12年半前に建てた会社の看板が 経年劣化で文字がボロボロになっていて 知らぬ間にシャチョーが発注していた カッティングシートを総出で貼り替え。 とは言っても当のシャチョーは自分の現場で不在。 社員二人も連れて行ってしまったので、残った 新月サンと義弟コンビが仕事しました。 もし、次あったらスキージも用意しましょうね・・・ (あちこちに気泡と皺が・・・)
スズキエスクードのデビューから38年の歳月が過ぎました。僕はあの年の5月25日、それを何の媒体で見たのかは忘れてしまいましたが、確か水曜日で当時の茨城県のスズキは定休日。その週末にディーラーにカタログをもらいに出かけたら現車がちゃんと置いてあって、置いてあったんだけれど、何一つ外装品のついていないダークブルーなんだかチャコールグレーなんだかよくわからない色のハードトップで、これが妙にやぼったく見えたのです。
「ふん、だ。やっぱりスズキの四駆はジムニーだぜ」←マジでこう言っていた
それから1年後の同日、エスクードとしては二つ目、Gリミテッドに続く限定車としてヘリーハンセン・リミテッドが登場してきて、散々「かっこわるいよ」と言ってきた僕に、スズキが「どうだこのやろー、ざまあみやがれ」と痛烈なカウンターを見舞ってきたのです。要するに僕がミーハーであっただけで、架装され、限定色に仕上げられたエスクードだというだけなのに、コペルニクス展開をしてしまうのでした。
以来、今は無き日本ジムニークラブ筑波支部には裏切り者呼ばわりされ、モーグルもまともに走れないくせにジムニーなんか乗ってるのがそもそも間違いとののしられ、お前にはそういう都市型四駆がお似合いだとけなされながら、最初のエスクードに乗り始め、振り返ったら1台だけ借り物で黒ですが、それ以外すべての所有が青系の初代で今日に至っております。88年のデビューからさらに10年後、ようやく現在のエスクード仲間と知り合うこととなるのですが、みんな若くてうらやましかった。そんな彼らだって、それから30年近くになろうとしています。
そんなこと、2028年に書けばいいでろうって? そりゃ再来年もたぶん書くと思いますが、それまで元気でいられるかどうかわからん年頃になっちゃったんですよ。代車も含めて初代だけ拾って7台乗り続けたけれど、8台目はあるのか無いのかどうなるのか、人車一体的に骨董品もいいところです。
1993年12月に公開された「ゴジラvsメカゴジラ」は、同年5月24日にクランクインしたそうです。ホビージャパンによる同作のコンプリーション・ムックに、全シーンのロケ、撮影スケジュールが掲載されていました。それによると、クランクインで撮影されたシーンは、主人公?の青木一馬が国立生命科学研究所に向かう京都の場面で、映像を見ると南区四塚町で九条通り国道171号から府道13号へ右折していく、繋ぎカットです。カメラワークで東寺の五重塔、奥の方に京都タワーも映ります。
ここにある「青木の車」というのが、1型の初代エスクードであることはすでに飽きられるほど書いてしまいましたが、冒頭19分めに出てくるこのシーンが、同作のクランクイン撮影であったとはちょっと驚きです(いやー、ほんとは小躍りしてます)。エスクードはここから研究所に到着するまでのわずかな出番(冒頭6分めにも出てきますが)で、到着した研究所は実は京都ではなく埼玉県草加市の獨協大学なんですけど、vsメカゴジラでまだエスクードを語れるところが嬉しいのよ(僕だけ)
ぬえと言うのは「古事記」や「平家物語」などに出てくる得体の知れない物の怪のことで、得体が知れない割には頭が猿、胴体が狸、四肢が虎、尻尾が蛇(書物によりところどころ動物が変わるけれど、ししがとらって何の冗談か)と想像され姿が模られています。だいたいこういうのは大陸から伝わってきた話だろうと遡れば、やっぱり中国の山海経などに「白鵺」という想像上の鳥らしいのがいるのです。日本においてはその鳴き声が出現のしるしとして怖れられていました。
この、鵺の鳴き声は「ひょー、ひょー」「ひー、ひー」と聞こえ、夜中に鳴きやがるのでそりゃあ怖がられるよと感じるわけですが、この声でそこにいることを主張してくる現実の鳥は「トラツグミ」のことで、先日、何年ぶりかで基地の裏手から鳴き声がしていました。まあこの基地ですから鵺が出てきてもいかにもって話ですけど、トラツグミくらいいるんだってほど田舎なのです。昨年は聞いた記憶が無くて、久しぶりと思わせたので、何年かどこか別のところで世代交代していたのかもしれません。
明治生まれの祖父母は、子供の頃の僕にその声を「鵺が来たぞ」と言って脅かしたのですが、「こんな時間まで起きてるんじゃない!」と怒るお袋の方が怖かったのは当然の話です。なにしろ丑三つ時あたりに(うちの庭では)鳴いてる鳥ですから。それにしても田舎とはいえ標高はそれほど高くない我が家の周囲に、この時期にトラツグミが来ているのはちょっと珍しく、ふつうはもっと高い山の森の中で夏を過ごして、秋から冬にかけて平地に降りてくる習性だと聞いていました。
いずれにせよ明るい時間帯だとバードウォッチングの技術も持っていない自分では探しようもないんだよなどと思いながら、勝手口から裏手に出てみたわけですよ。ようやくここでこの話のオチになるんですが・・・
鵺の鳴く夜は恐ろしい ←ふふふ古い
Team WESTWINの第二次エスクード導入時代、世の中では市販型エスクードは四代目が登場し、この年2015年に次世代の自動車制御に方向性をもたらすサイバーシステムというAI搭載型レースマシンの傑作機が誕生していました。スゴウグランプリが初参戦させたアスラーダGSXです。その対話型自己学習AI、サイバーシステム・アスラーダは、それまでのサイバーフォーミュラマシンに用いられていたシステムとは一線を画し、14歳の少年を年間優勝させるほどの活躍を見せました。
GSXはフォーミュラマシンというよりもGTカーに近い車体に水素エンジン5000ccのV10を積むトルクスプリット型4WD。サーキット仕様、ラリー仕様などパネルと許可範囲のパーツ組み換えで様々なレースステージに対応できるユニークなマシンでした。冷静沈着なサイバーシステムは並み居る他チームのマシンを追随しますが戦績は芳しくはなく、年間クォリファイ予選3位のあと、第一戦リタイア。第二戦5位、第三戦3位までが入賞で、第四戦はレース中のクラッシュで大破しました。
これらはドライバーの不慣れが大きな要因として考えられますが、ペルーで行われた第二戦はオフロードレースという環境でかなりの苦戦を強いられながらも完走していることから、ハードウエアの優秀さは評価の対象と言えるでしょう。
ここでもしも、後藤誠司くんのエスクードTA51WとGSXが戦ったらどうなっていたか。まあまあサーキット仕様での最高速度400キロ越えだけで勝負にはならないんですが、ラリー仕様と連続するタイトコーナーの走行ステージによってその差はいくらか縮められ、野生の反射速度でエスクードをドリフトさせる後藤くんの瞬発力は、ややもするとサイバーシステムを凌駕するかもしれません。なにより2m級のGSXの全幅は大きなハンデとなります。逆に後藤くんの不利はエスクードのスペックよりも、サイバー側のレース距離が長く、ドライバーの集中力を持続させにくいというところでしょうか。
こういうレース、ちょっと見てみたかったなあという気分で、この話は次回に持ち越されます。
いつしかロースカツが重荷になってきた胃袋の高齢化を感じながら、それでも席に座ると「ロースかつ定食」と言ってしまうのはもう頭の方が悪い脳軟化に違いありません。北関東道友部インターチェンジ近くにある「水龍」では、ラードの使い方が上手なことから揚げられたカツがまだまだお腹にやさしく、ヒレにするかという迷いなくロースで注文しますが、馬鹿な頭の方が余計な一言を加えやがって、つい「特上」なんて言っちゃうのです。
誤解の無いよう言いますと、ヒレもロースも大変うまいし、千キャベツもバリバリ行けます。老朽化胃袋対策として「ごはん半分で」とお願いすればいいのです(半ライスでちょうどいい量です)。が・・・この特上という誘惑が危険。さらっと300gを越えた、これは俺の手のひらよりでかいんじゃないのか?と思わされるとんかつがやってきます。あとで晩飯が入らなくなること請け合いですが、それでもこれが定番。でも頭を働かせれば、「上」で充分とも言えます。
ちょっと前に、TDAの大トカゲさんという、ジムニー乗りのTDAエントラントが、中古車紹介YouTubeで扱っていた二代目エスクードをご自身のXに載せていたのですが、この二代目の後姿。リアワイパーが立てられています。おぉ懐かしい。これってホントに昔のこと、EОSなるエスクード専門メーリングリストのユーザー間で編み出された「尻尾を立てるぜ」プチ改良です。
バックドアの内張を外して、ワイパーのリンクを90度回転させるだけの手軽な手法で、本来は水平に寝ているワイパーが立てられる。何がメリットかって、寝ているワイパーよりも上から下にかき落とす動きとなり、積雪時はこの方がワイプ効果が大きいのです。
うちのエスクードも幌車を除いて代々これをやってきましたが、他所にも同じことをしていた人がいたんだなあと見入ってしまいました。