一向に終わらない緊急事態宣言。 お気に入りのワインバーにも行かれんわ・・・ 去年も今年の誕生日も、ダメだったもんなー と、ブツブツ言ってたら 新月サンがオードブル頼んでくれました。 取りに行ったらオーナーさんが 「やってられないですよ。(お店)潰れちゃいます」 と、ぼやいておられたそうな。 ホントこのままじゃ飲食店潰れちゃいますわなぁ
夕刻よりちょっと前、涼んで珈琲をと筑波研究学園都市の「珈琲倶楽部なかやま」に出かけたらば、定休日以外に日曜日も当分の間休業という書き出しが出ていて「ひえ~」とのけぞっていると、併設されたギャラリーでは個展が開かれているというので、せっかくここまで来たのだから鑑賞させていただきました。
飯泉あやめさんによる「生きていることの狂気的幸福」
ひとつの言葉を、カレンダーの裏側の白紙に繰り返し繰り返しくりかえす文字列のグラフィックや、それに色彩とデザインを加味したボード。アクリル画によって描かれた心象風景のような絵画が待ち受けていました。
僕には絵心は無いので、言葉の表現とそのデザイン化の方に惹かれたのですが、壁一面に張り付けられたカレンダーの裏書きには、脅威を感じるほどの迫力があり、デザイン化されたボードには優しさが浮かび上がっていました。
アクリル素材で、ケーキクリームに使う絞り出しを用いて書き込まれた文字列は、風、光、大地、水といったエレメント。「それぞれの事象に触れたとき、自分がそこに存在することを確かめられて、そこには生の喜びを感じるのです」というのが、飯泉さんの談。10年ほど創作活動を続けてきて、4年前から作家として活動の本格化を果たしたそうです。
10年、と聞いてふと、それは東日本大震災のことかなと思ったら、やはりあの出来事が引き金になっており、犠牲者のあまりにも大きな被害を目の当たりにして、そのときの気持ちの赴くままに「□」の羅列を始め、その数は543000に及んだとか。彼女はそれから時間をかけながら、文字列もデザインも含めて、命の開花の素晴らしさと、そこに生きている足跡を遺してゆくために絵の具をふるっているのでしょう。
いやー、「大地」のデザインと色彩には衝動的に手に取ってしまいましたが、給料日前だったもんでそれを買い取ってくる財力が財布の中になかったのよ。
明日はお休み日で、30日までの開催。ギャラリーは11時から18時まで開かれています。個展の詳細は上記のリンクを参照ください。
NHKが特番のために4年も張り付き、特番のための裏話特番を作ってもいいんじゃないかと言われたほどのあの映画が、Amazonプライムで配信開始されたので、劇場行ってないから観たわけです。
なんだかんだあれやこれやの批評を受けてきたみたいだけれど、ずいぶんと長い時間、時間というより歳月を費やしながらも、やっぱり初めに思い描いたところへ落ち着いたのねと。しかし、
もうね、この映画については完結したんでそれ以上は書くことも無いし、聞けば予告編で流してたそうだし、わかる人は3月にCDの曲目見てわかってたんだろうけれど、ここは今さら今どき今頃であっても、あれを選曲した庵野秀明さんに告げたい。
ひょっとして、いつか使いたかっただけではなくて、どこかでそう考えてるからこその、あの曲なんじゃないか?
達郎さんの「さよなら夏の日」について、初めてアニメーションのМVが付いてという話題が先日ニュースに乗りました。91年5月にリリースされたこの曲は、本人が高校生の頃、ガールフレンドと、ねりまえん・・・もとい、としまえんのプールにてデートしたエピソードが歌われたもので、ということはそのデートが今からだいたい50年前。レコーディングされたのが夕立の午後から20年経ってからなのですねえ。71年は置いといて、91年5月の僕は新婚でした。
長く達郎さんのファンでもありますから、この曲も大好きです。ただ、あの当時聴いていた歌詞と、30年歳くってから聴く歌詞とでは、そういうことだったのかと、帰らない夏の記憶にいくらか打ちひしがれるものがあります。掛け値なしに時間をいくらでも無駄遣いできたんだよなあという感傷。まあね、自分自身で無駄遣いできたんだからそれでいいのだし、達郎さんのデートの記憶ですから、それにつられて自分自身が夏の日々にサヨナラする義理も無いんです。
上の2点が、その91年夏の風景。そりゃもう僕のブログですから、僕からスズキエスクードを取ったら何も残らない(笑)んで、エスクードがぞろぞろ出てくるのは「またかよ」と言われそうですが勘弁してください。90年式のGoldwinlimitedは借りてきて乗ったものです。ただ、4人乗りのこのクルマでは家族総出で出かけようとすると両親或いは妹と祖母(祖父は89年に逝去)の誰かが乗れなくなるので、93年にGlimitedノマドを増車しました。
最初に乗ったHelly Hansenlimitedは、後にカタログモデルのV6‐2000にスイッチされますが、2か月後に第一子が生まれてくるというときに、わざわざハードトップのショートボディを選択するところが暴挙。しかし裏をあかせばノマドがあったし家内のサニーもあったし、ジムニーも・・・これは最初から戦力外ですが、実際にはさほど困ったことにはなりませんでした。これらは夏の、というよりバブル景気の名残りです。すべて新車で買えた時代。先のことを考えもしない。
V6のハードトップから現在の2500に乗り換えたときが、おそらく夏のピークに辿り着こうとしていた頃なのかもしれません。ノマド系の積載量と居住性(程度問題)に、メーカー最大排気量が搭載されたTD61Wが出てから8年が過ぎ、エスクードは三代目に移行していましたが、これを選択することには何の迷いもありませんでした。ショートで育った娘たちが、「助手席のシートを倒して」後席に乗り込もうとしたのはステキな笑い話です。
その娘らが、若葉マークを付けて走り出したのが、奇しくも91年式のコンバーチブルであることは、本ブログではもはや書き残したことも無くなってしまいました。30数年、初代にしか乗っていない変人な僕です。それは、そこに真夏のような何かを感じ取ってしまったから。でも、達郎さんの歌とは違って、僕にはまだ「直4の2000に乗っていない」という続きがあるのです。じじいになってもそれは、夏の日々の、ってことなんだけど、果たして縁がありますかどうか。
ところで、アニメのМVもいいけれど、それ以外のМVにも味があります。誰かと思ったらどんぎつねさんじゃないですか。別のカバーの女性ボーカルの声色は、なんとなく秋の気配を感じさせます。それともうひとつ、かわねこさんがこの話題が出てくる2日前、「さよなら夏の日」というタイトルでブログを書いています。なんという先見性。タイトルは狙ってのことですよねえ。