在りし日の我が家のクルマたち(JA51Wは妹・吹雪の亭主、隕鉄くんの所有)。FB13のサニーは留守番になっています。いやもちろんこの頃はまだ、つくばーどを名乗ってはいないのだけれど、ここに風花さん(ゴールドウインのノマド)や物書きの師匠(ゴールドウインの1型)やいーむらーとのはるちゃん(とりあえずジムニーエイト)を呼んでいたら、けっこう見応えがあったのかもしれません。
定説と思っていたけれど
男がおしぼりで顔を拭く行為を、ご婦人はおおむね五番目くらいに親父くさいからいや、と感じるそうな。紙媒体でも電子媒体でも、おしぼりで顔を拭く、ぬぐうというのはマナーに反するだとか、気持ち悪いだとか言われていて、もう殆ど通説定説となっているようです。いやしかし、まあ首筋までぬぐってしまうとやりすぎかもしれませんが、汗ばみを取るくらいに軽く顔に当てるってのは、許容範囲じゃないかとも思うのです。
もともと、旅先の宿に入る際に手足の汚れを落とすために、手桶の水とともに提供された手ぬぐいがルーツ。
いまやひとつのレンタル産業にまで拡大し、国際的な衛生アイテムに発展している、日本の文化の一つ。業界では蒸したやつをアツシボ、冷やしたやつをツメシボとよんでいる、それがおしぼりだそうです。
いちいち意見や反論は聞きませんが、お茶に臨んだり食事をする前に出される、手を拭くものという側面は、ルーツどおりの目的であるため、その同じおしぼりで顔を拭くまでいってしまうのがよくないという捉え方は、一理あるでしょう。しかし、株式会社三協が開設している「おしぼり関連資材.com」によると、節度のある当て方はマナー違反ではないようです。そして、全国おしぼり協同組合連合会による「おしぼり君のお仕事」では、顔を拭くという行為によって得られるものが、つつましく書かれています。
いや、それ自体が親父くさいんだといわれればそれまでなんですけどね。ついでに言ってしまえば、メイクをしているご婦人には、したくてもできない事情ってのもあるよなあと、二歩か三歩下がって見ているのが、男のロジックなのです。ひょっとすると、映画やドラマで、泣きじゃくるご婦人にハンカチを差し出したら、顔を覆って涙をぬぐってそのまま「チーンッ」とやってちゃうような演出を考えしまった男(たぶん)が悪い。あれはヤローどもにはかわいいと映るかもしれないけど、ご婦人の反感を買っているのかもしれません。
なもんですから、おしぼりを軽く、くれぐれも軽~くで、顔に当てるってのは節度を持ってやっちまいましょう。
メビウスノート3号機が完全に機能停止し、4号機も半身不随の中、先日からSIDEKICKさんが貸与してくれた海外製品のノートを使っていたのですが、これがまた不調を繰り返し、起動を安定させるのに手間取っていました。ようやく各デバイスをきちんと認識できるようになったと思ったら、こんどはモニターのバックライトか、そこへの通電がおシャカになったようです。4号機は起動時の不調と記憶障害持ちな上に、よりによってFTPツールが使用不能となっており、ホームページデータのアップロードができません。泣けてくるほどやれやれです。
それでもとりあえず、エイサーノートの修理中だけでもと、4号機を使って暫定的にオンラインを復帰させています。4号機は熱暴走もはらんでいるので、長時間使えないとほほな状態です。
そんなときにこんな話題でどうするんだと言われてしまいますが、ルパン三世カリオストロの城の放送がほぼ終わる頃に帰宅してきて、お茶をすすりながら銭形警部のウインクを見て、エンドロールになだれ込むとき、今頃気がつきました。
ルパンのフィアットを追跡する銭形警部が乗ったブルーバードは、フィアットを追い越して頭を抑えていたんですね。映画自体何度も見て見慣れたシーンだったのに、こんな単純な動きにまったく気づいていませんでした。だからこれが封切られた1979年以来、いろんなシーンに笑いの突っ込みを入れていながら、ここは話題にもできていなかった。まあ頭を抑えられたところで、どうにでもして逃亡しちゃうのがルパンなのでしょうけど、このシーンに気がついた瞬間、そうでもない解釈が脳裏をよぎっています。
銭形警部は、ひょっとすると大挙して乗り込んできたインターポールや、おそらく国連関係(やはり軍?)ほか、諸々の追っ手から、あれだけの騒ぎを引き起こしたルパンをカリオストロ公国領外へ脱出させる腹づもりではなかったのか? のどかな銭形突撃隊の面々の表情も、銭形警部のあの名台詞であるわざとらしい逮捕容疑も、やっぱり方便なんじゃないかと感じたのです。公国におけるルパンの活躍に対して、警部がとった最大限の譲歩と、へんてこな友情が、突撃隊全車でフィアットを囲み、脱出を手助けしたように見えまして。
しかし気がつかなかったシーンなんだけれど、誰かにここを話題にされたことが、今まで無かったんですよね。既に語り尽くされているシーンであったら、ごめんなさいなのですけどね・・・
あくる朝、出勤のために4時過ぎに起き出して、茶の間に這い出てくると、既に数日前から設営されている炬燵(いやもう、基地は夜間、これがないとってほど寒暖の差が激しいです)に潜ったまま、霙は夜明かししながら寝ていたようです。
炬燵テーブルの上には、第一稿目の絵はそのままに、何枚か書いてはくしゃくしゃにした納得いかないバリエーションを経て、「これならどうだ」という新しい下絵が、だいたい出来上がっていました。
今度はあらかじめ、演題やメッセージを書き込むスペースを設定して、上手にピアノとウサギを配置してあります。
第一稿では本人がかなりこだわっていたと見られるシャンデリアのような装飾が、構図もスペースも台無しにしていたのですが、これをばっさりと切り捨て、メッセージスペースのつもりにしていた、ウサギが捲り上げている緞帳もなくなっていて、それぞれの空いたところに、広々とテキストを書き込むゆとりをとってあります。
一枚の絵としてはだいぶ地味になりましたが、ピアノはずっと難しそうなディティールにトライしていて、擬人化されていたウサギも漫画的な表現の「たたずむウサギ」に変化しています。第一項では完璧に忘れられていたクラス名も、演題を書き込むスペースの基準になるよう、レタリングで位置決めするようです。
活動限界的には、みんなが寝静まったあとに丑三つ時くらいまでやって電池切れして、寝落ちしていました。なんでわかるんだといえば、僕も隣室で起きてましたから。満足そうな爆睡状態の彼女を起こさないように、くしゃくしゃにされた紙の一枚を広げて、裏側に「えらいぞ。だけど学校で居眠りすんじゃねーぞ」とメモ書きして、出勤。電車に乗った後、ふと気がつけば終着駅まで爆睡しておりました。
大人気ないといわれればそれまでですが、霙と初の親子喧嘩を展開。彼女がクラスからゆだねられたイラストをめぐって、意見と主張が激突し、天岩戸にこもってしまった彼女がどう出てくるのか、待ちの状況です。これまで、プロの漫画家が描いたキャラクターの模写ばかりをしていた娘らなので、その上手下手を評価はしませんでした。
今回、霙の下絵をみたら、おそらく初めて、自ら考えたオリジナル(擬人化されたウサギですが)。それに三次元構図で苦労しながらピアノの絵を描き出していたけれど、よくよく聞いたら、クラス発表の題目やメッセージを盛り込むことになっているのに、そのためのスペースがjまったく考えられていないのでした。
クラスのメッセージを伝える一ページなら、絵がページの主役であってはならない。むしろ挿絵に徹したシンプルさと、添えるものとしてのイメージがメッセージ欄をささえるものでなくてはならない。
そのことを指摘された彼女は、それに気がつきながらも素直には認められないとみえて、ぽろっと涙をこぼしたかと思ったら、一時間ほど洗面台の前に立てこもり、顔を洗ってきたあとは部屋に戻って出てきません。
気持ちはわかるんだよ。頭にきているだろうことも。でも、ゆだねられた仕事は、クラスのために成し遂げなくては、いつか未来においてその絵を見直したときに、きっと後悔すると思うから。
霰が様子を見に行ったきり。膠着状態が続きます。
つぶやかれてしまった
うーむ・・・ なんて地味なつぶやかれ方なんだ。いやしかし、何千何万もつぶやかれたら、それはもはやつぶやきじゃないと思うので、これくらいがちょうどいいのだ。






