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  ~懲りない傾向~

羽目を外して三千話

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ぱとらすかる三千里 =11 781.8182 キロメートル。子供の旅する道のりと考えたら、現代でもなかなかのものです。ブログの記事三千件め(さっき、風花さんが上げてくれました)も、けっこうやったじゃん、と思うのですが、これ出力して書籍にでも・・・と言えるほどまともな記事を書いてこなかったことが悔やまれます。せめて挿絵くらいはとライブラリを探しまくったけれど、アメデオのぬいぐるみなんかありませんでした(そこか、三千)

仕方なく、アライグマぬいぐるみに被り物シリーズが出てきたころのやつなんですが、「フランダースの犬」と「あらいぐまラスカル」の間に「母をたずねて三千里」が制作されているということをイメージできれば(できねーよ)

そういえば「~三千里」が放送されていた頃よりずっと昔、担任の教諭が今で言う読み聞かせというのを毎朝やってくれて、十五少年漂流記だとかクオーレ(三千里、が収録されている)だとかいろいろな物語を読み上げてくれました。あれをちゃんと聞いていれば、もう少しましな人間になっていたのかもしれませんが、その頃問題児だったらしい僕は(本人は知りませんが、職員室ではそうだったらしい)教室の窓から遠くに見える裏山の稜線からロケットが飛び立ち、山麓の池が割れて巨大ロボットが現れ、神社の社から地下基地に入っていくというろくでもないことばかり思い描いていましたね。

想像は創造(オリジナル)でなければだめだ。という指向に行きつくのは、それからずっと後のことです。

22年と11か月

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こんな写真、もっと撮りたいな。

こんな写真、もっと撮りたいな。

3000本目の投稿になります。
例によってアニさまに「書いてね」と託されました(笑)

何を書こうか考えましたが、上手く纏まらないの。
一つ言えるのは、のまちゃんに乗ってなかったらアニさまとれいんサン以外の方々にはお会いしていなかったって事。そして、こんなブログも書いてなかったろうなーって事。これも〝縁〟なのねとつくづく思います。

さて。新車から一緒ののまちゃんも23歳間近だっ!
これからもよろしくお願いします。

台風一過の南蔵王

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不忘山01先日の東北豪雨の成り行きを、ツーリング幹事のパジェケンさんは大分心配していましたが、春の高津森山は確かに雨降りでしたけど僕はどちらかと言えば晴れ男なのです。行けると踏んでの南蔵王、不忘山林道には、午後2時に分け入りました。

当然ですが、木漏れ日なんか射してくるいい天気です。不忘山林道は宮城と山形を結んで、高いところは標高800から1100mくらいまで駆け上がるダート。

下界の蒸し暑さなどどこへやらの気温と、早々と紅葉の始まった森を抜けていきますが、相変わらず宮城側のダートは荒れ気味というのが定番。山形側は林業が盛んなため、同じダートでも道が踏み固められています。とはいえ、2015年9月現在のルート状況は健全。林道走行速度を厳守していれば、快適なツーリングが可能です。

不忘山02まあ・・・さらに台風が来ればどうなるかは保証の限りではありません。倒木や落石は各所に生じていましたし、山形側ではあと3回くらい豪雨を食らったら道路ごと持っていかれそうな路肩の亀裂も見られました。それより先に宮城側で土砂崩落が起きそうですが。実際、この路線は通行不能になることが多いので、今回はかなり良好なコンディションで走れたといえるでしょう。

パジェケンさんのTD54WもBLUEらすかるもこの秋に車検を控え、やれ足回りが限界だとかタイヤが坊主だとかドアの内側に錆穴がとかの、三代目エスクードもだんだんと満身創痍になってるなあという状態。うちの足回りもフロントは悲鳴を上げ出しているので、無理は禁物です。

不忘山は御前岳とも呼ばれていますが、古今和歌集に「みちのくのあぶくま川のあなたにぞ 人忘れずの山はさかしき」という蔵王連峰を指し示す歌があるので、こちらの方が著名な名前です。しかし御前岳の名の方がより古いとか。戦時中にB29が墜落し乗務員が全滅したという、話に聞いた程度の知識しかありませんが、よくよく考えると蔵王の中でも特に古い時代の火山の懐を走ってきたことになるのね。

 

不忘山林道とリサイクルパークに

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ウエットよほどの荒天でなければ出かけてしまうので不在です。

何と言ってもありがたいのは、そのまま週末突入で連休だということで、帰路ものんびり移動できます。となると、20日の記事は午前零時にはアップロードできないと思いますのであしからず。

 

jacrp02で、よほどの荒天どころか仙台辺りは28℃の好天。それは蔵王のふもとにあるジェー・エー・シーのリサイクルパークも同様。そうそう、フードコートがオープンしました。来月末にはレストランが立ち上がるそうですが、このフードコートでも何種類かのピザとポテトフライ、ジェラートが注文できます。それぞれのブースは津波に流され廃棄された貨物用コンテナです。一部を除き廃棄部材で建屋やテーブル、椅子を構成していたり、足元のインターロッキングが実は家庭から出たブラごみを再生したものだったりします。

jacrp03ピザ2種類と粗切りのポテトフライ(ソースを5種類から選べる)、山葡萄のジュースで、おおむね3000円程度ですから、それほど高い値段設定ではないなと。ただ、地元の人々にはマクドナルドのポテトフライを引き合いに出されて割高感を指摘されるとか。いやいや、それならピザーラのピザは1枚いくらよ? と言ってあげたい。キノコトッピングのピザには、岩手県沿岸では高級食材で売り出しているアワビタケも使われています。

jacrp01もともと廃棄物のリサイクルを省資源、省エネルギーの視点から広くアピールしたいと考えている同社の真野孝仁社長が、リサイクル工場の熱源を有効利用して温室栽培に取り組んだものがパークの姿で、フードコートと雑貨コーナーは第一弾。このあとのレストランに続き、チャペル(まさか挙式なんか受け付けるのか?)や宿泊施設にまで拡張する構想があります。工場の敷地内で源泉も掘っちゃってるから、いずれバイオマスボイラを熱源に加温すれば、温泉にも入れるようになります。

フードコートは11時から、テスト運営として18時頃まで開店。定休日は火曜日ですが、開業日と時間帯は今後変更されることもあります。東北道村田インターから蔵王方面に向かって5分もかからない好立地。インターを降りて左折し、次の交差点も左折で丘を登っていくと、パークと工場が現れます。

ただ、今のところまだ工事中のため、駐車場の入り口がわかりにくいのと、その駐車場で作業が行われていると入れない(これはあと数日で完了するので心配ないと思われます)こともあるので、事前に問い合わせておいた方がいいでしょう。

同社のホームページはこちら

あっしまった。長くなっちゃったから林道の話はやっぱり明日の記事だな。

週末関東人の真実 番外篇

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車両は実物ですがシーンは本編とは異なります

<小湊F2顛末記 プロローグ>

いつもながらのドタバタではあったが、出発することとした。
時刻は、99/07/02の18時少し前だった。
今回の目的には、私の割と近くに公用が有ったNOBUさんを迎撃する事も含まれて居り、この時間に出立と相成った次第である。
牧之原SAにて、NOBUさんと合流、時刻は18:30・・・

聞けば、通常電車営業が多いが今回は交通至便で無いため(自家用)車使用を申請したとの事であった。確かに、御前崎の端では、交通至便では「無い」。
早速、休みどころでただの茶をすすりながら(笑)話し込む・・・

途中、とにぃ氏の携帯乱入(笑)有り、聞けば運転中の由、呉々も安全運転にてと強調してしまった。

さて、メシでも?となったが二人ともさほど空腹ではなく、また雨も降り出してきたため、続きを富士川SAで、ということになった。
牧之原を出るや否や、・・・なかなかの降り。移動のペースも上がらない。しかし、フォーメーションを組む事がこれほど緊張するものとは・・・
普段よりも一層アクセルワークに気を付け、結果足に妙に神経を配ってしまう私であった。

・・・富士川SA着、20時を少し回ったか?
SAでメシを食う事など、ちょっと記憶に無い事ではあったが、偶然?二人とも「味噌カツセット」を頼む(って、食券方式だったけど)
聞けばNOBUさん、二輪から四輪への移行組との事で、一日に赤キップを二回切られた話など、互いの武勇伝?披露から、趣味の話まで盛り上がった(趣味の共通点を発見した。
次は海老名SAまで、と言うことで、今度はNOBUさんをリーダーに隊列変更した・・・NOBUさんのペース、早い早い。二輪経験者の見切りとかそういった走行のセンスってあるのだろうか、まぁ私も車間は詰めたがる(笑)方なので、法定速度「遵守」(?)で雨を切り裂いていった。

・・・海老名SA着、23時にはなっていなかった。
予想通り、足柄停車では「休み過ぎ」となったであろう(それほど疲れてなかったし)
またもひとくさり話に花が咲く。。。
が、徐々に忍び寄る疲労、・・・さぁ、都心へ向かうぞ。

江戸橋JC→箱崎JC辺りは「お約束」だったけど、それ以外は特にストレスを感じることもなく、京葉道路の鬼高PAに着いた(いつもこんな調子なら・・・>首都高)
NOBUさんは、それでも?直帰しない予定ではあったが、急遽??変更され、幕張で流れ解散と言う事になった。今回の道中楽しませて頂いた旨、そして、再会を祈念して互いに車中の人となった。
幕張のランプで最後並走し、互いに手を挙げハザードを点く、そんな一瞬が心熱くさせた・・・

・・・しっかしぃ、館山自動車道って、「暗いし、単調」だった(ついでに、車も少なく寂しい)
途中の、そして唯一の市原PAがさしずめ「オアシス」を思わせる。このあと、長狭街道をあと少しで走破、という時、耐え切れずに「爆睡」。
目覚めて、一度会場を確認し、引き返して鴨川のローソンで再び仮眠する。
雨は酷い、こんな事で大丈夫なんだろうか・・・

<そして、貴重な体験をした一日の始まり>
少し早目に行って、受け付けに確認すると、走行会なる予約は無い由、マジ焦る・・・
携帯が通じない、「参ったな」
しかたなく最寄りのデイリーストアまで行って電話すれば「今朝方6時ごろ出ましたから」と言われ、まぁよかった、戻るべぇと思ったその視界に3台のジムニーが飛び込んで来たのであった。
その3台が件のメンバーとは露知らず、すれ違いでコンビニを後にした。再び会場すぐ傍で待つと、先程の3台がやってきた。飲み込みが悪い(笑)私も流石に思考回路が作動し、近づく・・・
でも、使用料って高いのね(\5.250/台也)・・・ま、しゃあないって。
その時、妙に受け付けの兄ちゃんが気張っていた事には気がつかなかった。

取り敢えず、開けた所に車を止める。
既に、単車を持ち込んだ別の面々が2ストの軽快なサウンドを振りまいていた。
ん、最新ジムニーのおっさん(笑)が名刺を出す素振り・・・あぁ、この人が、社長かぁ(爆)
で、「早速喉湿し」と称しテーブル/イスをひろげくつろぐ、社長 (ご相伴に与ったのは言うまでもない)
「何、イスも持ってきてない?ダメだなぁ、基本だよ、基本」
と笑いながら言われて、
「凄くきさくな人だなぁ」と思った。
面子だって、決して多くない(4台5名が5台7名にはなったが、それが全て)し、APIOの名を冠しているとはいえ、この程度の盛り上がりじゃあ、と思ったが・・・
「いや違う、この人、ホントに好きなんだ」と考え直した。
でなきゃ、わざわざこんな所まで出張って来ることないんだ。そして、社長のファンになりました(笑)←思考回路は極く単純・・・

「あんた、どういう関係?」と尋ねられた。浜松ナンバーって事で、スズキ関係者かと思ったそうだ。で、「EOS」という倶楽部に属している、とごく簡単に説明させてもらった。
「そのクルマで出るの?」と言われ、(笑われながらも)あっさりと辞退した。
一目見て、とうてい我が哀車(笑)では歯が立たないと思ったから(正しい選択であった)

「で、どうすんの?乗る?」と社長に促され、全く図々しくも便乗させてもらうことにした。

<柄にもなく、熱い思いになった>
社長のドライビングは大胆、かつ的確であった(←なんて陳腐な)
伊達に数々のレースに「自ら」ハンドルを握ってない。
クルマも、随分乗用車的にソフィスティケーテッドされた最新型とはいえ、赤いロールバーが既にタダモノではないことを主張していた。
「うわ、うわ、うわ・・・(笑)」と思っても、さのみダメージもなく走り続ける。
これなら、・・・ジムニーに転ぶか(笑)←許してね(意味不明)

他の車も「溶けた」走りを展開していた。
「相模さん」は、自車にかなりの自信を持っているらしい(と、社長談)
まずは、「行ってみる」で、「行ってから考える」
その走りは遺憾なく発揮され、いきなりの斜面登りで左回転の横転をかましそうになった。
「おいおい・・・」と皆でレスキューする>とはいっても、最低限のアドバイスと車体保持(笑)
・・・そしてその場は、登る事は諦め、下る事となった。

「高山さん」は、逆輸入車の「有無を言わせない」ハイリフト改造車(笑)
なんせ、タイヤとフェンダーのクリアランスが「頭を突っ込んでいられるほど」車高が高い(更笑)
だが、悲劇は突然に訪れたのであった。
「キラージェイ」という思わせぶりなセクションでの事。ここは、幅がそこそこ狭い登りだが、なんせ轍が深く腹をこすりながら登るのは必至、てな感じ になっている。で、果敢にアタック、途端に「バキバキバキ・・・」等と嫌な音がした。
見れば、・・・車高上げるためのブロックがふっ飛び、プロペラシャフトがポッキリと折れ飛んでいた。
取り敢えずこの場を脱出しなければならない。出発点に戻るにも、最高で3台で牽引する羽目になった。
そして、いきなり野戦整備が展開されたのであった。

クラッシュの洗礼は社長をも襲った。
豪雨で沢状態になったあるコースを下り始めた時(本来は登るものらしいが)、先頭の「相模さん」が水たまりにはまった(床上浸水する位の深さ)
これを救出中に社長のフロントドライブシャフトが、「折れた」。衝撃荷重の凄さか・・・
車での牽引は諦め、ワイヤーレバー等で脱出出来たが、これには八王子さんの充実装備に助けられた(予備のワイヤ、スリング、シャックル等満載)
あと、ちょっとした土木作業とかも有った(片側が壁の水たまりをかすめるのに端を少し埋めるとか)

で、何が「熱い思い」かと言うと、ロープやワイヤを持って動いたり、スコップをふるったり、まぁそんな程度の事ではあるが、自分なりにまめまめしくしたつもりだったこと。
別に「お客様」気分でいたって済むのに、いや、何もしなければ顰蹙か、という思いもあっただろうが、何よりも「皆のためになれれば」と思っていたのだろう(←今にして思えば)
・・・とにかく、何の打算も無く動いていられるのはホント久しぶりだった。「仲間意識」の素晴らしい一面だと思う。

こうして(苦笑)、一日が過ぎていったのでした。。。

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車両は実物ですが、以下同文

<エピローグ>
・・・駄文を書きちらすのはホント疲れます(自爆)
全くの尻切れトンボですが、もうええでしょう(苦笑)
帰路は金谷からフェリーに乗って、横横~横浜町田IC~浜松西ICでした。
その日初めて会った同士が、これほどコミュニケーション図れるものとは、臭いですが、人の素晴らしさを改めて感じました。

編集部注

99年当時、SIDEKICKさんが書きとめていたものをほぼそのまま掲載しました(顔文字は当ブログの主義に反するのでカット)

週末関東人の真実 後篇

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sk04今でこそSIDEKICKさんやKawaさんたちの荒行だとか弾丸エクスプレスは誰もが知るところで、その行程は片道600とか800キロの時代ですが(もっとも当時、ふっじいさんなんかはSJ30で上越から茨城まで来ていたのだけれど)、毎週末のように片道350キロを走ってくるのは、はっきりと馬鹿呼ばわりされていました。

「何と言われても、オフラインミーティングは楽しいんですよ」

彼は笑いながらもう一言付け加えます。

「みなさんご存じないと思うけれど、浜松から関東じゃなくて、最初はその反対方向に走っていたんです」

3型のハードトップは、96年に4年落ちの中古車を手に入れたもので、その頃彼は、東京勤めで荒川と江戸川にはさまれた京葉道路の近くに住んでおりました。だからエスクードは週末関東ではなく、週末遠州に走っていたのだそうです。1号線だけで南下したり、246に寄り道したりの単独の深夜便は、時には長野県の諏訪湖の温泉に出かけることもあったようですが、誰と言葉を交わすわけでもなく淡々と走り続けていたのでした。

エスクードを手に入れたきっかけは、90年ごろの4×4マガジンを偶然目にしたことにさかのぼり、エスクードが8バルブから16バルブにマイナーチェンジした記事を読み、妙に垢抜けた四駆だと感じるにとどまっていたとか。この頃彼が使用していたのはU11型のブルーバードで、その前がジェミニと、四輪駆動車には縁のないライフスタイル。後に、古くなっていたブルーバードの車検満了と、たまたま5万キロという出物のエスクードが中古車市場に見いだされた日が重なったのです。

sk10こうしてエスクードを手に入れ3年ほどの「週末遠州帰省」が続き、北軽井沢で現在の仲間たちと邂逅するに至り、遠州と関東が逆転していきます。01Wで出かけた最遠地はどこなのかと尋ねてみると、2000年春に行われた猪苗代のつくばーどで、東北制覇には2000ccがほしいと、2002年にTA51Wへとスイッチし、「荒行」の二つ名へとコマを進めていくのです。まあそれでも盆暮れになると、つくばーど基地にやってきて、元日から雑煮食って昼寝して去っていく習性は変わっていないのですが・・・

 

この項完結。と思っていたんですが、古文書を発掘しちゃったので来週は番外編(かなりの長文)

次々週からは赤いコンバーチブル2車続く・・・と思います。

 

 

雨の逃避行 和邇さんの手記005

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8月末日、和邇さんが突如、SSレイドの未攻略ポイントに現れ、

「関東有数の夕日名所と言われてますが、この天候じゃあねえ。潮風もかなり強いです。あ、あ、カラダが錆びてしまふ」

と嘆いていたのですが、ちょっと驚いたのは、そこに現れた数日前、かなり近くの別ポイントからもリポートが入っていたからです。

0901よく仕事を切り上げられたなあと思っていたら、矢継ぎ早に都内の未攻略ポイントにも黒塗りのセダンでやって来て、さらに3つめが曇天とはいえ夕日スポットのその場所からだったのです。

ところがこの出没はこれで収束せず、9月1日の朝、今度は全く逆方向の内陸のポイントから、一番乗りの攻略投稿が入ってきました。

 

「昨日潮風にあたり過ぎて体が錆びついてしまいました。今日は会社休みます」

 

うーむ・・・なんとなく確信犯的な言動だよなあと思っていたら、夕方になってギネスなんぞの写真が送られてくるわけです。おいっ、いいのかっ。休むのはともかく車で出かけていてそれはいいのか?

「免許証と眼鏡と運転用の靴で来たにも関わらず、オーダーしたのは慣熟運転のはずの娘。父親はどうにも呑めない無粋な輩でして、ジンジャエールが辛いからい。カウンター席の常連のお客さんたちも、皆でコーヒー飲んでます」

お、いいなあ。父娘でツーリングしてSS攻略して、ブル&ベアでコーヒーブレーク!(ウィルキンソンだけど) それにも増して、この建物とサイドキック2号の佇まいが絵になります(ブル&ベアはアイリッシュパブで、サイドキックは北米仕様だけど)

 

 

週末関東人の真実 前篇

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sk01「週末関東人」という言葉を編み出したのはコムロさんだったと思われますが、なにしろ20世紀末の話なので記憶が定かでありません。何を意味しているのかというと、90年代終盤から2002年くらいにかけての週末は、どこかしらで何かしらのツーリングやオフロード走行会や夜会などが、「開かれていない日の方が少なかった」ということにつながっていきます。

 

もちろんそれは関東地方に限ったことではありませんけど、我々の行動しやすい行動半径は関東で、アルファベットを符牒とした走行ポイントに集まってはクロカン遊びをしたり、ランダムに選んだファミレスで晩飯を食いながらエスクード談義を繰り広げておりました。

その都度、声をかける人が幹事になり、予定の合う人々がそこに集まってくる中、ほぼたいていのイベントに現れていたのが、ダークブルーメタリックの3型ハードトップ。バンパープロテクターを兼ねたランプステーに一対の補助灯をつけ、当時の流行だったディッシュタイプのアルミホイールにBFグッドリッチのオールテレーンを履いたシンプルなエスクードは、SIDEKICKさんが最初に乗り出した92年式モデルでした。

このエスクードが初めて姿を見せたのは、メーリングリストによってコミュニケーションを図っていたEOSが北軽井沢で開いたクロカン走行とキャンプのオフラインミーティング。99年の春のことです。以来、6月のつくばーどin新治や翌年からのあちこちのミーティングに出かければ、だいたいこのエスクードがいる。本人談によれば、参加していないのは雑誌・4WDエクスプローラーが開いたエスクードミーティングくらいで、アピオの上総湊クロカンキャンプにまで「着の身着のままで行ったら、尾上さんに自分用の椅子くらい持ってくるのが基本だとたしなめられました」と、顔を出していました。

sk02あまつさえ、なのですが、どういうわけかほぼ毎年、紅白歌合戦とゆく年くる年を、つくばーど基地のテレビで見ているのがSIDEKICKさん。要するに週末と盆暮れには茨城にいるという理屈で、週末関東人の異名を持っていたのです。

え? SIDEKICKさんってどこの人かって? 遠州灘の鰻ともやしと餃子の町・・・というより、スズキエスクードの生まれたところですよ。つくばーど基地まで、ざっと350キロ。

不忘山林道と朝霧高原のお知らせ

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新線2パジェケンさんから「不忘山林道の下見終わりました」という連絡が入りましたので、19日の土曜日に宮城側からツーリングする計画を企画しています。ジェーエーシーリサイクルパークも、この頃には出来上がっているはずなので、タイミングが合えば午前中に大人の社会科見学。その足で林道に向かいます。当日は午前9時45分、東北道村田インター下車左折のポイントにあるコンビニエンスストア集合です。

asagiri2015と準備を始めたところにSIDEKICKさんから「ふもとっぱらの小屋は確保したので、デイキャンプ主体で朝霧高原Ⅶをやります」という連絡も。こちらは現地集合で26日の正午から一泊です。入場は各自手続きで日帰りかキャンプかをフロント申告・支払いしてください。あまりにひどい雨、テント泊めんどくさいという人には山荘(合宿所ではありません)を用意してあります(追加料金となります)。詳しくは掲示板で進行中。

 

念のため追記しておきます。不忘山林道は宮城県、朝霧高原は静岡県です。朝霧の方は、食材費を1人千円いただきます。

まさかのマフラータオル

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mufflertowel02「スーパーデフォルメチックなのができました(笑)」

コムロさんがマフラータオルの企画を始動しています。例によって歴代エスクードのほぼすべてのシルエットがモチーフですが・・・ マフラータオルは以前作ったスポーツタオルに比べて、長さは同じですが幅が半分しかないため、このようなチョロQみたいなデザインにせざるを得ず・・・

「いや、このチョロQチックなところがいい!」

というわけで制作提案です。目標単価が1150円とのことなので、オーダーが30を越えたら発注決定とします。

タオル地の色については、現時点ではこのサンプルのウォーカーギャリアっぽい青系グリーンですが、てっぺんの文字列が真面目すぎて面白くないので(まあ前回に考えたの俺だけどさ)、ここは変えようと思います。

rurbanvehicle since1988
万能 半端 (二文字に分けて相々傘でくくる)
The truth of ESCUDO

というのを考えていますが、却下されたらどうすっかな・・・

尚、前回のスポーツタオルをまだ受け取っていない方にお願いですが、オーダーされた枚数と受け取り方法の希望をお知らせください。パソコンがクラッシュした折、注文データも紛失してしまいました。申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。