おー。ちぃとでんが背中合わせで寝とる(笑)
でん助ってば、ちゃっかり一番暖かいトコ陣取った?
(他の三匹にくっついてるので)
これからもーっと寒くなるよん。
(そうすると布団の中とか行っちゃうんだよなー)
霰(霙もですね)は生まれたとき既にエスクードのハードトップに乗せられチャイルドシート時代を過ごしました。先代らすかると彼女は同い年。不幸にして(笑・・・っていいのか?)この姉妹は、母親のクルマを別にすれば、エスクードの座席しか知らずに育っているのです。父親に至っては、たまに借りてくる車さえもエスクードです(左の写真)。そんなわけで霰(霙もですが)は、周囲の知人がエスクード乗りばかりでもあり、初代エスクードのほとんどを体感しているのです。
その霰も本日で21歳。自ら取得した運転免許証を初めて書き換えるときとなりました。もっとも日常で運転する機会がないので「優良ペーパードライバー」なんですが、まさかその書き換えのためにエスクードに乗って出かけるなんてことは、狼駄さんのコンバーチブルから顔を出していた頃には想像もしていなかったでしょう(まだ更新には行ってませんので、写真は今年の夏のもの)。もうこうなると、初めてザンバードに乗せられたのにあっさり操縦できちゃった神勝平ばりでしょう。
と、言いたかったのですが・・・
・・・当日、ぷらすBLUEを貸していいものかどうか。
インターネット上のクロニクルやDVDのライナーノーツを読み比べると、「光速エスパー」の企画から初期の漫画連載の時期に解釈の差がありますが、東芝のマスコットキャラクターとして立案されたのが1964年、デザインを担当したあさのりじさんが漫画連載を始めたのが66年(65年説もあり)と言われています。企画年次で言えば「サイボーグ009」と同じ頃の誕生で、エスパーは漫画に先んじて町の電気屋さんのシャッターに描かれ人形が置かれる形で登場しました。
あさのりじさんの漫画連載が、もう半世紀前のこと。おそらくは宇宙服にロケット推進機(光をエネルギー源とするのでロケットと言ってよいかどうかは微妙ですが)を取り付けアクセントとしてヘルメット横にアンテナを張り出すという発想が、当時の未来的SF的なデザインコンセプトとなったと思われるエスパーの姿は、実にシンプルでスマートです。
さすがに(009は読んでいたのだけれど)あさのりじさんのエスパーはリアルタイムで触れていません。67年に放送開始された特撮テレビ番組が、ファーストコンタクトでした。元のデザインに対して気密性はどうなってるんだ?と子供心に目をむいたヘルメットでしたが、『背中にファスナーが走っている銀色の宇宙人』よりも、『人間が着る強化服』としての説得力が勝り、シンプルさとスマートさを再現したスタイル、今思えばスポンサーメーカーの家電製品を取り入れた『7つの能力』がまさしく当時はかっこよかったのです。
50年前、こんなセンスのデザインが生まれていることに感心する一方、今だったら強化服の概念がマテリアルごと変貌してメタルメタルしちゃうだろうし、あれもこれもとギミック満載を形として取り込んだごてごてのデコレーションでなければ通らないかもという時代の流れに寂しさも感じます。が、その血脈が絶えているわけでもなく、いくつかのスーパー戦隊のベースコスチュームを強化服とみた場合、めちゃくちゃシンプルではあります。しかもマテリアルとしては合理化しすぎてかえってチープになっているものも多いような印象があります。
特撮のエスパーのあと、松本零士さんの漫画とは、偶然にも松本版バシウト追跡者編(便宜的にこう書く)の最終話から読んでいました。だからいきなりシリーズが終わってしまって、次から読み切りになるし雑誌が変わって行方知れずになるし、これまた再会した時にはエスパーが人形大のアンドロイドに設定変更されていて、しかもそれを読み始めたら次の回で最終回だったという、とんでもなく光速に通り過ぎて行った主役でした。
その後80年代に一度、若手による漫画とアニメーションでのリメイクが企画されましたが、ここはいろいろあってタイトルを踏襲できずに漫画連載が数回行われて幻に終わっています。まあリメイクしようという発想はともかく、以前の作品を超えたクオリティもなかったのですが、前作たちも強化服というコンセプトの表現は活かしきれていなかった感があります。
強化服の超性能と、超能力者を示すエスパーには違和感を伴う開きがあったし、光速という枕詞も理論との突き合わせはなく、エスパーが光速で飛んでも浦島効果は起きない。これを開発し管理しているだけの一人の博士が世界的な危機管理対策の拠り所にもなってしまう。それでもこれらが好印象で記憶に残るのは、子供の想像力だけ膨らませた、おおらかな時代だったからなのでしょう。後に「宇宙の戦士」で『パワードスーツ』と出会うまで、エスパーの強化服がすべてでした。
それは「プラネテス」最終話のサブタイトルですが、現在放送中の「ハイキュー!! 烏野高校 VS 白鳥沢学園高校」の第九話から、前回まで烏養繋心を演じていた田中一成さんに代わって、江川央生さんが声を当てることとなりました。
なんで今更と思う人もおりましょうが、首都圏では三日の放送であるこのエピソード、仙台の東北放送では六日(正確には七日深夜)なのです。
田中一成さんはこの十月に急逝されまして、その訃報が報じられた日に、東北放送ではこの番組が放送開始されたのです。それもまた因果な話でしたが、この漫画の大ファンである娘らによると、田中版烏養の声で聞くことのできた「下を向くんじゃねえーっ」のエピソードは、ハイキュー!!ファンの間でも語り草となっている名シーンで、前回の放送をリピートさせてみるとなるほど象徴的だなあと思わされます。残すところ二話というタイミングで後を託された江川さんには、烏養らしさを引き継いでラストスパートを走り切ってほしいと感じます。
「言うなーっ! 私のいるところじゃ放送自体やってないんだーっ」 ←霰の雄叫び(やーい)
田中さんというと、とーちゃん(僕)は「プラネテス」の星野八郎太を推しています。多感?な宇宙労働者、どちらかと言えば人の良くてガラの悪い熱血漢という八郎太のキャラをうまく演じられて、しかし声を当てるごとに血圧上がってそうだなあと心配したくなる熱演でした。
それぞれ録画やソフトで声は残せているけれど、あのテンションの田中声キャラがもう新たには観られないことが残念でなりません。
のまちゃん帰ってきました。ただし仮退院。
マフラーの取り寄せがどうしてもひと月かかるそうで、
取り敢えずそれ以外の箇所を直していただきました。
タイミングプーリーが緩んでガタつく(という表現で合ってるのかな?)
なんて想像外ですわ。
そりゃーカラカラ異音がするわね。
と、ひと段落ついたところで今度は家の水漏れ。
満々と水を張った洗面器に滴が落ちるような
ぴちょーん・・・ぴちょーん って音が壁の中から。
気づいた私を褒めてくれ。
どうしようかねぇと新月サンと悩んでいたら、たまたま何度か話をしたことがあるリフォーム屋さんが訪ねて来てくれて、設備屋さんを手配してもらいました。
水漏れの原因はお風呂(浴槽)の蛇口の配管割れでした。
この際だからと、調子がいまいちになってきた給湯器も交換したので、今どきのリモコンに四苦八苦してます。
うーん・・・
諭吉さん集団脱走だぞー・・・ 年越せるかしら(泣)
外の壁でこの有様ですが、バスタブの下にもしっかり水溜まってましたよ。
さて、どうやって水抜きましょうかねぇ・・・
「も」、と言えるほどたくさん通っているわけではないのですが、以前ランチは次の機会に譲ってとしたままだったので(別の機会でトッピングものは食ってるんですが)、ランチメニューを試しに何度目かの立ち寄り。トマト煮込みハンバーグがこの日の献立でした。二玉あるのは、レギュラーの150gに対して倍の増量ということです。多くのお客さんはライスも大盛りにするそうです。これで1050円税込は、僕の中では「また来るぜ」の価格です。
さらにコーヒーをつけてもらってもプラス150円はありがたい。で、またこのコーヒーもコクがあって美味い。
惜しむらくは、ここまで来るのに東北道で往復いくらかかって燃料どんだけ使うんだ? という差し引きなんですけど、それ言ったら野暮ってもんですね。「瑠奈」(月)は遠いところにあって然るべきなのだよ。などと思いながら、ちょっと甘めのトマト煮込みを堪能しました。