Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

渦巻く竜巻轟く地鳴り

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吹けよ嵐  呼べよ嵐 嵐よ叫べ・・・って歌がありましたけどね。

冗談じゃねーよっ

裏の畑から、十代のときに親父にこき使われて掘り出し運ばされ穴を掘り直し植え替えさせられた梅の木でした。

5月1日夜の、いわゆるメイ・ストームの仕業です。たった一荒れで我が家のエスクードは2台とも車庫に閉じ込められて稼働不能に陥り、自宅で楽しいゴールデンウイークが決定したのでした。

朝から2時間、手鋸で枝打ち。そうしないとチェーンソーも入れられない。そのチェーンソーがまた骨董品でエンジンがかからない。

修理に出す時間はないのでこれを下取りしてもらいバッテリー式の製品を買い付けようと、庭に置いてある雫さんのサニーで出かけたら在庫がない。展示品を割引で提供するというコメリの親切(普通にそういうサービスしているんだけど)にのっかって持ち帰り、電池の充電とチェーン張りをやっているうちに初日は力尽きて風呂にも入らず爆睡です。それにしても機材ごとに電池も充電器も規格が違うってのはめんどくさい。さらに電池だけでも凶器になりそうな重さは何とかならんものか。

2日目、霰も手伝いに加わり、幹の解体撤去を開始。エンジン式もそうですがこのチェーンソー自体の重さが太い幹を切るのに役立つけれど、デストロンのノコギリトカゲって、どういう人工骨と筋肉の構造していたんだ? あれは丸鋸だったけれど片手で振り回してたもんなあ(しかも人間体は女性でしたよ。ついでにけっこう美人)。などと考えているうちに切断はすべて完了。雫さんと霰が焚き火用薪置き場に運んでくれて、庭はこざっぱりとしました。

端午の節句まであと少し

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5月5日と端午の節句は必ずしも毎年一致するわけではなく、祝日法が「この日に固定」と決めたからで、どうも端午の節句と柏の葉にはそういう故事が刷り込まれているようです。5月5日は今だと「こどもの日」としてジェンダーフリーになっているけれど、世間的には男の子=後継ぎという文化が、田舎じゃまだ根付いているのです。季節柄出てくる柏餅の柏の葉には、その葉脈が世を絶やさず伸び広がるイメージが与えられているとか。ここから端午の節句は後継ぎ、男児へと引き戻されるのです。

5月5日でもないのに柏餅とどういう関係があるんだ? と思われましょうが、確かに「端午の節句でなければ柏餅も粽も食ってはならぬ」とは誰も言っておりません。今年の今日は「八十八夜」ですから柏より茶摘みの茶葉の方が良かったんです。しかし町内でとてもうまい餅菓子を作り売っていたお店が、やはり後継者がいなくて廃業になってしまって、今後、「これは」というやつにめぐり合えるのかどうか大いに不安で寂しい心持になっていねのです。

掘り出す仕事も伝授させてくれぃ

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裏の畑だった今は藪に、暖かくなってイノシシが巣喰い始めたので敷地周囲に忌避剤を撒いたついでに、蹴躓かされたタケノコを掘り返してきました。そのタケノコもかなり食い散らかされていて、蹴躓くくらい無事なのがあるだけマシでしたがけっこう疲れるのよ探し出す手間は省けてるけど。京都の白子と勝負する気はさらさらありませんが、これだけでかくなっていたにもかかわらず、薄切りして刺身で食ってみるとまだエグミはなくて、よいものが採れました。

霰がたけのこご飯の作り方を覚えたいと言うので、雫さんが指導にあたりますが、数値派と経験派との意思疎通を見ているとかなり面白い。薄切りの一片当たりの大きさや薄さについては「口にしやすいくらいね」、お湯を沸騰させた鍋で一時茹でする時間は「見ていて柔らかくなったようなら鶏肉追加」、その鶏肉も「まあ一口サイズだね」。こんなんですから調味料の段階になったら口論です「だいたいとか目分量とか言わないでよっ」

霰よ、それがお母さんの「理力」なのだよ。逆に言えば、たぶん、計量カップとかスプーンとか使いこなせないぜ、きっと。裏打ちされた経験が偶然にもちょうどいい味付けを見出してしまったのだから、まずいもの出たことないだろう?(僕は昔、結婚前のこと一度だけすごいの食わされたことあります)。だから食材の味を重視する炊き込みより混ぜご飯になっていくのも必然なのだよたぶん。などとニヤニヤしながら見物したのち、晩飯を美味しくいただくこととなりました。

四半世紀やってりゃいろいろあるけどさ

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先日、SSC出版にて「10年前とは風向きが変わったね。アウトドアイベントを自治体が推すんだから」という話を聞いていたので、車のファンミーティングが取りやめになったというニュースはかえって、運営側の苦渋が伝わってくる出来事となりました。「俺んとこ(日本ジムニークラブ)じゃ、そんな外野の愚行なんて(あるかもしれないけれど)一度もクレーム入れられたことがない」。だから、10年前には相手にもされなかった地方公共団体がイベント招致に手を貸してくれるようになったと。

二階堂裕さんは、「こんなに広々としているとは思わなかった」と海岸線の砂浜を眺めながら、ここで企画されているアウトドアイベントにオフロード走行やレースと言ったメニューが組み込まれていることに、その主催者企画に対して地元自治体が協力的であることに目を細めるのでした。行事の規模は比べようもないちんまりとしたつくばーど®も、自治体の協力なしで人様の迷惑にはならないように続けてこられて、ことし27年になるのは、確かに参加者の面々が理解を示してくれているからだねえと感じます。

「自治体がかかわってくれると、警察が警備に出てくれる。そういうところは助かるね」というお話ですが、一般人の個人や有志にはそこまで力が及ばない。取りやめ宣言を出したミーティング主催者も、本家の大規模行事から学んでローカルに持ち帰り努力を続けてきたと思われますが、むしろ頑張っていただろうにと評してもいい。ただ、やり方に関してSNSへの依存を大きくしていくと、知らぬ間に所帯の大型化に伴う暗部を捌ききれなくなる、目配り困難な状況も生まれてくるのかもしれません。

僕はその昔、スズキアルトのファンクラブの方々からミーティングノウハウを学んだのですが、彼らはそこそこの所帯でルールの徹底のためにけっこう厳しい一元管理をしていました。今、どうなっているのか知る由もありませんが、一部には日本ジムニークラブも「支部ごとに好きにやらせているけれど、まず支部運営のために有料化していることはひとつの効果だと思う」という意見で共通項を感じることがあります。いやー、有志が好きでやることに会費とかは相いれないなあと僕は考えるので、最低限の宿泊費用とか食材費にとどめ、年会費みたいなことには首を突っ込まないことにしています。まあ今回のニュースでその部分は無関係と見ていますが。

仮に、こういうコンタクトをせずにオンラインだけでやり取りしていたのでは、こちらの意図も熱も伝わらないのです。「雷蔵くんしつこいからさー、今度出る自叙伝にもエスクードの項を加えたし、誕生40年までにエスクードの本も出すことにしたよ」とのことです。そうなんです、40周年なんてすぐに巡ってきちゃうんです。使えるものは親でも使うのです。あなた伊達にエスクードの父と呼ばれちゃいないでしょーっ!とね。

そんな立ち話を、まったく、どこで何やってんだな状況ですが、興味ないよと言いながらジムニーノマドとエスクード5ドアを並べちまいましたよ。RV4ワイルドグースのデモカーってのは、なんとも相手が悪すぎ(笑 お世辞にもセンス良いとは思えねー)。でも小型車枠って無くてはならないパッケージで、限られた寸法を最大限活用することについては、ジムニーに学んだエスクードがノマドのサブネームごとジムニーに返したって感じですね。

航続距離600キロの壁

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オープンカントリーを使っていた先日まで、ヤマタノオジロことハスラーJSTYLEⅡの燃費はリッター19キロ程度だったとか。まあほら、この車は四駆だから、となだめていたのですが、せぐろさんことクロスビーの四駆が平気でそれ以上の数字を出しているのが気になったらしく、新たに組んだダンロップの性能に、霰は期待を寄せているのでした。乗せてもらうと、当たり前のことですが路面のごつごつを拾わない乗り心地の改善が顕著です。

「めざせ警告灯点灯までに600キロ走行」

と、霰は意気込んでこの数日、燃料計のメモリが残り2コマになるまで走り続け、僕が同乗して(80キロほど重くなり)テストランに出かけます。が、行先までの予定ルートの途中で警告灯が点灯し、霰は冷や汗表情に。ざっと暗算してみると、1メモリあたり少なくとも50キロくらいは走れているから、渋滞などがなければ行先からの帰り道に600越えして給油できたはずです。600キロの壁はクルマの性能よりも霰の度胸の方にありました。

しかし明らかに燃費は元に戻せたので給油してみると、実に惜しいことにあとほんの少しでリッター25をマークできるところに引っ張れていました。バラスト(僕のことね)積んで、エコランをしない運転でこの数字なんだから、単身通勤で使えば600キロとかリッター25とかのボーダーラインはきちんと超えていくでしょう。現行モデルでFFのターボ車カタログ値が22.6くらいですから、四駆のターボ車でこれなら言うことありません。あ、オイル交換まめにやれ、とは言っといた。

カネゴンの繭のように

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まったく意味を考えていないタイトルですが、繭がかえって怪獣が出てくるのか新機軸の朝ドラが誕生するのか、興味と関心が尽きません。福島県須賀川市の青年会議所などが動き出し、「円谷英二監督を題材とした朝ドラ、連続テレビ小説を須賀川に誘致する」というムーブメント。おそらく突然降ってわいた話ではなく、長年延々と構想し提案まで機運を高めていたのではないか。あの市民交流センターテッテも、円谷記念館構想として90年代にはすでに語られていました。

朝ドラは一部の例外を除き、著名人の奥方か、そもそも女性が主役として定着した番組ですが、そのせいでピンボケしてしまった作品もあります。そりゃあ特撮の神様と言われるまでの破天荒な人生、円谷監督の奥方にはいくらでも苦労話があるでしょう。けれども、朝ドラの視聴者層が順序だてて高齢化していく中で、歳をとっていく世相が激変しています。取り扱う著名人によっては、内助の功のような話は不要ではないかと感じています。落としどころが難しいことは、僕も2014年に「何処までを描くのか」として書いていますが、たいていの場合亡くなって終焉となる結末も、むりやりくっつけなくたっていいじゃないかと思っています。

だから円谷監督の場合、引き伸ばしても「ウルトラセブン」までで、もったいないけれど「マイティジャック」以降はもう語らせない方が良い。極端な話、「ウルトラマン」が世に出たところで区切りでいいじゃないかと。その分、撮影の現場ドラマに時間を割いて、部下や社員のほうに振って「あの人の下で大丈夫なの?」と、家族に言わせる程度でかまわない。どのみちそこにたどり着くまでが長いでしょうから。てなわけで本日「カネゴンの繭」放送から60年め。

和やかな愛情

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梨の花がどんどん開花してきました。一気に咲いて、ぱっと落花すると、根元の畑が雪に覆われたように白くなります。その様子は開花の期間よりも短くて、農家の方が畑の手入れで速やかに片づけてしまうから、見られるようでなかなか眺められません。博愛とか癒しとか、和やかな愛情などの花言葉を与えるわりに、「無し」に通ずるなんて言い出して「有りの実」だとか別名付けちゃう人間も身勝手です。かくいう僕も、実りの頃がもう待ち遠しい。

天狗の森のソメイヨシノも終盤ですが、山の中腹よりも里の方が見ごろは長く続いており、梨畑近くの池のほとりは今がさかり。これ以降は里も桜吹雪の末に山桜や八重桜に移り変わっていく。迂闊にも基地の敷地内にある杏の花は、今年は眺めるだけにとどまってしまいました。桜、菜の花、梨と花の季節を堪能して気づくのですが、ひと頃大流行した芝桜が、近所では見られなくなっています。春のうちにそれを探しに行ける機会があると良いのですが・・・

推奨限界距離を満たしてはいたのね

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トーヨータイヤのオープンカントリーは、メーカーによれば使用開始から3万キロくらいで交換という推奨があったはずですが、霰のヤマタノオジロことハスラーは、これを入れてから冬場を除いて5万キロほど走っていました。ここ数年は通勤にしか用途が無かったそうで、だいたい年間2万キロくらい距離を伸ばしていたようです。山はけっこう残っているのに、この手のひび割れが4本のタイヤすべてに確認されたので、安全を考えて廃棄処分としました。

さーて困った。スタッドレスタイヤから戻す予定が棚上げになりそうなので、今使っているスタッドレスの溝も少なくなっていることだし履きつぶすか? と意向確認したところ、「冬タイヤはなんとかして来シーズンの戸口で使いたい」という答えだったので、あまり高くないのを探してダンロップ。すでにカタログ落ちしていますが2025年製造と刻印されていたのでエナセーブec204に落ち着きました。ec205だとまだちっょと高い。どっちにしても見た目がおとなしくなってしまいました。

説得力のない話

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先日、ヤマタノオジロことハスラーの後席に乗ってみて、リアのショックアブソーバーがもう限界を越えているなあと感じ、走行距離を確認したら「15万キロ越えてる」という霰の「だからどうした?」な返答。んーと・・・前回足回りを交換してからどれくらい走ったか失念してしまった。初期トラブルはあったものの最近は調子がいいと聞いていたので、まだクルマとしては問題ないかなとは思うのですが15万キロねえ・・・

「言われるほどにはサスペンションが劣化した感じは無いよ」

そりゃそうでしょ。毎日乗っている人には徐々に悪くなっていくサスの変化はわからないことがあるから。

「34万キロも走っているぷらすBLUEに比べたら、まだ半分てとこじゃない」

おい、メンテナンス怠ってるおまいらのクルマと一緒にすんじゃないよ! と、反論する雫さんに反論するんですが、どうもうちはクルマの走行距離と比例する劣化に対して説得力を得られない雰囲気です。

彼岸すぎたら

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世間では花粉だ卒業だ異動だのざわざわですが、教え込まれたわけでもないのに桜が咲いてくる風景に足を止めて眺めてしまうのどかさも巡ってきます。開花が早かった割にはそこからいくらかゆっくりとなり、前線はたぶん基地周辺を通り過ぎていると思いますが、まだ満開の風情までは少し待たねばならないようです。週末に雨というから、咲ききってしまうよりは長く楽しめてありがたい。里よりも山の方が早めというのは、南斜面で陽光を受けられるからでしょうか。

町なかをぐるりと巡っても、満開になるのは四月に入ってからという様子で、里で元気のよい桜はこの路傍の一本だけでした。だいぶ前に倒れ掛かって、そのまま樹勢は回復したものの、年々道路側に張り出してきているため、伐採されないか心配ではあります。春の彼岸は月曜日に開けており、「彼岸すぎたら僕の部屋も暖かくなる」などと、クラフトの歌をかけようと思ったけれど、持っているのはCDなので、カセットデッキしかついていないぷらすBLUEでは自分で鼻歌するしかありません。