未だに痛い右手首の腱鞘炎。
先週の土曜日にもう一度診てもらったら
「書き物が原因なんだろうからペンの持ち方や
ペン自体を変えてみたら?」とセンセイに
言われましたよ。
痛くない持ち方いろいろ試してみたら
この持ち方で書くのが一番痛くない・・・けど
これでちゃんとした字が書けるんだろうかねぇ。
(力の伝わり方が普通と違うので線がブレる)
御菓子司 紅谷三宅が作るお菓子の一つに、「訳ありカステラ」というのがあるのですが、何が訳ありかって、混入物が隠れているからで、これが普段はアヒルなのです。もちろん練り切りなので混入していても全く問題なくいただけます。が、季節ものがあるとは知らなかった。
それにしても、コンペイトウくらいの大きさでしかない柔らかめな練り切りを、こんな風にカステラの生地の中に埋め込む作業というのもある意味すご技じゃないかなあ。
この当時の島雄司さんを知らないのですが、彼は2001年から06年にかけて、クロスカントリーのトライアル大会やダートトライアルに自ら出走し、E376と称するTA01Rの改造車を扱っていました。
これがTeam WESTWINのルーツ。いつのまにか、彼自身の引退から20年が経過していました。
2006年は、僕のところにもTA01Rがやってきた年回りでしたが、うちのコンバーチブルは2型。島さんが乗っていた1型からはけっこう進化していて、特にリアサスのとっ散らかり気味な挙動をよく抑えているのです。
逆の見方をすれば、E376は、ごく初期のエスクードにあった、旋回中にアンダーステアがオーバーステアに豹変するブレーク特性をはらんでいたのです。島さんは後に、以下のように語っています。
「TA01系ならではの軽さとバランス、エンジンブレーキにより車体がフロントフルボトムすると同時に、リアのトラクションが抜けた時に起こるAア-ムならではの独特の旋回力を生かせる走りが出来たらいいですね」
この考え方が、後継者として育っていった後藤誠司くんや川添哲朗くんのようなドライバーを送り出し、九州のダートトライアルでは台風の目になったのでした。
庭のトマトが枯れて、抜いた時に収穫した 真っ青なトマト(頑張ったみたいけど・・・) ネットにいれてキッチンにぶら下げて三ヶ月。 無事赤くなりました。 生で食べる勇気は無いので(多分酸っぱい) 丁度お昼に作ろうとしていたパスタの材料に。 刻んで火を通したら、グンとトマトの香りが 強くなって、程よいアクセントになりましたわ♪
常陸太田市にある鯨ヶ丘商店街で生まれた「くじら焼き」は、振り返ってみたら2002年に同商店会が企画したもので、意外に21世紀ものだったことを、先日土産に霙が買ってきてくれた厚焼き版をかじりながら思い出しました。そもそもなぜクジラ? と問われて、地名由来であることを説明したものの、はたまた鯨が丘とはどんな経緯で名付けられたのか、遡ったら常陸国風土記とヤマトタケルまで出てくる諸説いろいろ、「麓の平坦地からは鯨のように見える小高い丘」とされています。
ヤマトタケルの「言いえて妙」な命名センスはあちこちで見られるものの、その辺を詳しく紐解いたことが無いので、常陸太田のあたりを「久慈」と呼んだ理由や、この「くじ」とは何を示すのかは、暇にあかせて調べていく宿題だなあと考えはしました。←しただけ、かよ
知っている範疇では、ヤマトタケルもまた、この小高い丘の見え方が海面に姿を現した鯨に似ているといった理由を残しているそうですが、古語によれば色の黒を「ク」、白を「シラ」と言っていた経緯から、「黒白」とつないだ言葉が「クシラ」。「くじら」はその訛りだと云われています。つまり江戸時代よりもずっと古い言葉のなごりが、魚辺を持ちながら哺乳類である「鯨」の語源となるのですが、ヤマトタケルの時代にこれが使われていたかどうかについては、風土記を信じるしかありません。
そんな古代の言葉のつながりが、このくじら焼きにも宿っていて、少なくとも茨城県内ではここに行かないと買えない食えない楽しめない。後継者問題やコロナ禍を乗り越えて営業が続いているなら、自分でも買い求めに出かけないといかんなあと思うことは思いました。←行けるかどうかは未定