どうも、眠くなると抱っこしてほしいらしい。
膝の辺りでスリスリ。のち、伸びあがって抱っこの要求。さすがに片手で4kgオーバーを支えてご飯は食べられん。
いつぞやのにゃんこスリングは解体して洗ってしまいましたので、前に使っていた布のカバンに押し込めてみたら意外にも気に入った模様。
いち。前世はカンガルー??
盛岡市内にちょっと奇妙なハンバーグレストランの看板を出す店があることは、そこを通りかかって知っていました。なぜかにこにこしたドアマンらしき紳士が佇んでいるのも見かけたことがあります。でも通りかかっただけで立ち寄ったことが無かった。
それが、知らないことの恥。
先日、再びそこを通りかかったとき、ざざっと雨が降ってきて、こりゃいかんとその店に飛び込んだのです。あれ?あのドアマンはいなかった。
それにしても界隈の飲食店が11時からというなか、10時過ぎに入店できるレストランとはありがたい。しかし入るや否や「テーブル席にしますか、座敷にしますか?」って、なにそれ座敷?? 盛岡ってときどき不思議なところだなあと、ちょっと覗かせてもらったら二階にほんとに座敷があるではありませんか。
不思議というより、変だっ(良い意味で、です)
そこは遠慮して階下のテーブル席に座った途端、テーブルに見覚えのある衝立のようなお品書き板が建てかけられ、おいっ? ここはっ・・・
知らなかったのですよ。この「ベル」という店が、あの「びっくりドンキー」発祥の、70年代から操業している1号店ともいうべきレストランであったことを。ドアマンの紳士は初代の店長で、昨年いっぱいで引退されたのだとか。
うわー、知らずに通り過ぎていた自分はなんだかとっても損をしたような気分になりましたよ。勉強させていただきましたですよ。
知らない人が訪れれば遠野らしい風情に見えて、かつての街並みを知っている人にはモダンになっちゃったなあと思わせる佇まい。江戸時代末期の商家を移築したそうです。ひっつみ定食やジンギスカン料理などの遠野が持つ郷土料理でもてなす伊藤家は、遠野市のダウンタウンにおける観光スポットとして、隣接した土産物屋や、遠野物語の編纂者である柳田國男が晩年を暮らした家屋などとともに、来客が増えているようです。
ジンギスカンについては、若いころ泊まった民宿で恐ろしい目に遭ったトラウマ(まあ笑い話なんですが)で、どうにも敬遠気味なのです。そのため連れていく人たちにはひっつみ定食を勧めています。そもそもがほうとうというかすいとんというか、ど地方のあちこちにある小麦粉と汁の料理ですから、アレルギーが無ければだいたい外さずに済みます。伊藤家の場合はヤマメの塩焼きがついてきます。
意外だったのは、蕎麦を更科でまとめていること。東北では勧められて赴くと十割の蕎麦屋に行きあたることの方が多かったので、更科ながらそこそこ腰のあるここの蕎麦は、個人的には「当たり」です。ところが蕎麦の風味をアピールする演出か、漬け汁が驚くほどの薄味でした。うーん、今まで食ってきたつゆの方が乱暴だったのか? なぜか定食以外の蕎麦類には稲荷ずしが一個ついてくるんですが、それいらないから天つゆを別にしてほしい。
標高1000mより下でも紅葉が見ごろになってきました。といって紅葉見物で山道に出かけているわけではなく(写真撮ってる時点でうそつきだよね)、そういうところに用事があったりそこを通らないと相手に会いに行けないので、少し時間を前倒しして移動しています。林道であるがために林業や工事用の車両の往来があり、こちらも速度が落ちるためです。まあそのおかげで結果的に景色も楽しめるのですが。
ことしの台風10号による土砂災害も各地で影響を与えていますが、昨年9月の関東東北豪雨の爪痕がかなり大きい。あのときは茨城県や宮城県の河川氾濫に耳目を奪われていました。しかし山形県でも被害が出ていて、最上町の赤倉温泉なども内水氾濫で床上浸水に至ったそうで、温泉街を流れる小国川を遡って行くと、沈下橋が濁流で押し流され損壊。復旧工事で通行止めとなり、県道最上小野田線では宮城側に抜けられなくなっていました。
4年前の夏にここを抜けたときの写真を引っ張り出してみると、橋・・・というか渡河用道路というかの様子がわかりますが、これが丸々損壊してしまったようです。この地点に用事はなかったので、県道の舗装区間のうちに撤退・・・舗装区間? あらっ、4年の間に温泉集落を抜けたあたりの畑道が舗装化されていましたよ。ということは道路修繕も兼ねてこのダートの県道はどんどん未舗装区間が無くなっていっちゃうのか。
以前「うちのじゃないです(笑)」という記事を書きました。
どうやら正式に二階堂さんちの「うちの子」になったようです。
カマドさん、というか、キュリアス編集室的には、春先にこの個体を引き取った時点では『超過走行』と評していましたから、どんだけ走っているんだろう?と興味が湧いておりましたが、29万キロ。なかなかのものです(じゃあうちのは超々過走行か)
再来年まで車検があると。すると二階堂さん、少なくとも再来年までは乗ってくれるのかな?
それにしてもこのTD51Wに乗っていた人も、V6‐2000の出で立ちが好きだったのでしょうね。アルミホイールがV6‐2000シリーズのデザイン。みんなこのホイールお気に入りですよねえ。僕も人のことは言えませんが。