眺める。などというミッションが、地元の人でなくとも可能だと言ったところ、霰や霙は興味津々なのです。

「あたしたち、友達の家で2時から集まるんだけど」

「楽勝です」

「えーっ、それってどこにも寄らずに写真だけ撮って帰るつもりなの? 霰たちの都合は却下しようよー」

「まあそうですけど、どのみち写真が主目的だから10時には帰路につくぞ」

不服申し立てのれいんさんの機嫌をなだめ、早朝(上の写真はつくばーどのときのもの)、撮影の段取りを決めてから道の駅で朝食とって仮眠をしていると、

「ほらやっぱり雷蔵さんだよーっ」

という元気な声。

天気の良い日曜日。ドライブにやってきたという、だいすけさんとミキさんご夫妻でした(元気な声はミキさん)

普段は道の駅はスルーして出かけてしまうそうですが、この日はたまたま立ち寄ることになり、駐車場に入ってきたときに、うちの車と、中で寝こけている僕を見つけてくれて、缶コーヒーやらスモークチキンやらを差し入れにきてくれました。

「朝霧高原のつくばーどの日が夜勤と重なって、参加できなくって」

「じゃあ、初ジープ参加で、新年会のときにでも二人で遊びにきてよ」

「雷蔵さん、被写体をシルエットで撮るときのこつを教えてー」

「それはこれこれこうして・・・」

もうちょっと一緒に行動できれば、らいとにんぐ朝霧高原にできたのですが、お互いに「行ってらっしゃい!」で道の駅を出発したのでした。だいすけさん、ミキさん、差し入れご馳走様でした。懲りないふもとっぱら詣での結果は、良いことだらけでした。

これが この赤錆びた鉄の塊が

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1945年に轟沈した戦艦が254年もの間原形をとどめていて(実際には真っ二つだか三つだかになって沈没していますが)、あまつさえ地球の海が干上がるほどの遊星爆弾の攻撃にさらされていながら直撃も受けず、こつこつと地下から改修を施して宇宙船にしてしまうというセンスオブワンダーも裸足で逃げ出す物語の冒頭について、話が盛り上がってしまいました。

普通なら、そんなことはありえない。しかしこれがないと話が始まらない。でもなんでわざわざ沈没船を改修するのかというところに、実は突破口があるのです。

当時、石津嵐さんが書き下ろした最初の小説版において、日本海軍はこの戦艦を建造するとき、鉄板と特殊合金の二重構造で設計を行っており、偽装した鉄板の下の特殊合金は海中や大気圏外においても気密性を保持でき、腐食もしないという性能を有していたため、2199年にも原形をとどめており、宇宙船の船体として使用に耐えうるという内容が書かれていました。多少なんてもんじゃない強引な設定ながら、これを知っていると、あの赤錆びた鉄の塊が一皮剥けるという展開は放置していられるのです。だからといって、内側をあれだけいじれるって技術の説明にはなりませんが。

今度の映画では、そのあたりをどう解釈するのかスルーしちゃうのか、興味ありますねと言ったところ「じゃあ観に行きましょう」という展開に。取引先の専務殿とですよ、いいのかほんとに? 戦艦といっても、頭に「宇宙」がついてるんですよ。いやさ、SPACE BATTLESHIPっすよ! と狼狽するものの、よくよく聞いたらこの方は古代進のファンをン10年という、まさしく歴戦の勇士でした。

まあなんとなくそんな本編外設定はスルーされているような気はするのですが、だいたいそんな特殊合金が20世紀に開発されていながら、冥王星会戦の沖田艦隊はぼろくそにやられるような船ばかりというのが納得できないんですよね(でも、沖田艦はとりあえず生還しているし、ゆきかぜも土星に漂着はしていた、という船の強度はなにげに描かれている)

古典的特撮の臨場感

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表題は挿絵について言っているのではありません。挿絵の写真は素人の特撮ですので、こんなんでも「潜航中のスカイダイバー」と言ってくれる人がいてくれたら御の字です。ただ、スカイダイバーをCGで描くとか、それを別撮りの背景に合成するとかの加工をしていないという点では、ひとまず古典的技法にはのっとっています。単に庭石の上に置いて撮っただけ(それって特撮なのか?)

それって特撮なのか? と書いておきながら円谷英二さんの言葉を借りれば、特撮は特撮だとわかる映像であってはならない。との、ひとつの捉え方があります。

日本の特撮の醍醐味である着ぐるみと操演(主に吊るし撮り)が、それをどこまで体現できたかはともかく、実写版と言いながらも役者と双璧の存在である宇宙戦艦がフルCGで描かれているのは、個人的には不満で、これは最近のウルトラマンからそう感じていたのですが、戦艦のようなごつく巨大な物体であればなおさら、その威容や鈍重さをプロップワークで見せてもらいたいのです。

そしたら作ってるじゃねーか

このプロップは残念ながら見に行けませんでした。こんなの作るなら、撮影にも活用すべきだと感じます(使ったのかなあ?)。こういう技法で巨大なものを描こうとしたひとつの例を挙げれば、円谷プロにおけるマイテイジャックの出動シークエンスやジェリー・アンダーソンによる謎の円盤UFOなどに感化されているためか、臨場感の感じ方が違うのでしょう。フルCGの超弩級宇宙戦艦がこれに肉薄できるのか。そこが興味の的です。

振り返れば因果地平

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いや、それではあまりにも怖すぎる。

上野を出たときにはがやがやとしていたグリーン車。リクライニングできるシートっていいなあとか、たまたまかわいらしいグリーンアテンダントでよかったなあとか思っているうちに、小一時間ほどうたた寝してました。ふと眼が覚めると、妙に静か。そういえば二階建て車両の上の座席って揺れないねえと振り返ってみれば・・・

みんなどこへ行っちゃったんですか? ほぼ満席だったじゃないですか。

しばしあっけにとられて状況を把握したら、けっこう怖い風景だなあと感じてきて、一つ前の普通車両に行きたくなったのでした。しかしこのまま30分、誰も乗ってこない車内ですることもなくできることもなく、そのくせ誰も乗ってこなくても時々巡回に来るアテンダントのおねいさんをつかまえて、5分ばかり世間話をして降りるべき駅への到着を待つのでした。

いやー・・・怖い。しかしこの貸切30分は、なんだか病み付きになりそう。

くじらのうた

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幸と福。というシンガーの小さなライブを聴いてきました。役得か職権乱用か、いや正確にはアットホームなライブだったことが幸いして、演奏後に対話もできて、初対面のくせして図々しく演奏時間に匹敵するくらいおしゃべりをしておりました。アコースティックギターだけで歌をうたうのが、幸さん。あれ? 福さんは・・・? と思ったら、この日はこのギターが福さんなのでした。

ときには一緒にセッションを組む仲間が、福さんのパートをかねることになるし、なにより歌を聴く側の誰もが福さんに値する、そういう心持ちで謡い奏でているのだそうです。

弦の音色だけでライブの歌を聴くなんて、ずいぶん久しぶりだったこともあり、どんな歌なんだろうとどきどきする夜。演奏のあとのおしゃべりでも、イメージしていたことそのままのリアクションや、そのまったく反対の・・・ことはここには書きません(いやほら、それこそは役得ですから)が、歌を始める以前、歌い始めてからの今にいたるまで、ほんの少しのエピソードだけでも、わくわくさせられました。

ライブを企画したおぢさんたちに言わせると、彼女の紹介には環境音楽だとかスピリチアルといった言葉が出てくるのですが、確かにそんな風に聞こえる歌なのかもしれない。かもしれないけれど、たぶん、彼女自身にはそのような意識はまったく無いんじゃないかなと感じました。癒されるとかほんわかするとかの感想は、間違いなく得ることができるものの、それをどうやって伝えればいいのかは、けっこう難しいのね。仕方無しに(なのか?)、一番近そうな言葉を持ってくると、おぢさんたちの言うところの環境やスピリチアルなのでしょう。あるいはおぢさんたちも、どこからかその言葉を聞き伝いで使っているのかも。

そんなことをふと考えてしまったばかりに、僕自身はそれらの言葉を使うことを封じられてしまうわけですが、あれこれ説明するより聴いてもらった方が早いってことなのです。え? それって「アピールできる絶妙な言葉を思いつけないからだろう」って? うむむ、それもあるかもしれない。でも、彼女はきっと、もっと大きな広い世界にあって、そのなかで砂の一粒のようなちいさな出逢いを歌っているような気がするのです。それを判りやすい一言の「枠」にはめ込んでしまうのは、できねえなあと・・・

そんなわけで、サインなんかもらっちゃってますが、僕は宣伝担当失格を自覚したのであります。ですのでせめて、CDのタイトルくらいはブログの表題にしときます。

幸と福

160km/h

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初めて乗ったのですが、写真で見ていたほどにはかっこよくないという新型の車体。しかし在来特急(というのか?)で160km/hも出るんだと半信半疑のまま、その速度はほぼ体感できない静かな車内でした。都心(日暮里駅)と成田国際空港を36分で連絡というのもびっくりしかけましたが、これは言葉のからくりのようで、始発の上野駅からだと空港ターミナルビル(第二)までは41分かかってます(まあそれでも充分速いよ)

ひとつ気になるのは、空港側の改札を出た後に待ち受けている「パスポートか身分証明書の提示」で、昔に比べるとこの検問もかなりソフトになったとはいえ、パスポートを持たず、これといった身分証明書も所持していない場合はどうするんだろうなあ・・・

そんな人がいるのかって? うちのお袋がそうなのです。専業主婦で運転免許証も持っていないし、そもそも健康保険証など持ち歩かないもの。