冬に極端な低温が続いたせいで、育ててた観葉植物が壊滅的な状態に・・・
玄関先のハートカズラは葉も茎も枯れてしまい、土の中の〝芋〟は
あまりの低温で凍ったらしくぶにぶに。
これは・・・ダメか?と思っていたら最近になって出てきましたよ、芽。
良かった!何個か凍らなかった芋があったのね♪
新月サンの部屋に置いておいた4種類は枯れてしまいました。
こっちは新しい鉢植え買ってこないとなぁ・・・
フジ・オートの列びにあるスタンドの洗車は丁寧で良いです。地元では気軽に洗車を頼めるところがないので、2号も蓮田さんも桶川に来たときは必ず寄ります。
待合室から眺めていたら、こんな写真が撮れました。
確かに日頃気を配っていても、オレンジ車体に黒い屋根のハスラーはあまり見かけません(つくばーど基地の隣町には1台確認されていますが)
いやいやこれは貴重なシャッターチャンスをものにされました。四半世紀前の和邇さんだったら、そのまま追いかけていってコンタクトを図ったこと間違いないです。
が、新帝国WANI的にはこういうのを自己像幻視、どっぺるげんちゃんと呼ぶのではないか? たいへんだ和邇さん、帰宅したら布団被って寝てしまわねば。
外で何か物音がしても起き出しちゃだめですよ!
筑波大学の近所にある喫茶店は、学園都市を根城にしていた時代の隠れ家の一つでしたが、筆頭隠れ家の店が2000年頃に無くなり、またひとつ閉店し、どんどん代替わりがする中でまだ健在です。
実はここも店じまいしてしまったと思い込んでいました。主に通っていたのが夜だったため、ずっと閉店状態を横目で見ながら素通りしてきたのです。
先日、日中通りかかったら、明かりが灯っている。それは知らなかったよと立ち寄ってみたら、夕方早めに閉店するシフトになって久しいのだとか。僕も仙台住まいになって疎遠になっていましたから、これは嬉しい。昔はこの店ではアイスウインナーコーヒーとアップルパイをよく頼んでいました。もちろんそれらも健在。
何年になりました?と伺ったら、ことし40年めになると。学園都市での飲食業は20年やれたら長い。まさしく老舗になりました。
トミカにラインナップされたという事実は、四代目エスクードが成し得た快挙といっても言い過ぎではないほど、歴代モデルにとって国産ミニカーの壁は厚く高かったと思います。
皮肉にもそのあと、モデルとなった1600シリーズは淘汰されてしまいましたが、その過渡期には東京モーターショーエディションというバリエーションが加わりました。やー、良かったよかったと思っていたら、なんだこの派手派手なオレンジカラーは・・・?
東京消防庁と書かれていますが、あそこにこんな仕様の指揮車あるのか? リアのクォーターウインドーとバックドアのウインドーをパネル化し潰しているところがそれっぽいなと、一瞬は褒めようとしたんですが、思いっきり塗料で塗ってしまっただけでした。
しかしバリエーションが増えるというのは、よもやモノがだぶつくほど売れていないから? などと余計なことを考えてしまうなあ。
「千明ちゃんメーテルやるから見てあげてねー」
という電話が来たそうなんですが、この従妹さんとメーテルの人が従妹。ん? じゃあうちの妻とメーテルって・・・あまり親戚関係濃くないんじゃないか? と、話をしていたら妻自身に十数人もの従姉弟衆がいるらしい。
「なんせ母親の兄弟が多いからねえ」
というわけで、電話がかかってくるレベルから、いるんだけど会ったことのないレベルまで振り幅広すぎ。
「見てあげたいのはやまやまだけどさー、うちはスカパーに加入してないから見られないわ」
早くも挫折的落ちがついてしまってます。
しかしはてさて、むかーし、銀河鉄道999が映画化されたころ、松本零士さんは、メーテルのモデルになった人物として「わが青春のマリアンヌ」という洋画を引き合いに出して話していたことがありました(確かNHKのFMラジオ番組)
んー、なるほどそんな感じかもしれないし、そうなのかーとも思わされます。
が、最近だと松本さんご自身のお母さんがモデルなのだと話しているそうで。
「それはこういうことでしょ? 容姿がマリア・ホルトで、内面が母親」
・・・あー。いやーしかし、それなら当時からそう言ってなきゃだめじゃん・・・
ツバメの巣を温かく見守る人がいる一方で、
こういう人もいる。(・・・実家の母です)
実家の車庫には毎年ツバメが来て巣作りしてました。
で、製作中は巣材のドロが。雛が孵れば当然ウンチが
落ちてくるので車汚れますわね。
母考えた。「!巣を作らせなきゃいいんだわ♥」
と言う事で。巣作りしようとしてる辺りに鳥避けのCDを下げ、長く伸ばしたハエ取紙を垂らしたって・・・
垂らしたハエ取紙が蛇に見えるんだか、ツバメは二度と近寄らなくなったそうな。
確かに糞は落ちづらいけどさぁ。
・・・まあ、自分ちじゃないし汚れるのものまちゃんじゃないから何とも言えないけど。
新月サンは「俺はうちに巣を作られてもこんなひどい事はしない!」と憤慨しておりましたわ。
医者にかかったあと、もう腹減りで痛いどころじゃないのよ(なんだその自己中心的心理は)と、妻の運転でなじみの蕎麦屋までひとっ走りしてもらいました。
あぁ、これまで、うちのれいんさんについて、家内、と書いてきたのですが「奥さんは仕事もしてるでしょ? 家内、というのは専業主婦の昔の呼び方であって、昨今は専業主婦だとしてもそういう呼び方しちゃいけません」と、整形外科のドクターに教えられました。
背中も口内もまあ痛いっちゃ痛いんですが、痛み止めが効いているうちに食ってしまえば(普通、食後に服用するもんだろうに)と病院を出るときに薬を飲んでしまい、というくらい、日曜の午後から何も食ってません。そういう状態で天ぷらとか蕎麦とかが胃袋に良いのかどうか、妻の心配はありがたいけれどこの際無視です。
で、空腹に任せて食ってしまったので蕎麦の写真は昔のもの。一か所だけ今と異なるところがあります。と書いてもわかる人いないよきっと・・・
蕎麦屋を出たところへちょうど、一方通行の路地に白いエスクードが入って来るのが見えました。
お、あれはひょっとすると喫茶店の店員さんのTD51W? と思ったらやっぱり喫茶店のある敷地に曲がっていったので、コーヒー飲もうと寄り道をお願いするわけです。もっとも寄り道もなにも、BLUEらすかるを置いてあるのがその喫茶店前の駐車場なのです。
店員さんにエスクードのことを尋ねると、22年間ずっと乗り続けていらっしゃるそうで、初代の最終型で、もうこの形のエスクードは手に入らないからと、手入れをしながら17万キロだとか。ご主人もハイラックスサーフを所有しているけれど、出かける際はもっぱらエスクードに乗って行ってしまうと笑って話してくれました。医者に行っていてこれだけ道草しているのだから、帰宅後ぐだぐだで寝込むのは自業自得の結果論ですが、充電するには良い機会でした。